王太子さま、侍女を正妃にするなど狂気の沙汰ですぞ!

家紋武範

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第1話 ステキな人

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 私は、王宮勤めのアメリア。物心ついたときにはアドリー侯爵家の奴隷として農業に従事していたんだけど、ある日、養女として王宮へと奉公に出されてから数年。
 規律は厳しいけど慣れてしまえば楽なものよ。住めば都とは良く言ったものね。

 王宮の主である国王陛下は現在は床に伏しており、政治はもっぱら陛下の従兄である宰相エイン大公爵閣下がお執りになっておられるわ。

 ええ、ええ。皆さんが疑問に思われるのも無理はございません。陛下に何かあった際には代理に国家を運営する王子がいないのかということですよね。
 陛下には一人の王子さま……、ご指名なされて王太子、ハリー殿下という後継者がおられます。──おられるものの、これが相当な穀潰しで三伯爵家の問題児、レオ様、マックス様、ハリソン様を引き連れて、泥だらけになって遊んでおり、不良少年のような生活を送っておられます。最悪。

 まず王宮に帰ることはほとんどありません。帰ってきても病床の陛下を省みることなく寝るだけですぐに飛び出してしまいます。
 そのほとんどが馬に乗って戦争ごっこに興じているのだとか。農場に馬で乗り入れ狐を狩ったり、鳩を狩ったり。麦を踏み荒らされた農民が泣く泣く陳情に来たと宰相閣下が嘆いておりました。
 聞いた話では、とある男爵さまの屋敷に押し入り、糧秣を徴収しようとし、男爵さまが出し渋ると、蔵に火を掛けたのだとか。

 そんなことで、民心は大きく離れ、ハリー殿下が馬を出すと民たちはすぐに家に隠れて鍵をかけてしまい、街には人っ子一人いなくなるのだそうです。
 ですから、宰相閣下が代わりに政治を代行しているというワケです。

 まったく困った王太子殿下です。今のところ王宮に滅多に来ないので私との関わり合いなどないことが幸いです。


◇◇◇◇◇


 私は今日も今日とて、王宮のお掃除。主に廊下担当。丸一日が潰れますわ。
 陛下の寝室では常に警備の兵が貼り付いて、侍女や侍従が部屋を出たり入ったり忙しい。せせこましくて私はこの近辺を掃除するのが一番緊張致します。

 ふと、陛下の部屋から物々しい行列が出て来たので私は廊下の端によって頭を下げていると、文官武官を引き連れて最後に出て来たのはエイン宰相閣下ですわ!
 私は緊張して固まり、直立不動の姿勢をとったので宰相閣下は小さく吹き出しておられました。

「キミは──、アドリー卿の養女でアメリアと言ったかな? 行儀は覚えたかな? ああいや、これは失礼。どうも言葉が悪いな。仕事は楽しいかね?」

 そ、そ、そ、そう。王宮侍女とは仕事をしながら宮中の行儀を覚えたり、主な貴族の方々と顔を繋ぐなんてことも目的とされてますわ。ですが私は元々奴隷の身だったので行儀はとにかく、貴族の方々と顔つなぎなんて畏れ多くて……、いやいや私はなにを考えてるんだろう。宰相閣下が話し掛けて下さっているのに。
 答えなきゃ。答えなきゃ。答えなきゃ。

「あ、あの。お仕事は楽しいです。生き甲斐を感じております」

 真っ赤で沸騰しそうな顔をしていたと思う。宰相閣下は笑顔で優しくお話しして下さいました。

「そんなにかしこまらなくても良い、美しいお嬢さん。見たまえ。ワシの息子も真っ赤だ」

 見ると、銀色の武官の装束を纏ったルイス様。おとなしそうだけど気品ある顔立ちに、金髪。ああ、どうしてだろう。身分違いなのに恋をしてしまいそう。
 私たちは宰相さまの前でしばらく黙ったままだった。

「はははははは。なにやら互いに思うところがあったようだな。アメリア。よかったら倅と仲良くしてやってくれよ」

 最初は宰相さまが何を言っておられるのか分からないほど固まっていたのだけれど、畏れ多い言葉に小さく「はい」と答えると、二人はお供のものを連れて行ってしまった。

 私はしばらくその一団の姿を見てぼうっとしていたのだけれど、別の廊下の角からドヤドヤと騒々しい声とともに、動物の毛皮を纏った一団が現れた。

 あれは王太子さまだわ。幼稚に衣服をちゃんと着用されていない。左の肩から胸は肌を露出させており、デリケートな部分はサラシで隠してはおられるものの、目のやり場に困る。
 腰には鳩をぶら下げ、酒の入った瓶には縄を付けて右肩にかけていた。
 長い髪は頭頂で乱雑にまとめて縛ってある。洒落っ気など一つもない。
 先ほどのルイス様の上品さと比べたら月とすっぽん。玉と瓦だわ。
 くだんの三伯爵家の問題児たち、レオ様、マックス様、ハリソン様を連れてる。その問題児たちも目を背けたくなるような露出の多い格好だわ。

 その一団がこちらを見ると、目を輝かせて向かってきた。
 王太子さまがいたずらっぽく笑って私を指差す。

「鹿だ。鹿だ。お前たち囲め、囲め」
「「「はい!!」」」

 私は逃げようとするものの、動きやすい格好の問題児たちには敵わない。すでに前にはハリソン様が回り込んでいた。

 左右にはレオ様とマックス様。後ろからはゆっくりと王太子さまが近付いていた。

 完全に固められて逃げ場がない。私は四人の中央で震えるしかなかった。

「見ない顔だな。どこの誰だ?」

 そりゃ王太子さまが王宮に滅多に寄りつかないからでしょ……。

「あの……。私はアドリー侯爵が養女アメリアと申します。王太子さまにこのようにお声がけして頂きますとは過分でございますれば、これにて失礼いたします──」

 私はさっさと逃げ出したかったが、王太子さまに腕を掴まれてしまった。

「まあそういうな。ふぅん。アドリー卿がな。なかなか目の冴えるような容色を持つやつだ。王宮には男捜しか? うん?」

 まぁなんてこと? 宰相さまとは全然違う。下品な嫌がらせだわ。

 私は怒って隙間を抜け出ようとしたが、男の壁で出ることが出来ない。すると王太子さまは自分の胸元に手を突っ込んで、なにかを掴んで私の方にそれを向けた。

「そう嫌うな。青リンゴ食うか?」

 胸から出て来たのはリンゴだった。私はなぜかそれを受け取る。
 すると鈍い音がして、目の前の王太子さまはその場にしゃがみ込んだ。その後ろにはジェイダン伯爵。国王陛下の異母兄で王太子さまの伯父さまだわ。
 拳を振るわせながらしゃがんでいる王太子さまを睨みつけてる。怖い。
 さすがの問題児たちも震え上がってる。レオ様など実父だから青ざめてるわ。助かった。この状況から抜け出られる。

 王太子さまは頭を押さえながらジェイダン伯爵へ憎まれ口を叩いた。

「な、なんだ爺! 久々にあったと思ったら殴りつけるとは無礼ではないか!」

 しかしジェイダン伯爵は王太子さまを睨みつける。するとさすがの王太子さまも白目を剥いて戦意喪失でしたわ。

「おー。殿下でしたか。そのような出で立ちでしたのでどこぞの大道芸人が入り込んで王宮で騒擾そうじょうしてるかと思いましたわい。危うく刑場に引きだしてワシ自ら処刑しようかと」

 ジェイダン伯爵は大笑してるかと思いきや目は笑っていない。問題児たちはたじろいではいたものの王太子さまを先頭に持ち直し、伯爵さまから距離をとった。
 しかしジェイダン伯爵は距離をつめて王太子さまの襟首を掴んだ。

「せっかくここまで来たのですから、陛下にお会いしましょう。ワシもそうするつもりなのです」
「こ、これ。自分で歩けるわい。放せい!」

「はっはっは。昔を思い出しますなぁ、殿下。こうやって遊んで差し上げましたな」

 なんという手荒いあそびだったのかしら……。五人は陛下の寝室に入っていったわ。嵐の後の静けさ。騒々しかったわ。
 美しいルイス様の余韻が消えちゃったじゃない。
 もう! 王太子さまめぇ~。
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