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第9話 あーん
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オレたちは近所の回転寿司店のカウンターに並んでいた。
真司の奢りに甘えてる。オレの席の隣には麗。可愛くて仕方がない。
オレと真司はビール。レイはオレンジジュースで乾杯。
「レイちゃんはいくつ?」
「あ、19です」
「19の可愛い子と同棲かよ。このケダモノ!」
「ひひひ。スイマセンね」
下品に笑うオレ。麗は借りてきた猫のようにモジモジしていた。
「タイちゃんと愛し合ってるんで……」
「なんか聞いた。羨ましいなー」
「あの。タイちゃんといつも仲良くして下さってありがとうございます」
「オレのセリフだよ~。レイちゃん、泰志をよろしくね~。運が悪い奴なんだよ。ロマンばっかり追いかけて」
「あ、知ってます。ロマンが好きなんですよね」
少し緊張がほぐれてきたのか、麗の声の調子が一つ上がる。
「お、おい。レイ?」
「そーそー。夢見がちなロマンチスト。それで何度も失敗してる。困ったもんだ」
「ふふ。あの。真司さんとタイちゃんって長い付き合いなんですか?」
「ああ。中学からね。専門学校は違ったけど、近くにはいたからほとんど一緒にいたなぁ」
そうなんだ。真司とは人生のほとんどの時間を一緒にいた。
中学で知り合って、同じ部活をやり、同じ塾に通い、同じ高校に進学した。
そして高校の頃は同じ女の子を好きになってしまった。
「なぁ。泰志。オレ、蛍が好きだ」
「……え?」
蛍とは入学当時、同じクラスで席が隣どうしだった。蛍の苗字は『里野』。オレは『坂間野』。つまりサ行同士と言う安易な理由。
それで話すようになり、休み時間もほぼ一緒。そこに真司が加わって、蛍の友人が加わって、数人のグループとなっていたんだ。
「なぁ里野」
「「はい?」」
仲間内に里野が二人いた。
「ちげーちげー。こっちの里野」
「ああ、蛍ちゃんね」
「そうだな。区別するために名前で呼ぶか。な。蛍」
「なんだよ。泰志」
「おおい。オレは坂間野でいいだろ」
「いーや。それじゃ不公平。私も名前で呼ぶからね」
「あっそ。別にいいか」
自然とオレたち仲間は、下の名前で呼ぶようになっていた。
一度だけ、その仲間に内緒で蛍と買い物に出掛けたこともある。
映画も一緒に見た。当時流行っていたラブストーリー。
オレたちの仲はゆっくり接近していった。だが真司もいつの間にかそばにいるようになっていた。そして放課後の二人での帰り道。真司の気持ちを聞かされた。
「そうなんだな。オレも応援するよ。真司と蛍ならお似合いだ」
そう答えた。
──答えてしまった。
「そ、そうか? お前は……いいのか?」
「いいって何が?」
「蛍のこと……好きなんだろ?」
「まさか。蛍とは友だちだよ」
そんなわけが無い。初めてちゃんと話せるようになった女の子。
一歩一歩近づいて行った恋心。
だがオレの親友も蛍を好きなのだ。
強がった。気のない振り。
本当は抱きしめたかった。
二人きりの部屋でのシミュレーションも考えた。
しかし諦めた。これは若かったからとしか言いようがない。
蛍に真司からのラブレターを手渡した。蛍はそれをすぐにラブレターだと気付いたようで笑顔になった。
「蛍。これ……」
「え? もう。何よ。泰志ったら。口で言って貰うほうが良かったなぁ~」
「真司から」
「……え?」
「二人ともお似合いだよ。友人の二人がくっついてくれれば、オレは幸せだなぁ」
「そんな、そんな……。泰志はそれでいいの?」
「ああ。いつまでも二人のそばにいさせてくれよ」
「……バカ」
「え?」
「私も。泰志も」
「なんで?」
「なんでもない。じゃあね。坂間野くん……」
蛍の目は少しばかり潤んでいたが、その時きりだった。
真司と蛍の楽しそうな休み時間。
蛍はオレに少しでも気があったのかと言うのは気のせいだった。
二人は高校を卒業した後、同棲をはじめもうすぐ結婚するのだ。
「おめでとう泰志。本当に良い子じゃないか」
「ありがとう。真司」
オレたちはビールグラスを合わせる。その横で麗はニャゴニャゴ言いながらマグロを食べていた。
「ふふ。やっぱり猫」
「なー。レイ、マグロだーい好き」
「泰志もマグロかな?」
「おい。下ネタはヤメロ。まぁ、昨日はそうだったけど」
「にゃにゃにゃにゃ」
「笑うんじゃねー!」
「ねぇタイちゃん。ごはん食べて」
「おい。刺身ばっか食うな。シャリも食え」
「はい。なーん」
「あーんのことかよ。あーん」
麗が箸でつまんだシャリを口に運んでくれる。
真司の目の前で。少しばかりラブラブの優越感。
「はい、次です。なーん」
「あーん」
麗にとっては、普通だったのかも知れないけど、寿司屋の大将すらその光景に見入っていた。
ハタから見ればバカなカップル。いわゆるバカップルだが、麗は本当にそう言うのが絵になるんだ。
「すっげぇ。羨ましい……」
真司の本音が聞こえる。今まで蛍との仲を見せつけられたから丁度良い。
しかしせっかくの寿司屋なのに、麗のシャリばかり食べさせられてお腹いっぱい。
オレ以外はみんな満足して店の外に出た。
「大丈夫かよ。泰志」
「え? ああ、大丈夫。酢飯美味しかったよ」
「ふふ。その強がるクセ抜けてねぇな」
「そうか?」
「あのなぁ。泰志」
「なに?」
「お前に彼女出来た話し、蛍にしといたぞ」
「……そうか」
「おめでとう。だってさ」
「……だろうな」
店の前で真司と別れた。
麗と一緒に部屋へ向かう。
スラックスに突っ込んだ手に、麗はぶら下がるように抱き付いている。
とても可愛い。
たまに蛍を思い出しても、もうどうしようも無い。
あの時ああしとけばなんて後の祭り。
先日まではそんなことも思い返すこともあった。
もしもの世界。
蛍と一緒の世界。
邪魔者なんて誰もいない。
気兼ねなくオレたちは枕を並べる。
だが今のオレには、隣に麗がいる。
この下界に降臨した美しき女神。
それと少しずつ、未来に向かって進んでいけばいい。
愛してる──。
陳腐な言葉。
過去でのシミュレーション。
だが今は本当に言える人がいる。
「レイ。愛してるよ」
「なーん。レイもタイちゃんのこと愛してる」
「なぁ、レイ。その腕放さないでくれよ?」
「うん。タイちゃんも……」
「もちろんだとも」
野良猫のオレたちは、互いに身を寄せ合うために段ボールのような部屋へ帰って行った。
真司の奢りに甘えてる。オレの席の隣には麗。可愛くて仕方がない。
オレと真司はビール。レイはオレンジジュースで乾杯。
「レイちゃんはいくつ?」
「あ、19です」
「19の可愛い子と同棲かよ。このケダモノ!」
「ひひひ。スイマセンね」
下品に笑うオレ。麗は借りてきた猫のようにモジモジしていた。
「タイちゃんと愛し合ってるんで……」
「なんか聞いた。羨ましいなー」
「あの。タイちゃんといつも仲良くして下さってありがとうございます」
「オレのセリフだよ~。レイちゃん、泰志をよろしくね~。運が悪い奴なんだよ。ロマンばっかり追いかけて」
「あ、知ってます。ロマンが好きなんですよね」
少し緊張がほぐれてきたのか、麗の声の調子が一つ上がる。
「お、おい。レイ?」
「そーそー。夢見がちなロマンチスト。それで何度も失敗してる。困ったもんだ」
「ふふ。あの。真司さんとタイちゃんって長い付き合いなんですか?」
「ああ。中学からね。専門学校は違ったけど、近くにはいたからほとんど一緒にいたなぁ」
そうなんだ。真司とは人生のほとんどの時間を一緒にいた。
中学で知り合って、同じ部活をやり、同じ塾に通い、同じ高校に進学した。
そして高校の頃は同じ女の子を好きになってしまった。
「なぁ。泰志。オレ、蛍が好きだ」
「……え?」
蛍とは入学当時、同じクラスで席が隣どうしだった。蛍の苗字は『里野』。オレは『坂間野』。つまりサ行同士と言う安易な理由。
それで話すようになり、休み時間もほぼ一緒。そこに真司が加わって、蛍の友人が加わって、数人のグループとなっていたんだ。
「なぁ里野」
「「はい?」」
仲間内に里野が二人いた。
「ちげーちげー。こっちの里野」
「ああ、蛍ちゃんね」
「そうだな。区別するために名前で呼ぶか。な。蛍」
「なんだよ。泰志」
「おおい。オレは坂間野でいいだろ」
「いーや。それじゃ不公平。私も名前で呼ぶからね」
「あっそ。別にいいか」
自然とオレたち仲間は、下の名前で呼ぶようになっていた。
一度だけ、その仲間に内緒で蛍と買い物に出掛けたこともある。
映画も一緒に見た。当時流行っていたラブストーリー。
オレたちの仲はゆっくり接近していった。だが真司もいつの間にかそばにいるようになっていた。そして放課後の二人での帰り道。真司の気持ちを聞かされた。
「そうなんだな。オレも応援するよ。真司と蛍ならお似合いだ」
そう答えた。
──答えてしまった。
「そ、そうか? お前は……いいのか?」
「いいって何が?」
「蛍のこと……好きなんだろ?」
「まさか。蛍とは友だちだよ」
そんなわけが無い。初めてちゃんと話せるようになった女の子。
一歩一歩近づいて行った恋心。
だがオレの親友も蛍を好きなのだ。
強がった。気のない振り。
本当は抱きしめたかった。
二人きりの部屋でのシミュレーションも考えた。
しかし諦めた。これは若かったからとしか言いようがない。
蛍に真司からのラブレターを手渡した。蛍はそれをすぐにラブレターだと気付いたようで笑顔になった。
「蛍。これ……」
「え? もう。何よ。泰志ったら。口で言って貰うほうが良かったなぁ~」
「真司から」
「……え?」
「二人ともお似合いだよ。友人の二人がくっついてくれれば、オレは幸せだなぁ」
「そんな、そんな……。泰志はそれでいいの?」
「ああ。いつまでも二人のそばにいさせてくれよ」
「……バカ」
「え?」
「私も。泰志も」
「なんで?」
「なんでもない。じゃあね。坂間野くん……」
蛍の目は少しばかり潤んでいたが、その時きりだった。
真司と蛍の楽しそうな休み時間。
蛍はオレに少しでも気があったのかと言うのは気のせいだった。
二人は高校を卒業した後、同棲をはじめもうすぐ結婚するのだ。
「おめでとう泰志。本当に良い子じゃないか」
「ありがとう。真司」
オレたちはビールグラスを合わせる。その横で麗はニャゴニャゴ言いながらマグロを食べていた。
「ふふ。やっぱり猫」
「なー。レイ、マグロだーい好き」
「泰志もマグロかな?」
「おい。下ネタはヤメロ。まぁ、昨日はそうだったけど」
「にゃにゃにゃにゃ」
「笑うんじゃねー!」
「ねぇタイちゃん。ごはん食べて」
「おい。刺身ばっか食うな。シャリも食え」
「はい。なーん」
「あーんのことかよ。あーん」
麗が箸でつまんだシャリを口に運んでくれる。
真司の目の前で。少しばかりラブラブの優越感。
「はい、次です。なーん」
「あーん」
麗にとっては、普通だったのかも知れないけど、寿司屋の大将すらその光景に見入っていた。
ハタから見ればバカなカップル。いわゆるバカップルだが、麗は本当にそう言うのが絵になるんだ。
「すっげぇ。羨ましい……」
真司の本音が聞こえる。今まで蛍との仲を見せつけられたから丁度良い。
しかしせっかくの寿司屋なのに、麗のシャリばかり食べさせられてお腹いっぱい。
オレ以外はみんな満足して店の外に出た。
「大丈夫かよ。泰志」
「え? ああ、大丈夫。酢飯美味しかったよ」
「ふふ。その強がるクセ抜けてねぇな」
「そうか?」
「あのなぁ。泰志」
「なに?」
「お前に彼女出来た話し、蛍にしといたぞ」
「……そうか」
「おめでとう。だってさ」
「……だろうな」
店の前で真司と別れた。
麗と一緒に部屋へ向かう。
スラックスに突っ込んだ手に、麗はぶら下がるように抱き付いている。
とても可愛い。
たまに蛍を思い出しても、もうどうしようも無い。
あの時ああしとけばなんて後の祭り。
先日まではそんなことも思い返すこともあった。
もしもの世界。
蛍と一緒の世界。
邪魔者なんて誰もいない。
気兼ねなくオレたちは枕を並べる。
だが今のオレには、隣に麗がいる。
この下界に降臨した美しき女神。
それと少しずつ、未来に向かって進んでいけばいい。
愛してる──。
陳腐な言葉。
過去でのシミュレーション。
だが今は本当に言える人がいる。
「レイ。愛してるよ」
「なーん。レイもタイちゃんのこと愛してる」
「なぁ、レイ。その腕放さないでくれよ?」
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野良猫のオレたちは、互いに身を寄せ合うために段ボールのような部屋へ帰って行った。
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