コボルド将軍の息子 ──チャブチ

家紋武範

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転生の章 雌伏篇

第9話 母ユキ

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時が経ちボク、チャブチは11歳になっていた。
人間に父を殺され、本体のチャブチの意識を殺された恨み、そしてオーク族に虐げられている抵抗感からボクはたくましく成長した。

しかし、ボクの成長とともに、コボルド族の人口はじょじょに減って行った。
戦によって戦士たちが討ち死にすることが重なり、オーク族との混血を産まないために女たちが薬を飲むために生まれてくるコボルドが少なくなってしまったためだ。
劣悪な環境の為病死するものも少なくなかった。

ブラック副長やグレイ副長と言う、才能豊かな勇士も討ち死にしまい、叔父のゴールド隊長は敵の計略にかかって片手を失ってしまった。
小さい頃に遊んだガキ大将たちも戦に従軍して二人も討ち死にした。

コボルドの集落は重い重い空気に包まれた。
もう、コボルドが自立するには難しい人口となってしまっていた。

その頃になると、ボクの母ユキはボクが寝た後に酒を片手に毎晩オーク族の砦を訪れ朝方帰ってくる生活が続いた。
母は帰ってくるなり、ボクのために朝食を用意してくれた。
いつもだが、玉子がある。パンがある。他のコボルドよりも恵まれた朝食だった。

「ただいま。坊や。よく眠れたかい?」
「うん……」

「チャブチも大きくなったね。将軍そっくり……」

そう言って、涙を流した。
ボクの……チャブチの体は普通のコボルドよりも一回りほど大きくなっていた。
小さかった三本の角も長く伸び、その周りに新しい角がボコボコと生えていた。耳は垂れたままだったけど。
ブラウン将軍の血統だ。みんなが期待するだけのことがある。
でも、気になるのは母の行動だった。

「ねぇ……。お母さん……。毎晩オークの砦で何をしてるの……?」

その言葉を受けた母の動きが止まった。しかし、すぐに温かい甘いミルクをカップに注いで出してきた。

「働いてるのよ。ブタン将軍にお世話になってる」
「……え?」

「チャブチ。大きくなって、将軍におなりなさい。そしてコボルド族にもう一度栄光を……!」
「う、うん……」

母がブタン将軍に抱かれることによって、コボルド族は砦の中で商売をすることを許された。
そして、多額の金や食料を援助してもらうことができた。将軍提案の屈辱の愛人契約だったのだ。母はこの時、死んでしまいたかったが我が子と一族のことを思うとどうしてもそれができなかった。

叔父のゴールドは、姉である母ユキと二人きりの時、その前で大声で泣いた。

義兄あにきのために、最後まで姉さんを守りたかったのに! 私は死んで義兄に詫びます!」

そう叫んで残された片腕に短刀を剥き身に晒したが、母は思い切りその頬を張った。

「男には男の闘いがあるでしょう! 女たちにも闘いがあるのよ。一族を守るためよ。アンタも自ら命を絶つようなことを軽々しく言うもんじゃない!」

と諭し、その後姉弟抱き合ってむせび泣いたのだった。
それはたった二人の密かごとであった。


だが母ユキだけではなかった。集落の女性たちはオーク族の砦で売春している。
それによって生計を立てるしか今のコボルド族には方法がない。
主な戦士は亡くなってしまい、褒美として渡される金は微々たる量。子供たちも栄誉ある戦士になりたがるものが少なくなってしまった。
そこには戦死しかないから、母親がならせたがらなくなったのだ。


ボクは人知れず泣いた。こんなみじめなことってあるか!?
みんな嫌いなオーク族に抱かれて金を持ってくる自分の妻や娘をどうすることもできない。
それでなくては生活もできない。戦士は負傷して戦士でなくなったら金を得ることができないのだ。
悔しい。父が守って来たもの、父が築いた秩序がなくなってしまった鬼族。
たった数年のことなのに。
みんなボクに期待してる。人間だったころ、落ちこぼれだった自分に。
人間だったころはそうなりたかった。みんなのヒーローになりたかったんだ。
でも、今は重圧だよ。ボクが背負っているのは重すぎる。
あの頃すら何にも出来なかったのに。

子供たちの未来。女たちを屈辱からの解放。コボルド族の栄光。
父は、コボルド族の栄光をつかむことを一人でやってのけたんだ。
ボクに……。ブラウン将軍の血統であるチャブチの肉体であっても中身は人間のボクにそんなことができるのかな?

でも、本来であればチャブチは矢に刺さって死んでしまったんだ。あそこで討ち死にしてしまったんだ。父ブラウンと共に。

ボクの意識があったからこそ生き返ることができた。
でもなかったらコボルド族は夢も希望もなく滅びてしまっていたんだろう。
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