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第9話 脱出
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私たちはしばらくそのまま。王太子さまに連れて来られてから、初めてなだらかな時間を二人きりで過ごした。
私たちは頭上の馬蹄の音はやがて遠ざかったので、王太子さまは休憩をやめて地上を目指そうというので同意した。
狭い狭い地下道はかなり狭くなり、私たちは這って進んだ。
王太子さまは、出口だといって、仰向けのまま上部の石畳を外すとそこから僅かながら外の光りが見える。
先に王太子さまが出て、手を差し伸べてくれた。
「さぁ。手を掴め」
「あ、ありがとうございます」
狭いし、道になれていないので、身の置きどころがどこか分からず、地下道から王太子さまの力で引き抜かれたといった感じだった。
王太子さまはそこに転んで、私は王太子さまの胸の上に倒れ込んでしまい、二人して笑った。
私はこの頼り甲斐のある胸にしばらくしがみついていた。王太子さまもそれを払い除けようとせず、頭を撫でていてくれた。
「地下は苦しかったろう?」
「はい。王太子さまがいつも泥まみれな理由が分かりました」
「はっはっは。このたまに訓練で地下に潜るのだ。太っていては地下には入れん。お前が痩せていて良かったよ」
「まぁ……。胸が無いとおっしゃりたいの?」
「え? そ、そうなのか?」
「あら。幻滅しまして?」
「まさか……」
王太子さまは私を胸の上に乗せたまま、背中に腕を回して抱き締めてくれた。
「そんなことはない。お前を妃としたい。よいか?」
「アメリア」
「ん?」
「私の名前ですよ。お前だなんて、目下の者を呼ぶ言葉だと思いませんか? 妻になったら対等ですからね」
「おーう……、そうか。アー……メリア」
「恥ずかしがってますね」
「そりゃそうだ。照れるな。こういうの」
「ハリー」
「お?」
「お名前」
私は王太子さまの名前を呼ぶと、彼は真っ赤になって目の玉が落ちそうなくらい目を開いていた。
そしてうれしそうに微笑んだのだ。
「アメリア」
「なに? ハリー」
彼はそのまま私へと口づけをしてきた。私もそれに応じて、この地下道の出口で抱き合った。
地下道の出口は、エイン大公爵家を囲む塀の外にある神を祀る祠の中だった。
王太子さまはそこから顔を覗かせて、安全を確認すると私の手を引いて、祠の外へ。
王太子さまはいつもの破天荒な格好。私は牢屋で貰ったぼろの服。市民の服装よりも目立つが、夜陰に乗じての逃亡だ。
「ここは王家の土地とはいえ、公爵家の回りには警察権もあるのだ。捕らえられては終わりだ。近くに爺が兵を連れて来ている。そこまで逃げるんだ!」
「え? ジェイダン伯爵の?」
「そうだ。爺の屋敷はここから近い。エイン卿からの盾となっている位置なのだ」
「でもハリーが手を引いているのは私だと知っておられるのですか?」
王太子さまはピタリと足を止める。私は走っていたものだから、そんな王太子さまの背中に衝突した。
「……言ってなかった」
「そんなぁ。ジェイダン伯爵に卑賤な女の手を引いてと怒られません?」
王太子さまは私の手を強く握ってまた走り出す。
「その時はその時だ。大丈夫。余がアメリアを守るよ!」
「大丈夫かしら……」
いつもジェイダン伯爵の剣幕に負けているのに。私は苦笑しながら王太子さまの後ろを走った。
その時だった。エイン大公爵家の鉄柵の向こうに馬上の高さのたくさんのたいまつ。
「おい。あれは女じゃないか!?」
「そうだ! 逃げられるな! 追え!」
馬蹄の響きに背中に冷たいものが流れるのを感じた。
「ハリー!」
「大丈夫だ! 鉄柵に阻まれてこちらに来ることなど出来ない! あの角を曲がれば市街地だ!」
私たちは数十メートル先の辻を目指して駆けた。すると正面からもたいまつを持った騎馬兵が来るのが分かったが、私たちの方が早かった。
細い辻の角を曲がると、馬はそこには入って来れない。追っ手はそこに速度を落とすと、後続がぶつかって落馬したりつまづいたり。彼らの混乱をよそに、私たちは追っ手をまくことに成功した。
「スゴい! ハリー!」
「だろう。伊達に王宮を出て遊んでいたワケじゃないぞ?」
私は思わず吹き出した。命の危機がそこにあった緊張が急にほぐれたからだろうか。
「うっ!」
しかし王太子さまは、お腹を押さえてそこに膝をついてしまった。
「ハリー!?」
私が彼の前に回ると、彼は両手で腹部を押さえている。その手の隙間には短刀。私は恐怖で震えた。
その後ろから声がする。私が振り返ると、私を隠れ家から連れ去ったルイス様の部下の男だった。
「おお。誰かと思ったら殿下ではありませんか。その女はルイス様のもの。返して頂きますぞ。もっとももう聞こえないかも知れませんがな。あわれ王太子は、いつもの遊びの最中に暴漢に襲われて死亡。犯人は逃亡し、その行方は誰にも分からない」
男は怪しく笑う。私は王太子さまの身を抱えた。王太子さまはそんな私に微笑むが苦しそうだった。
「アメリア……。キミを最初、鹿と言ってゴメンよ。一目会ったときから、キミのことを……」
「ハリー! しっかりなすって!」
しかし王太子さまは一度だけ微笑むと目を閉じて首を垂らしてしまった。私は何度も王太子さまの名を呼んだ。
「さぁアメリアどの。私とともに参りましょう。おお。指輪もはめておりますな。これで晴れて現国王は病死。エイン様は国王に。ルイス様は王太子さまとなるのです」
私はその男を睨む。そしてハッとした。敵は男だけではなかったようだ。こちらに数本の白刃が降ってくるのが分かった。私は思わず目を閉じた。
私たちは頭上の馬蹄の音はやがて遠ざかったので、王太子さまは休憩をやめて地上を目指そうというので同意した。
狭い狭い地下道はかなり狭くなり、私たちは這って進んだ。
王太子さまは、出口だといって、仰向けのまま上部の石畳を外すとそこから僅かながら外の光りが見える。
先に王太子さまが出て、手を差し伸べてくれた。
「さぁ。手を掴め」
「あ、ありがとうございます」
狭いし、道になれていないので、身の置きどころがどこか分からず、地下道から王太子さまの力で引き抜かれたといった感じだった。
王太子さまはそこに転んで、私は王太子さまの胸の上に倒れ込んでしまい、二人して笑った。
私はこの頼り甲斐のある胸にしばらくしがみついていた。王太子さまもそれを払い除けようとせず、頭を撫でていてくれた。
「地下は苦しかったろう?」
「はい。王太子さまがいつも泥まみれな理由が分かりました」
「はっはっは。このたまに訓練で地下に潜るのだ。太っていては地下には入れん。お前が痩せていて良かったよ」
「まぁ……。胸が無いとおっしゃりたいの?」
「え? そ、そうなのか?」
「あら。幻滅しまして?」
「まさか……」
王太子さまは私を胸の上に乗せたまま、背中に腕を回して抱き締めてくれた。
「そんなことはない。お前を妃としたい。よいか?」
「アメリア」
「ん?」
「私の名前ですよ。お前だなんて、目下の者を呼ぶ言葉だと思いませんか? 妻になったら対等ですからね」
「おーう……、そうか。アー……メリア」
「恥ずかしがってますね」
「そりゃそうだ。照れるな。こういうの」
「ハリー」
「お?」
「お名前」
私は王太子さまの名前を呼ぶと、彼は真っ赤になって目の玉が落ちそうなくらい目を開いていた。
そしてうれしそうに微笑んだのだ。
「アメリア」
「なに? ハリー」
彼はそのまま私へと口づけをしてきた。私もそれに応じて、この地下道の出口で抱き合った。
地下道の出口は、エイン大公爵家を囲む塀の外にある神を祀る祠の中だった。
王太子さまはそこから顔を覗かせて、安全を確認すると私の手を引いて、祠の外へ。
王太子さまはいつもの破天荒な格好。私は牢屋で貰ったぼろの服。市民の服装よりも目立つが、夜陰に乗じての逃亡だ。
「ここは王家の土地とはいえ、公爵家の回りには警察権もあるのだ。捕らえられては終わりだ。近くに爺が兵を連れて来ている。そこまで逃げるんだ!」
「え? ジェイダン伯爵の?」
「そうだ。爺の屋敷はここから近い。エイン卿からの盾となっている位置なのだ」
「でもハリーが手を引いているのは私だと知っておられるのですか?」
王太子さまはピタリと足を止める。私は走っていたものだから、そんな王太子さまの背中に衝突した。
「……言ってなかった」
「そんなぁ。ジェイダン伯爵に卑賤な女の手を引いてと怒られません?」
王太子さまは私の手を強く握ってまた走り出す。
「その時はその時だ。大丈夫。余がアメリアを守るよ!」
「大丈夫かしら……」
いつもジェイダン伯爵の剣幕に負けているのに。私は苦笑しながら王太子さまの後ろを走った。
その時だった。エイン大公爵家の鉄柵の向こうに馬上の高さのたくさんのたいまつ。
「おい。あれは女じゃないか!?」
「そうだ! 逃げられるな! 追え!」
馬蹄の響きに背中に冷たいものが流れるのを感じた。
「ハリー!」
「大丈夫だ! 鉄柵に阻まれてこちらに来ることなど出来ない! あの角を曲がれば市街地だ!」
私たちは数十メートル先の辻を目指して駆けた。すると正面からもたいまつを持った騎馬兵が来るのが分かったが、私たちの方が早かった。
細い辻の角を曲がると、馬はそこには入って来れない。追っ手はそこに速度を落とすと、後続がぶつかって落馬したりつまづいたり。彼らの混乱をよそに、私たちは追っ手をまくことに成功した。
「スゴい! ハリー!」
「だろう。伊達に王宮を出て遊んでいたワケじゃないぞ?」
私は思わず吹き出した。命の危機がそこにあった緊張が急にほぐれたからだろうか。
「うっ!」
しかし王太子さまは、お腹を押さえてそこに膝をついてしまった。
「ハリー!?」
私が彼の前に回ると、彼は両手で腹部を押さえている。その手の隙間には短刀。私は恐怖で震えた。
その後ろから声がする。私が振り返ると、私を隠れ家から連れ去ったルイス様の部下の男だった。
「おお。誰かと思ったら殿下ではありませんか。その女はルイス様のもの。返して頂きますぞ。もっとももう聞こえないかも知れませんがな。あわれ王太子は、いつもの遊びの最中に暴漢に襲われて死亡。犯人は逃亡し、その行方は誰にも分からない」
男は怪しく笑う。私は王太子さまの身を抱えた。王太子さまはそんな私に微笑むが苦しそうだった。
「アメリア……。キミを最初、鹿と言ってゴメンよ。一目会ったときから、キミのことを……」
「ハリー! しっかりなすって!」
しかし王太子さまは一度だけ微笑むと目を閉じて首を垂らしてしまった。私は何度も王太子さまの名を呼んだ。
「さぁアメリアどの。私とともに参りましょう。おお。指輪もはめておりますな。これで晴れて現国王は病死。エイン様は国王に。ルイス様は王太子さまとなるのです」
私はその男を睨む。そしてハッとした。敵は男だけではなかったようだ。こちらに数本の白刃が降ってくるのが分かった。私は思わず目を閉じた。
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