王太子さま、侍女を正妃にするなど狂気の沙汰ですぞ!

家紋武範

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第8話 王子さま

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 地下道は快適な場所ではなかった。腰を屈めて、一人が通れるのがやっとだったし、王太子さまが灯すたいまつの明かりがなかったら暗闇しかないところだった。

「おい。大丈夫か? ついてきているか?」
「ええ。王太子さま」

 ずいぶん長い間這いずり回って、少しばかり広い場所にたどり着いた。そこで休憩。王太子さまが、私に水筒を差し出したので喜んで飲んだ。

「もう少しだ。もう少しで出れるぞ」
「は、はい。あの──」

「どうした?」
「わ、私、意味が分からなくて……」

「そうだろうな……。少し、昔話をするか」

 王太子さまは私の横に座って、話し始めた。それは前に聞いた話だった。

「むかしむかし、あるところに王子さまがおりました。王子さまは国民から慕われ、高貴な婚約者もいて幸せに暮らしておりましたが、王子さまは心から喜べませんでした。なぜなら王子さまが愛していたのは、幼い頃からそばにいた侍女だったのです。王子さまは、国民も婚約者も王位継承権も全てを捨てて侍女と逃げ、幸せに暮らしたのです」

 それは、前の屋敷の私の部屋で話した昔話。あの時はここまでだったが、王太子さまはさらに話を続けた。

「しかし、残された王家の人々は困りました。王子さまは次期王位を示す、家宝の指輪を指にはめたままだったのです」

 そういって、私の手を取った。そこには父母の形見の指輪──。ま、まさか?

「王子様には二人の弟がおりました。第二王子は自分が次の王様になれると思っていましたが、王太子に指名される前に病気で死んでしまったのです」

 だ、第一王子は出て行って、第二王子は死亡……。つまり残ったのは──。

「ですから、王位は三番目の王子が継ぎました。それが今の王のお父上。つまり、私のおじい様なのだ。そして二番王子の子こそがエイン卿。彼は父が病死しなかったら現在の国王でルイスは王太子だったかもしれないのだ」

 そういって、王太子さまは私の顔を見た。私の手をとったまま──。

「お前は世が世なら、正当なる王位継承者なのだ。その指輪が示すのはお前が考えているよりも、恐ろしいほどの意味があることだったのだよ。見てご覧」

 王太子さまは、指輪に刻まれた傷を見せた。それは、同じような筋で人工的に刻んだ形だった。

「お前のおじい様の前までの王が刻み続けてきた証だ。全部で16本。そこに刻むものは国民の平和と健康を祈って刻む初代からの伝統だったのだ」

 私はその筋を見つめる。古いものから時計回りに筋の汚れがなくなってゆく。確かにこの王朝の国王陛下は18代目だ。つまり、私のおじい様がこれを持ち去った王子さま?

 私は指輪を見つめたまま固まった。この人たちは私の出自をどこかで知って、王統を示す指輪だけが目的だったのだわ。

「アドリー卿はお前の指輪を見て、エイン卿に伝えたのであろう。だからルイスにめあわせるために王宮へと送り、偶然を装ってルイスからアプローチさせる策略だったのだろうな。婚約した当日に私に奪われ躍起になって探したのであろう」
「そ、そんな……」

「指輪を得た彼はこう宣言しただろう?実は父は第一王子より指輪を受け継いでおりました。だから私には王位につく権利がありますと。そういって謀反を起こすつもりなのだ。そしたら国民はどうなる。たくさんの兵士が死に、国は乱れる。エイン卿とルイスがやろうとしていることは、無茶苦茶なのだ」
「こ、この指輪のために?」

 私が顔を伏せていると、地上のほうから馬蹄が聞こえ、ざわざわと私を探しているようだった。

「女が逃げた!」
「ルイス様は殺してもいいとおっしゃっている」
「腹を割いて指輪を探せとの仰せだ」

 僅かなルイス様への期待も思いも吹き飛んだ。私は指輪を外して王太子さまの胸元へと投げ付けて泣いてしまった。

「もう十分だわ! そんな醜い王家の争いに巻き込まれて! 私のおじい様が逃げた理由も分かるわよ。どうせ王太子さまも私が王家の血統があるから妃にしたいといったのでしょう!? あなたもルイス様も大嫌い!!」

 私はその場で泣き伏した。知らなかったこととはいえ、王の血筋のために恋心を弄ばれたことを悔しく思ったのだ。

 だが王太子さまは私の手を取って、指輪を嵌め直した。

「やめて下さい!」
「いいや。これはお前の父母の形見なのであろう? 私は指輪なぞ欲しくはない」

「ウソはやめて! さっきの話を聞いて信じられるものですか!」

 王太子さまは、苦笑して頬を掻いた。

「いや。私は次期国王だ。二代前に失った王家の宝はすでに諦めている。それにお前が王の血筋だなんて知らなかったぞ?」
「え? だって……妃にすると──」

「それは、高貴な女ばかり集めて妾にしているルイスが、突然侍女のお前を欲しがるとは何かあると思ったからだ。形見の指輪の話を聞くまでは、ただ漠然とお前を守りたいと思っただけだ」
「ま、守りたい?」

 たいまつの明かりでも王太子さまの顔が赤らめていくことがはっきりと分かった。

「ルイスはいずれにせよ謀反の罪で捕らえなくてはならん。その時に、お前が彼の妻になってしまったら同じく罰を与えなくてはならんだろ?」
「え。そ、そんな理由?」

「ま、まぁ、なんだ。そんな理由かな?」

 王太子さまの言っている意味がよく分からなかった。私と王太子さまが顔を合わせたのは数回ほどしかないのに。
 私の顔を一瞥して、王太子さまはすぐに顔を壁のほうに向けてしまった。

「ひ、一目惚れってやつかな?」

 は、はぁ? な、何言ってるのこの人──!? こっちまで恥ずかしくなるじゃない!

「そ、そんなこと──。ジェイダン伯爵がまた怒るでしょうね」
「ああ。きっと『侍女を妃にするなど狂気の沙汰です』とか言うだろうな……」

 私たちは互いに顔も合わせられないまま笑い合った。
 いつの間にか肩を寄せ合って、指輪をした手は王太子さまに固く握られていた。
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