上 下
39 / 47
転生の章 決戦篇

第38話 陣中の夜

しおりを挟む
ボクの心の中はかなりモヤモヤしていた。
ピンクに会いたい。あって詫びたい。
たぶん、土下座すれば許してくれるかもしれない。

でもピンクのことだからそんなに引きずってもないと思う。
それにしても手紙くらいくれたっていいじゃないか。

一人でいるということは色んな考えが頭を巡る。
みんなのことをこっちから嫌いになってやると憤怒したり、もう自分はこの世界に居場所がないのではないかと極端な考えに陥ったり、コノハと共に山に入って野生の軍隊を作って見返してやると思ったり……。
しかし行き着くところはピンクの顔。
糟糠の妻。彼女がいたからこそ団長になれたんだ。
寝台の上で彼女を思ってメソメソ泣いた。


夜。ボクはコノハに酒を注がせて、酔って一人で陣中を歩いた。
月明かりの元、叔父の埋葬地に来た。
ボクは、墓に手を合わせた。

「はぁ、叔父上。ボクは一体どうしたいいんでしょう? 教えて下さいよ……。いつも教えて下さったじゃないですか」

しかし、墓が話すわけもない。

「どうしてボクを見限ったのですか! 叔父上なんて地獄に落ちてしまえばいい!」

当たる場所がない。甘える場所もない。
叔父の墓に甘えたんだろう。そう叫んだ後に、墓にすがって泣いてしまった。

「叔父上のバカ……」

ボクはひとしきり泣くと叔父の墓に背を向け手に持った酒瓶を口に近づけグビリとあおった。

いつの間にか、チビがそこに立っていた。

「わ! マジでビックリした! チビかよぅ。見てたのか?」

泣いてるところを見られるなんて格好が悪い。だがチビは首を横に振ってくれたのでホッとした。

「団長閣下。私と陣中を少し歩いて頂いてよろしいですか?」

階級が上といえども、昔は一緒に遊んだ友だ。
チビを含めた三人の友は心置けない仲。彼らの前では団長の重責関係なく自分が出せる。
チビがそんなことを言うので、少し気が楽になった。

「いいとも。二人っきりなんだから閣下はやめろよ。昔みたいにオレ、おまえで行こう」
「そうだね。一口もらえるかな?」

ボクは彼に酒瓶を渡した。彼もクイと一口あおった。

「ふぃーーー。さすが団長。いい酒だ。うまいよ」

その言葉に久しぶり戦を忘れて微笑み合った。
チビが先導して歩いた先には、大きな幕舎があった。

「ここは……?」

ボクが聞くとチビは人差し指を立てて、声を立てないように指示した。そして口を耳元に寄せて説明した。

「ここは、我々よりも3~5歳若いコボルドの新兵の幕舎だよ。少し聞き耳を立ててみてよ」

そう言われて腰をかがめて幕舎に耳を当ててみた。
中から楽しそうな声が聞こえる。


「やっぱり団長はかっこいいよなぁ。大こん棒ブンブン振り回してさぁ」
「だよな。戦略のセンスはないけど」
「見た目がすごいじゃん。あれじゃ敵もビビるよな」
「そーいや、お前アレだろ? 戦争が終わったらも結婚するんだろ? 彼女と」
「おう。でもその言い方ヤメロ。フラグじゃねーか」
「わりーわりー。やっぱ、妾も持つの?」
「当たり前。もう目をつけてるのいるし」
「モテるやつは違うね~」

ボクはビックリして顔を上げてチビを見た。
彼は少しばかり寂しげな顔をしていた。

「さて、もう少しお付き合い願いましょう」

今度連れてきたのは、ゴブリンの幕舎。
その一つのテントにはこうこうと灯りがついているものがあった。
そこでも彼は聞き耳を立てるように言ってきたので、耳をすましてみることにした。

「……団長のことは尊敬はしてるが……」
「うむ……」

「多少やり過ぎなところがあるな。この前、テントを蹴り壊されたものがいるとか……」
「うむ……。前はそんなことはなかった。鬼族平等の声の元、我々は集まったが最近は我々ゴブリンを軽んじておられるような……」

「明日の戦でも無茶をされて我々は討ち死にしてしまうかもしれん。毎日が恐ろしい……」
「うん……。逃亡兵も増えているしな……」

「逃げるヤツは利口だ。参謀長が亡くなってから軍律は緩みっぱなしだ。オレも国元に帰りたい」
「そうだ。そうだ」

そんな。まさか、コボルドがそんなことを思っていただなんて。
確かにボクは戦下手かもしれない。戦略が下手なのは分かってる。
でも、彼らを軽んじたりするようなことは……。


チビの方を見ると、今までよりもさらに厳しい表情をした。

「さて。最後にもう一か所だけ……」

彼が案内した場所はボクのテントとほど近い、コボルドの幹部たちの宿営地だった。

「え? ここって……」

チビは口に指をあてる。
そこはクロの幕舎だった。
中から声がする。聞き覚えのある声ばかり。
参謀長府の連中は元より、コボルドの歴戦の戦士や隊長たち。
大部隊長の声もする。

「団長閣下はもうダメだ! コボルドの星ではない」
「そうとも。勝手気ままで女の尻ばかり気にして我々を省みない!」
「このままでは、一族がダメになってしまう。一族の文化が……」

そこで、クロの声だった。
彼は落ち着きを払って指導者の演説のような話し方だった。

「皆さん。父ブラックは、ブラウン将軍のためなら命を落としても構わないと私が小さい頃から言っておりました。そして、将軍亡き後は一族のためなら死んでも構わないといって、戦死してしまいました。私は父の背中を見ております。ゴールド様のためなら死んでも構わないと思っておりました。シルバー様のためならとも。しかし、親友であるはずのチャブチのために死ぬくらいなら、野生のコボルドと一緒になって生魚でも食いながら一生を終えた方がましです」

そう言うと、幕舎の中が沸き上がった。

「しかし……」

そう言うと幕舎の中が静寂になる。

「この二年でチャブチは変わってしまいました。傲り高ぶってるだけなんです。本来はマジメで一族のために砦を奪取し、今はこの城を取ろうとしております。それはまぎれもない事実ですし、彼なりの一族を思ってのことなのでしょう」

うん……。そのこころざしだ。
一族のため、鬼族のため、みんなの生活のため……。

「ですが、そこまでです。その後チャブチが変わらず、まだ女のことばかり考えるようでしたら、私は故郷の山に帰ろうと思います。あそこでブラウン将軍と暮らしたあの山で山菜をとり、虫を炒めて、タンポポの花を疑似餌にして魚やエビを釣って暮らす、あの平和な山に……」

テントの中は「そうだ。そうだ」という声でいっぱいになった。

「ですから皆さん、もう少しだけチャブチに時間を下さい。どうか謀反などという考えは捨てて下さい」

ボクはそこまで聞くと参ってしまった。
チビはボクの肩に手を乗せた。

「チャブチ。ここを治めるには方法が二つあるよ」
「……それって、どう言う……?」

「一つ目は、今すぐクロを捕まえて明日の朝、鬼族全体の前で処刑してしまうのさ。そうすれば、みんな気を引き締めるだろう。みんなで集って頭を垂れてこんなことを言うなんて重罪だ」
「そ、そんなこと……。出来っこないだろ。クロはボクの親友なんだ」

チビはクスリと笑った。

「二つ目は、チャブチが今までのことを反省し、女のことを忘れて、戦に大勝することさ。……ちゃんと清算するんだ。今までのことを」

全くその通りだ。今までの身持ちの悪さが招いたことだ。
分かっている。分かっているのだが、ボクはチビをそこに置いて、うなだれながら自分のテントに入って行った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

処理中です...