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第11話 密会
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つまり、こういうわけだった。
王太子さまが山賊の格好をしていたのはエイン大公爵を油断させるため。バカを演じていれば、兵力の増強はしないだろうとの策だったのだ。
王宮にいなかったこともそうだ。放蕩していると思わせる作戦。その間、遊ぶふりをして郊外の視察や一部隊の調練などしていたらしい。
その副作用で、エイン大公爵は宮廷を抑え、王太子さまが不利な噂話を流して貴族や廷臣の忠誠度を下げたために、王宮内に王太子さまの味方は、国王陛下のご兄弟とその息子しかいなくなってしまっていたのだ。
しかし、王太子さまは宮廷へと帰り、服装を改め、政治に参加することで、離れていた求心力は回復していった。あとはルイス様を探すだけとなっていた。
でもないと、王太子さまと結婚の約束が叶わない。私は結婚を夢見て、ドキドキしていた。
その日も王太子さまは、ハリソン様、マックス様を労いに一隊を連れて出て行った。
マギーも私の食膳を用意すると部屋から出ていってしばらくしてからだった。
「アメリアどの。アメリアどの」
聞き覚えのある声。私は身震いした。これは王太子さまを襲ったあの男ではないか。
それが天井からか、窓からか、はたまたカーテンの向こうからなのか。
私は殺されるのかも知れないと戦慄したところで、また男の声だった。
「そう脅えることもございません。もしも私が一歩でも飛び出せば、たちまち王太子の手のものに襲われるほど警備は厳重です。ですから、この声はあなた様だけに聞こえるように術をつかっております」
「な、なるほど──」
「実はルイス様は悔いております。もはや自首なされようとしておりますが、一つ心残りがございます」
「そ、それは……?」
「あなた様にヒドいことをしたと思っているのです。あの時は他の妻の手前、ああする他なかったと。それを謝りたいとのことなのです」
「そ、そうなの。分かりました。許します」
「いえいえ。どうかお情けをもってルイス様にお会い下さい。実は宮中の中庭に身を隠してございます」
「そ、そんなところに」
「どうかどうかお願いします」
そう言われると、私の中にルイス様との愛を誓った日々が思い出され、王太子さまと婚約してはいるものの、ついホロリと涙をこぼしてしまった。
「そうなのね。もう反省しているならばいいでしょう。お会いいたします」
そう答えると、男の声はパッと明るくなった。
「本当でございますか?」
「ええ。中庭に行けばいいのね」
「左様でございます。それと一つお願いが──」
「なにかしら?」
「実は、王太子が屋敷を制圧に来たとき、エイン家の家宝の旗を持って行ってしまったのです。小さな赤い旗です」
私は思いだしてハッとした。
「たしかに、王太子さまの部屋に飾られていたわね」
「そ、そ、そ、そ、それでございます。それは王太子にとっては不要なもの。是非ともルイス様へお返し頂きたい。それを先祖の墓に備えた後に出頭するお気持ちなのです」
「まぁ……。私のこの指輪のようなものなのね」
「御意にございます」
私は細くため息をついた。
「分かったわ。王太子さまの部屋からとってきましょう。ただし、必ず自首するんでしょうね」
「もちろんでございます。では私は先にルイス様に伝えて参ります──」
そういうと、男の気配は消えた。私はマギーが帰る前に行動しようと、そっと部屋を出て王太子さまの部屋の中に。
そこには執務用の大きな机。書類や筆記用具などが置かれている。机の端には国旗の小旗と、赤い旗。
「これね」
私は筒に挿してある赤い旗を引き抜いて中庭へ向かった。
中庭には木立や草花がキレイに植えられている。
一際大きな茂みの中から、私を呼ぶ声がした。
「アメリア……」
「ルイス様?」
そこから現れたルイス様は、前の装いは見る影もない。汚れた服を着て、顔には泥や墨が塗ってある。髪もざんばらで下男のような格好をしていた。
まさに逃亡のためだろう。彼は私に謝罪と家宝の旗を取り戻しに来ただけなのだ。
彼は小さく手を広げて私を抱こうと近づいて来たので、私は顔を背けて一歩後ろへと身を引いた。
彼はうつむいて哀しげな顔をし、広げた両手を空しく下ろした。
「そうか……。キミは王太子を」
「左様でございます、ルイス様。王太子さまは私を愛することを誓って下さいました。どうか自首してくださいませ。そして命乞いをするのです。私も王太子さまに処刑だけはなされないようお願いするつもりです」
「そうか……すまない。キミには悪いことをしたのに」
「いいえ。そうだわ。これを──」
私は彼にとっては大事な旗を差し出した。
「おお。それは我が家の旗。これで先祖に申し訳がたつ」
彼はそれに手を伸ばし、受け取った。そして嬉しそうに笑う。その笑いは激しくなって、私の胸を突き放した。
「な、何をするのです!」
「ふふふ。アメリア。これがなんだか分からないらしいな」
「そ、それはあなたの先祖から伝わる旗──?」
彼は激しく笑う。
「ドコまでもバカな女だ。これは兵権だよ。これを持つものが国の主人だ。軍に駆け込めば駐屯している軍隊全てを動かせるのだ!」
そういうと、彼は部下に抱えさせ、高く跳躍させた。部下は壁を蹴り、屋根を蹴り、やがて見えなくなってしまった。
王太子さまが山賊の格好をしていたのはエイン大公爵を油断させるため。バカを演じていれば、兵力の増強はしないだろうとの策だったのだ。
王宮にいなかったこともそうだ。放蕩していると思わせる作戦。その間、遊ぶふりをして郊外の視察や一部隊の調練などしていたらしい。
その副作用で、エイン大公爵は宮廷を抑え、王太子さまが不利な噂話を流して貴族や廷臣の忠誠度を下げたために、王宮内に王太子さまの味方は、国王陛下のご兄弟とその息子しかいなくなってしまっていたのだ。
しかし、王太子さまは宮廷へと帰り、服装を改め、政治に参加することで、離れていた求心力は回復していった。あとはルイス様を探すだけとなっていた。
でもないと、王太子さまと結婚の約束が叶わない。私は結婚を夢見て、ドキドキしていた。
その日も王太子さまは、ハリソン様、マックス様を労いに一隊を連れて出て行った。
マギーも私の食膳を用意すると部屋から出ていってしばらくしてからだった。
「アメリアどの。アメリアどの」
聞き覚えのある声。私は身震いした。これは王太子さまを襲ったあの男ではないか。
それが天井からか、窓からか、はたまたカーテンの向こうからなのか。
私は殺されるのかも知れないと戦慄したところで、また男の声だった。
「そう脅えることもございません。もしも私が一歩でも飛び出せば、たちまち王太子の手のものに襲われるほど警備は厳重です。ですから、この声はあなた様だけに聞こえるように術をつかっております」
「な、なるほど──」
「実はルイス様は悔いております。もはや自首なされようとしておりますが、一つ心残りがございます」
「そ、それは……?」
「あなた様にヒドいことをしたと思っているのです。あの時は他の妻の手前、ああする他なかったと。それを謝りたいとのことなのです」
「そ、そうなの。分かりました。許します」
「いえいえ。どうかお情けをもってルイス様にお会い下さい。実は宮中の中庭に身を隠してございます」
「そ、そんなところに」
「どうかどうかお願いします」
そう言われると、私の中にルイス様との愛を誓った日々が思い出され、王太子さまと婚約してはいるものの、ついホロリと涙をこぼしてしまった。
「そうなのね。もう反省しているならばいいでしょう。お会いいたします」
そう答えると、男の声はパッと明るくなった。
「本当でございますか?」
「ええ。中庭に行けばいいのね」
「左様でございます。それと一つお願いが──」
「なにかしら?」
「実は、王太子が屋敷を制圧に来たとき、エイン家の家宝の旗を持って行ってしまったのです。小さな赤い旗です」
私は思いだしてハッとした。
「たしかに、王太子さまの部屋に飾られていたわね」
「そ、そ、そ、そ、それでございます。それは王太子にとっては不要なもの。是非ともルイス様へお返し頂きたい。それを先祖の墓に備えた後に出頭するお気持ちなのです」
「まぁ……。私のこの指輪のようなものなのね」
「御意にございます」
私は細くため息をついた。
「分かったわ。王太子さまの部屋からとってきましょう。ただし、必ず自首するんでしょうね」
「もちろんでございます。では私は先にルイス様に伝えて参ります──」
そういうと、男の気配は消えた。私はマギーが帰る前に行動しようと、そっと部屋を出て王太子さまの部屋の中に。
そこには執務用の大きな机。書類や筆記用具などが置かれている。机の端には国旗の小旗と、赤い旗。
「これね」
私は筒に挿してある赤い旗を引き抜いて中庭へ向かった。
中庭には木立や草花がキレイに植えられている。
一際大きな茂みの中から、私を呼ぶ声がした。
「アメリア……」
「ルイス様?」
そこから現れたルイス様は、前の装いは見る影もない。汚れた服を着て、顔には泥や墨が塗ってある。髪もざんばらで下男のような格好をしていた。
まさに逃亡のためだろう。彼は私に謝罪と家宝の旗を取り戻しに来ただけなのだ。
彼は小さく手を広げて私を抱こうと近づいて来たので、私は顔を背けて一歩後ろへと身を引いた。
彼はうつむいて哀しげな顔をし、広げた両手を空しく下ろした。
「そうか……。キミは王太子を」
「左様でございます、ルイス様。王太子さまは私を愛することを誓って下さいました。どうか自首してくださいませ。そして命乞いをするのです。私も王太子さまに処刑だけはなされないようお願いするつもりです」
「そうか……すまない。キミには悪いことをしたのに」
「いいえ。そうだわ。これを──」
私は彼にとっては大事な旗を差し出した。
「おお。それは我が家の旗。これで先祖に申し訳がたつ」
彼はそれに手を伸ばし、受け取った。そして嬉しそうに笑う。その笑いは激しくなって、私の胸を突き放した。
「な、何をするのです!」
「ふふふ。アメリア。これがなんだか分からないらしいな」
「そ、それはあなたの先祖から伝わる旗──?」
彼は激しく笑う。
「ドコまでもバカな女だ。これは兵権だよ。これを持つものが国の主人だ。軍に駆け込めば駐屯している軍隊全てを動かせるのだ!」
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