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第21話 焼き肉を食べに行こう

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余裕のあるお金が入って欲が出て来てしまった。
蛍とのこともケジメがついたというのもあるかも知れない。
なにも急いで結婚しなくても良いのではないか?

まず、麗を抱えて寝ることは好きだ。苦痛はない。
シングルベッドで事足りる。
しかし、やっぱりエッチするのにシングルベッドは狭い。
せめてセミダブルくらいにしたい。安いならダブル。

それから、麗にスマホを買ってやりたい。
初回は高いが別にいい。部屋に居る限りはWi-Fiで通信料は無料だから、麗にギガをかけなくとも大丈夫なはずだ。

そして、財布やバッグ。安くても見てくれのいいものならいいんだ。こんなに美人なんだから、おしゃれさせて見せびらかしたい。

あと、指環。
婚約の証に。そんな給料三ヶ月分というヤツは麗も喜ばないだろう。それなら毎日刺身を食べた方がいいと言われるはずだ。
だから、ペアリングに女性だけ石の入ったみたいなやつ。

そんで、毎日魚ばっかりだから肉食いたい。
焼き肉。それはすぐに叶いそうだ。

「おい。レイ。焼き肉食いに行くぞ」
「焼き肉?」

テンションが上がってない。麗は別に肉が嫌いなわけじゃない。

「焼き肉……。レイ、焼き肉なら別なのがいいなぁ」
「なんで? 肉嫌いだっけ?」

「ううん。好きだけど……」
「じゃ行こうよ」

「いや。やっぱりいい。待ってる」
「待ってるって部屋で?」

麗はコクリとうなずいた。

「ああ、そうかよ」

なぜかムカついた。
いつもだったら、ノリよくひょいひょいついてくるのに。
焼き肉っていったら特別だ。
誰しもが同じ感覚じゃないだろうか?
それを、「おかずないからご飯たべない」みたいなノリで言われたくない。
オレは一人で部屋を出た。
アパートを見上げると、麗は窓からオレを見ている。
少し腹が立った気持ちが落ち着いた。
やっぱり行きたいんじゃないか?

「早くこいよ。一緒に行こう」
「……行かなーい」

何だそりゃ。オレは腑に落ちなかったがアパートに背を向け歩き出した。
少し歩いた路地裏に焼き肉屋がある。
人通りの少ない道を歩き、出たところは飲み屋街。
そこの真ん中だ。
だが、店の前に立った後で、部屋に向かって走り出した。

思い出すのは麗のこと。
なぜ焼き肉はダメなんだ?
なぜ。

アパートが見えてくると、出掛けたときと同じように麗は窓からオレを見ていた。
オレを見つけると少し体を浮かして手を振る。
まるで猫のように。
オレはアパートの階段を駆け上がり、部屋のドアを勢いよく開けた。

「レイ!」
「なーん。おかえりータイちゃーん。焼き肉美味しかったの? レイもお腹すいたー。コンビニ付き合ってー」

いやいや、今の時間で食えるわきゃねーだろ。
そんで、お腹減ったなら、自分で買いに行けばいいんだよ。
でも麗はオレが帰ってきたときに、お迎えしなきゃいけないって気持ちで待ってるんだ。

靴を脱いで、麗を抱きすくめた。
麗もそれに手を伸ばす。

「ごめんな。オレ、拗ねちゃった」
「なーん。そうなの? レイと一緒に何か食べに行こうよう」

「ああ。そうだな。何がいい?」
「ハンバーグは? ファミレスならお肉もあるよ」

「え? 何で焼き肉はダメなの? ハンバーグも肉じゃん?」

麗はオレのシャツの胸に手を添えている。その手に力がこもるのが分かる。そして少し震える

「ゴメンね」
「い、いや」

「レイ、火事でお父さんとお母さん亡くしたの。だから火が怖いんだ」
「そっ……か……」

「二人が燃える火の中で倒れるのを思い出すの」
「そうか。ゴメン」

麗の顔がオレの胸に近づいてやがて埋まる。
温かく濡れるシャツ。麗はためらいながら声を絞り出していった。

「それから──。それからね、レイ、レイはぁ。レイはぁ……」
「分かった……」

麗が捨てた過去。
少しだけ話してくれた。
苦労をしたんだろう。言いたくないこともあるんだろう。

「でも、今はとっても幸せよ」
「そっか。オレも」

麗はゆっくりと顔を上げて温かいと息とともに笑った。
麗の唇。甘い飴を舐めるようにオレの唇を捕らえる。
それに俺も合わせる。
二人は猫のように絡み合う。
本能のまま。居場所は隣。オレたちは家族になるんだから。

それから並んでファミレスに出掛けた。
麗は白身魚のフライ定食。オレは焼き肉定食。
やっぱり焼き肉が食べたかったんだ。
お互いのおかずを仲良く半分ずつ分け合って食べた。
これがオレたち家族なんだ。
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