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第16話 嫉妬
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お刺身盛り合わせ、ミニネギトロ丼。
それが麗の注文。彼女はエサ箱に顔をうずめる猫のように一心不乱に食べていた。
「なー。なー。なー」
「うふふ。泰志。ホントに可愛らしい子ね」
「ああ。やっと春が来たって感じ」
「羨ましい。ウチなんてほとんど同居人よぉ」
蛍の言葉に敏感に反応してどんぶりから顔を上げる。
頬の周りにネギトロのかけらをつけたまま。
「レイたちは昨日もエッチしたなー。ねー。タイちゃん」
「言うなよ。恥ずかしい」
「なによ。恥ずかしいことが好きなクセに」
「おい。今日はおかしいぞ?」
「アツアツねー」
「帰ったら、パンストを破られるんだにゃん」
「お前、ホントに何言ってんの?」
麗の様子が明らかにおかしい。
目が笑っていない。蛍に対抗意識丸出し。
「ねぇ、タイちゃん、ご飯食べる?」
「お、お前またネギトロだけ食いやがったな?」
「タイちゃんはね、レイのためにご飯食べてくれるのー」
「へー……」
「もったいないだけだよ。田舎育ちだからな」
「はい。なーん」
蛍の前では少し恥ずかしい。
でも、オレたちの日常だからなぁ。
「あーん」
「ああん。タイちゃんありがとう。はい。なーん」
「あーん」
嬉しそうな麗。オレたちはバカップル。
店内の視線がこちらに向いているのがわかる。
世間の連中よ。笑わば笑え。
「ねぇ、タイちゃん。キスして」
「なんでだよ」
「いいから!」
「やだよ」
さすがにキスはなぁ。店内だし。膨れる麗。
麗は蛍の前で愛を欲しがった。
自分の縄張りに入ってこないようにと必死に見える。
麗は何かを勘付いたのかも知れない。オレの隠した恋心。
女の勘というヤツかも知れない。
しかし、真司や蛍から見れば明らかに変な女。
麗はキスしない代わりにテーブルの上で手を繋いだ。
蛍に見えるように。
「オレ、ちょっとトイレ」
真司はスマホを片手に立ち上がる。
そそくさとモール内のトイレを探しに行った。
蛍はニヤリと笑って声を潜めた。
「長くなるかも。ソシャゲなの。昼のイベント時間だから」
「え? そうなの?」
「ハマってもう1年になるよ。困ったもんね」
「そうか。知らなかった」
「レイちゃん?」
蛍は麗の動きがないことに気付いて呼びかけたが、彼女はそれに答えない。そして青い顔をしていた。
「お、おい。お前、アイスミルクでお腹壊したんじゃないだろうな?」
麗は薄着だ。手を繋いでいない片方の手で腹を押さえながら立ち上がった。
「ねぇ、タイちゃんついてきて」
「行ってこいよ。まだ話もあるし、ここで待ってるから」
しばらく麗は震えていたが、店内の外にあるトイレに駆け出した。
やはり冷たいミルクを一気飲みしたからだろう。
いつも気を付けるように行ってるのに。
「ホント。楽しい子ね」
「そうだな」
「好きな人と一緒にいれるなんて幸せだね」
「……そうだな」
「安心した」
「そうか」
「結婚の……」
「お、おう」
「日取りが決まったよ」
「……へー。改めておめでとう」
二人は。
二人は。
二人は──。
前々から聞いてはいた。
何度オレは二人に悶えるのか?
付き合っているところを見て。
初体験の話を聞いて。
同棲すると聞いて。
結婚すると聞いて。
日取りが決まったと聞いて──。
当たり前じゃないか。
自然の成り行き。
親友に譲った恋。
さっさと気持ちを入れ替えればいい。
それが想い想って六年間なんてバカすぎる。
時間が解決してくれると思ってた。
見なきゃいいと思って、蛍に会わなかった。
だが無情だ。こうして二人きりになっても、何も言えずにへこむだけなんて。
「羨ましいな」
「うふ」
「真司は幸せ者だ」
「そんなことないよぉ」
ホントに、もう手が届かない。
「オレも、レイとそうなりたいよ」
「応援するよ」
「はは。レイのこと、実は何も知らないんだ」
「どうして?」
「過去を言いたがらない」
「へー」
「オレの部屋に来たときから人生が始まったみたい」
「そうなんだね」
「まぁ、それでも幸せかな?」
「そうなんだ……」
キミのこと。蛍のことは昔から何でも知っているのに。
誕生日7月24日。血液型A型。
弟が下に二人。そのせいかお姉ちゃん肌で、ガマンしてしまう性格なんだ。
辛いものは苦手。でも真司は辛いものが好きだから、インドカレーの店や辛いラーメンの店に連れて行かれる。
それにも不満を言わない。
オレは、オレなら──。
キミをもっと大切にしてたよ。
その指にしているダイヤの指輪。
オレならルビーにしていたよ。
キミの白い指によく映える赤に。
『さかなのたい様。さかなのたい様。お連れ様が1階インフォメーションセンターでお待ちです』
その時、館内に迷子のお知らせ、大人バージョンが鳴り響いた。どこをどうやったら迷うんだよ。困ったやつ。
「さかなのたい様だって。暗号かしら?」
「ゴメン。これオレたちの分。レイのこと迎えに行かなきゃな」
「え? さかなの……坂間野……プッ」
「そーゆーこと。じゃ、真司によろしく」
オレは蛍に食事代を払って店を出た。
次に会うのは二人の結婚式の時だろう。
それまで蛍に会わない。
オレには迎えに行かなきゃならないヤツがいる。
可愛い、可愛い麗が。
今日は少しだけ気が迷った。久しぶりだったから。
一生懸命、脇目も振らず麗を愛するんだ。
それが、オレの幸せ。麗の幸せ。
──蛍の幸せなんだから。
それが麗の注文。彼女はエサ箱に顔をうずめる猫のように一心不乱に食べていた。
「なー。なー。なー」
「うふふ。泰志。ホントに可愛らしい子ね」
「ああ。やっと春が来たって感じ」
「羨ましい。ウチなんてほとんど同居人よぉ」
蛍の言葉に敏感に反応してどんぶりから顔を上げる。
頬の周りにネギトロのかけらをつけたまま。
「レイたちは昨日もエッチしたなー。ねー。タイちゃん」
「言うなよ。恥ずかしい」
「なによ。恥ずかしいことが好きなクセに」
「おい。今日はおかしいぞ?」
「アツアツねー」
「帰ったら、パンストを破られるんだにゃん」
「お前、ホントに何言ってんの?」
麗の様子が明らかにおかしい。
目が笑っていない。蛍に対抗意識丸出し。
「ねぇ、タイちゃん、ご飯食べる?」
「お、お前またネギトロだけ食いやがったな?」
「タイちゃんはね、レイのためにご飯食べてくれるのー」
「へー……」
「もったいないだけだよ。田舎育ちだからな」
「はい。なーん」
蛍の前では少し恥ずかしい。
でも、オレたちの日常だからなぁ。
「あーん」
「ああん。タイちゃんありがとう。はい。なーん」
「あーん」
嬉しそうな麗。オレたちはバカップル。
店内の視線がこちらに向いているのがわかる。
世間の連中よ。笑わば笑え。
「ねぇ、タイちゃん。キスして」
「なんでだよ」
「いいから!」
「やだよ」
さすがにキスはなぁ。店内だし。膨れる麗。
麗は蛍の前で愛を欲しがった。
自分の縄張りに入ってこないようにと必死に見える。
麗は何かを勘付いたのかも知れない。オレの隠した恋心。
女の勘というヤツかも知れない。
しかし、真司や蛍から見れば明らかに変な女。
麗はキスしない代わりにテーブルの上で手を繋いだ。
蛍に見えるように。
「オレ、ちょっとトイレ」
真司はスマホを片手に立ち上がる。
そそくさとモール内のトイレを探しに行った。
蛍はニヤリと笑って声を潜めた。
「長くなるかも。ソシャゲなの。昼のイベント時間だから」
「え? そうなの?」
「ハマってもう1年になるよ。困ったもんね」
「そうか。知らなかった」
「レイちゃん?」
蛍は麗の動きがないことに気付いて呼びかけたが、彼女はそれに答えない。そして青い顔をしていた。
「お、おい。お前、アイスミルクでお腹壊したんじゃないだろうな?」
麗は薄着だ。手を繋いでいない片方の手で腹を押さえながら立ち上がった。
「ねぇ、タイちゃんついてきて」
「行ってこいよ。まだ話もあるし、ここで待ってるから」
しばらく麗は震えていたが、店内の外にあるトイレに駆け出した。
やはり冷たいミルクを一気飲みしたからだろう。
いつも気を付けるように行ってるのに。
「ホント。楽しい子ね」
「そうだな」
「好きな人と一緒にいれるなんて幸せだね」
「……そうだな」
「安心した」
「そうか」
「結婚の……」
「お、おう」
「日取りが決まったよ」
「……へー。改めておめでとう」
二人は。
二人は。
二人は──。
前々から聞いてはいた。
何度オレは二人に悶えるのか?
付き合っているところを見て。
初体験の話を聞いて。
同棲すると聞いて。
結婚すると聞いて。
日取りが決まったと聞いて──。
当たり前じゃないか。
自然の成り行き。
親友に譲った恋。
さっさと気持ちを入れ替えればいい。
それが想い想って六年間なんてバカすぎる。
時間が解決してくれると思ってた。
見なきゃいいと思って、蛍に会わなかった。
だが無情だ。こうして二人きりになっても、何も言えずにへこむだけなんて。
「羨ましいな」
「うふ」
「真司は幸せ者だ」
「そんなことないよぉ」
ホントに、もう手が届かない。
「オレも、レイとそうなりたいよ」
「応援するよ」
「はは。レイのこと、実は何も知らないんだ」
「どうして?」
「過去を言いたがらない」
「へー」
「オレの部屋に来たときから人生が始まったみたい」
「そうなんだね」
「まぁ、それでも幸せかな?」
「そうなんだ……」
キミのこと。蛍のことは昔から何でも知っているのに。
誕生日7月24日。血液型A型。
弟が下に二人。そのせいかお姉ちゃん肌で、ガマンしてしまう性格なんだ。
辛いものは苦手。でも真司は辛いものが好きだから、インドカレーの店や辛いラーメンの店に連れて行かれる。
それにも不満を言わない。
オレは、オレなら──。
キミをもっと大切にしてたよ。
その指にしているダイヤの指輪。
オレならルビーにしていたよ。
キミの白い指によく映える赤に。
『さかなのたい様。さかなのたい様。お連れ様が1階インフォメーションセンターでお待ちです』
その時、館内に迷子のお知らせ、大人バージョンが鳴り響いた。どこをどうやったら迷うんだよ。困ったやつ。
「さかなのたい様だって。暗号かしら?」
「ゴメン。これオレたちの分。レイのこと迎えに行かなきゃな」
「え? さかなの……坂間野……プッ」
「そーゆーこと。じゃ、真司によろしく」
オレは蛍に食事代を払って店を出た。
次に会うのは二人の結婚式の時だろう。
それまで蛍に会わない。
オレには迎えに行かなきゃならないヤツがいる。
可愛い、可愛い麗が。
今日は少しだけ気が迷った。久しぶりだったから。
一生懸命、脇目も振らず麗を愛するんだ。
それが、オレの幸せ。麗の幸せ。
──蛍の幸せなんだから。
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