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第6話 愛する人の元へ
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王太子が去った後で私は部屋の鍵をかけてベッドに入った。王太子をうまくやり過ごしたこともあったし、この小さな隠れ家がマベージ伯爵家ということも分かり、ある秘策が思いついたので、熟睡することが出来た。
次の日、私は早く起きて足音を立てずにキッチンへと降り一つの酒瓶を手に取った。小さなガラス製の瓶だ。
ロウソクの明かりを頼りにぼろ切れに手紙を書き、それを押し込んだ。そこにはこう書き記した。
「これを拾ったかたはエイン大公爵さまのお屋敷に届けて下さい。ルイス様へ。私は王宮侍女のアメリアです。今は王太子殿下に拉致され、マベージ伯爵家の離れに軟禁されております。どうか助けて下さい」
私はそれをガッチリと封をして、この隠れ家よりこっそりと出て、森の中にある小川へと流した。
ここは王宮の上流。どうか、無事に下流の誰かに拾われることを祈って。その時──。
「アメリアさん?」
私が急いで振り返ると、そこには厳しい顔をしたマギーが立っていたのでたじろいだ。
「ま、マギー。これはそのう──」
「そんな薄着でお屋敷を出てはお風邪を召されますわ。そうそうにお戻りになって」
と強く言われ、私は隠れ家へと戻ると、マギーは部屋のドアを閉めてしまい、外から声をかけてきた。
「アメリアさん。私、しばらく出掛けますがすぐに戻ります。どうかお屋敷の中でくつろいでいらして」
そういうと、マギーの足音が去って行った。私は二階にある部屋に入って窓から下を見ると、木々の合間にマギーの衣服が覗いており、川沿いに進んでいくようだった。
まずい。やはり手紙を流したのを見られたのだ。彼女はそれを拾いに行ったのだ。
しかし、あの小川の流れは早く激しかった。マギーが探している地点辺りにはあるまい。どうか、岩や木の枝に引っかかっていないことを祈るしかないわ。
私はしばらく木々の隙間から見えるマギーの姿を追っていたが、それが小川の中に飛び込むことも腰を折るような形も見えなかったのでホッとしていた。
やがてマギーはなんでもないような顔をして戻ってきて食事を作り始めた。だが口数は少なく、話し掛けても当たり障りのない返答をするだけだった。
その晩は王太子は帰ってこなかったのでマギーとともに食事をしたが、なぜか寂しい食事だった。マギーは私に不信感を抱いているに違いないが、勝手に連れて来られた私にとっては迷惑な話よ。
退屈な一日が終わり、こんな日がいつまで続くのだろうと思いながら就寝。次の日も夕食をとって、部屋に入って暗い窓の外を眺めていた。
すると人の気配は全くないにも関わらず、カーテンのほうからなのか、天井からなのか。方向がまったく分からないのにすぐそばから声が聞こえてきた。
「アメリアどの、アメリアどの」
驚きと恐怖。一人きりの部屋から声がするのだから当たり前だ。私が戸惑っていると声は続いた。
「拙者はルイス様の手のものでございます。あなたを救出に参りました。今からこの屋敷に火を放ちますので、混乱に乗じてつれて参ります」
ル、ルイス様の? すごい! 手紙が届いて、ルイス様はすぐに動いてくれたのだわ! なんて人なの? 愛を感じるわ~。
で、でも放火? そんなことしたら屋敷どころか森も大火事になっちゃうんじゃ? マギーとかマベージ伯爵家にまで被害が及ぶのでは……。
私は声にそれをたずねる。
「なにを躊躇する必要がありましょう。ここは盗賊の砦です。マベージは盗賊の頭目です。罰せられて当然なのです」
「で、でも……」
私が戸惑っていると、窓の外に立ち上る炎が見え、パチパチと音を立てて燃える音が聞こえてきた。
「あなたまさか火を!?」
「その通りです。どうか大事なものをお忘れになりませんよう。すぐに出立いたします!」
そう言われても大事なものなどない。階下からはマギーの私を呼ぶ声が聞こえたが、すでに私は声の主に抱き抱えられて、彼の跳躍によって森の上を飛んでいた。
私は燃え盛る屋敷に向かって叫んだ。
「マギー! 私は大丈夫よ! 早く屋敷の外に逃げなさい!」
「あ、アメリアさん!?」
マギーは外から私の声が聞こえたので安心して逃げるだろうと思った。しかし私はルイス様の手のものに抱えられながら叱責を受けた。
「なんという愚かな真似を。あの女が生きていれば王太子にあなたの安否を伝えられ、ルイス様も疑われるではありませんか!」
そ、そう言われればそうだけど……。でもマギーを殺すなんて……。
「まぁよろしい。いずれ王太子も地下の人となるのですから」
それって──。王太子が死ぬっていうこと? 死ぬっていうより、殺すってことかしら……。
私はあまりのことに身震いして声を出すことができなかった。
このルイス様の手のものは、私を抱えたまま木々を蹴り、岩を蹴って王宮を目指していた。王宮の近くには政務を執るための大臣邸が並んでいる。
その一つの一際大きな宰相邸へと夜陰に乗じて向かっていった。
彼は門も開けず屋根の上に飛び上がり、石畳が並べられている中庭へとようやく着地。
そこには、微笑むルイス様が待っていた。
次の日、私は早く起きて足音を立てずにキッチンへと降り一つの酒瓶を手に取った。小さなガラス製の瓶だ。
ロウソクの明かりを頼りにぼろ切れに手紙を書き、それを押し込んだ。そこにはこう書き記した。
「これを拾ったかたはエイン大公爵さまのお屋敷に届けて下さい。ルイス様へ。私は王宮侍女のアメリアです。今は王太子殿下に拉致され、マベージ伯爵家の離れに軟禁されております。どうか助けて下さい」
私はそれをガッチリと封をして、この隠れ家よりこっそりと出て、森の中にある小川へと流した。
ここは王宮の上流。どうか、無事に下流の誰かに拾われることを祈って。その時──。
「アメリアさん?」
私が急いで振り返ると、そこには厳しい顔をしたマギーが立っていたのでたじろいだ。
「ま、マギー。これはそのう──」
「そんな薄着でお屋敷を出てはお風邪を召されますわ。そうそうにお戻りになって」
と強く言われ、私は隠れ家へと戻ると、マギーは部屋のドアを閉めてしまい、外から声をかけてきた。
「アメリアさん。私、しばらく出掛けますがすぐに戻ります。どうかお屋敷の中でくつろいでいらして」
そういうと、マギーの足音が去って行った。私は二階にある部屋に入って窓から下を見ると、木々の合間にマギーの衣服が覗いており、川沿いに進んでいくようだった。
まずい。やはり手紙を流したのを見られたのだ。彼女はそれを拾いに行ったのだ。
しかし、あの小川の流れは早く激しかった。マギーが探している地点辺りにはあるまい。どうか、岩や木の枝に引っかかっていないことを祈るしかないわ。
私はしばらく木々の隙間から見えるマギーの姿を追っていたが、それが小川の中に飛び込むことも腰を折るような形も見えなかったのでホッとしていた。
やがてマギーはなんでもないような顔をして戻ってきて食事を作り始めた。だが口数は少なく、話し掛けても当たり障りのない返答をするだけだった。
その晩は王太子は帰ってこなかったのでマギーとともに食事をしたが、なぜか寂しい食事だった。マギーは私に不信感を抱いているに違いないが、勝手に連れて来られた私にとっては迷惑な話よ。
退屈な一日が終わり、こんな日がいつまで続くのだろうと思いながら就寝。次の日も夕食をとって、部屋に入って暗い窓の外を眺めていた。
すると人の気配は全くないにも関わらず、カーテンのほうからなのか、天井からなのか。方向がまったく分からないのにすぐそばから声が聞こえてきた。
「アメリアどの、アメリアどの」
驚きと恐怖。一人きりの部屋から声がするのだから当たり前だ。私が戸惑っていると声は続いた。
「拙者はルイス様の手のものでございます。あなたを救出に参りました。今からこの屋敷に火を放ちますので、混乱に乗じてつれて参ります」
ル、ルイス様の? すごい! 手紙が届いて、ルイス様はすぐに動いてくれたのだわ! なんて人なの? 愛を感じるわ~。
で、でも放火? そんなことしたら屋敷どころか森も大火事になっちゃうんじゃ? マギーとかマベージ伯爵家にまで被害が及ぶのでは……。
私は声にそれをたずねる。
「なにを躊躇する必要がありましょう。ここは盗賊の砦です。マベージは盗賊の頭目です。罰せられて当然なのです」
「で、でも……」
私が戸惑っていると、窓の外に立ち上る炎が見え、パチパチと音を立てて燃える音が聞こえてきた。
「あなたまさか火を!?」
「その通りです。どうか大事なものをお忘れになりませんよう。すぐに出立いたします!」
そう言われても大事なものなどない。階下からはマギーの私を呼ぶ声が聞こえたが、すでに私は声の主に抱き抱えられて、彼の跳躍によって森の上を飛んでいた。
私は燃え盛る屋敷に向かって叫んだ。
「マギー! 私は大丈夫よ! 早く屋敷の外に逃げなさい!」
「あ、アメリアさん!?」
マギーは外から私の声が聞こえたので安心して逃げるだろうと思った。しかし私はルイス様の手のものに抱えられながら叱責を受けた。
「なんという愚かな真似を。あの女が生きていれば王太子にあなたの安否を伝えられ、ルイス様も疑われるではありませんか!」
そ、そう言われればそうだけど……。でもマギーを殺すなんて……。
「まぁよろしい。いずれ王太子も地下の人となるのですから」
それって──。王太子が死ぬっていうこと? 死ぬっていうより、殺すってことかしら……。
私はあまりのことに身震いして声を出すことができなかった。
このルイス様の手のものは、私を抱えたまま木々を蹴り、岩を蹴って王宮を目指していた。王宮の近くには政務を執るための大臣邸が並んでいる。
その一つの一際大きな宰相邸へと夜陰に乗じて向かっていった。
彼は門も開けず屋根の上に飛び上がり、石畳が並べられている中庭へとようやく着地。
そこには、微笑むルイス様が待っていた。
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