紀伊国屋文左衛門の白い玉

家紋武範

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第31話 再会

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 ミツへの思いを抱いた文吉は、屋敷へと戻り、白い玉を神殿に置いた。しかし白い玉は消えてしまった提灯のように明るさもなく、声も出さなかった。

 面倒くさい白い玉だが、いつもと違うので調子が狂う。

「玉さま」

 声をかけると、白い玉は驚いたようにフッと発光したが、その光はすぐに落ち着いた。

「どうかなさいましたか?」
『……いや別に』

「そうですか。それはよかった」

 別に死んだわけでもないと、文吉はさっさと神殿を出て自室に戻った。とくにミツの話もしなかったのだ。
 白い玉はほのかに光る──。

『野心も何もないやつめ。奈良屋に出し抜かれて悔しくはないのか。もう文吉などあてにはしない。神の力をもっていずれ奈良屋に天誅を与えん』

 白い玉はそうつぶやくと、力を蓄えるように光るのをやめた。





 次の日。源蔵は驚いた。

「なんです。旦那、その格好は」

 源蔵のもとに笑顔で現れたのは、紀州のやまやで働いていた頃の手代の格好をした文吉だ。
 その旦那らしからぬ姿に源蔵は深くため息をついた。そこに熊吉が訳を話す。

「いや源蔵、実はな。文左衛門の兄貴の心の恋人が吉原にいたのだ」

 ハッとする源蔵。すかさず文吉へと頭を下げた。

「ははぁ。大旦那。それはそれはおめでとうございます。おミツさんが見つかったのですかァ。しかし何でそんな格好に?」
「そこよ、源蔵。見つけたといってもまだ会ってはいない。おミツはまだ農家の下男だと思っているかも知れん。しかし江戸に来て奉公につき、旦那に気に入られてそろそろ年季。のれんを分けてもらってお前と夫婦になりてェと口説くのよォ」

「ははァ、なるほど。江戸でそれなりの成功をしたから身請けをしたいと?」
「そうだ。ところが身請け当日に大門まで来てみりゃ、文吉は江戸有数の大長者である紀文だ。おミツのヤツ、腰を抜かすぞ」

「ははは。こりゃ面白い」
「だろう。だからちょいと早いが吉原に行ってくる。駕籠を使ってはバレるだろうから、歩いて行くんだ。そうすりゃ大体時間も丁度いいだろう」

 とんとんと話が決まって、文吉は一人で吉原に向かって歩き始める。今日ばかりは熊吉も吉兵衛も連れて行ったら即座にバレてしまう。頃合いを見て歩き出し、吉原に着く頃には夕刻となっていた。

 手代の格好の文吉は、誰にも紀文だとバレずに圓屋に着くことが出来た。圓屋の主人は文吉の格好を見ると、扱いも雑だった。

「吉原は初めてで?」
「いや。藤佳とうかに会いたい」

「はぁ。ご指名ですと、一分(二万五千円)となりますが、大丈夫で?」

 圓屋の主人は、こんな身なりの若造は生意気な上に金も出し渋ると嫌悪感丸出しだった。
 そして示した金額は、割床わりどこといって一つの大部屋に衝立をたてて大勢の男女が睦み合うという、場所の価格だった。
 文吉は呆れたが、自分の正体がバレていない。これはやりやすいと思った。

「そりゃ割床の値段だろう。ちゃんと座敷を用意してくれ。藤佳は貸し切りだ。他の男に引っ張らせない。宴会もするぞ。酒も料理も持って来い」

 そういって、前金だと5両渡すと主人は、驚いてしまった。

「へぇぇえええ! さっそく準備を致します!」

 と、一番上等の座敷を掃除させてから文吉を案内し、自身は仕出し屋に料理を注文に行った。
 文吉は圓屋の二階の座敷から吉原の夕暮れの景色を眺めていると、年増の女中が酒と料理を運んで来たが肝心のミツはまだだった。

「お女中。藤佳はまだですかい?」
「へぇ。もうじき」

「なぁにここは吉原だ。早くしろなど野暮は言わない。女は時間がかかるものだ」

 と、微笑みながら窓の外を眺める。女中は、この手代はこんな成りでも遊び慣れているなァと不思議に思った。

 吉原の遊廓には軒下にずらりと提灯が並んでいる。それに灯りが入る。優雅な三味線の音。芸妓の小唄。遊女の笑い声。一つ一つが男たちの気持ちを駆り立てる。
 ミツを待つ間、文吉は吉原の雰囲気を楽しんでいた。
 余裕とはこういうことをいうのだろう。文吉の長かった旅はもうじき終わりを告げる。ミツを身請けして夫婦になって幸せに暮らせる。
 文吉の心の中はすでに満たされていた。



 襖が開く。そこに女が一人。入るなり膝をつき、三つ指をついて上品に頭を下げる。

「ようこそ、おいでなんしィ」

 その姿勢のまま顔を上げ、後ろを向いて襖を閉めた。
 文吉は窓辺に座ったまま彼女を手招く。

「藤佳か。こちらへ参れ」
「はい」

 藤佳は立ち上がり、薄暗い窓辺に座る男の元へと向かい、その近くに正座する。
 文吉は膝を使って彼女に近づいて、その手を固く握ったものだから、女のほうは驚いた。だが文吉は顔を見たまま言葉を放つ。

「おみっちゃん!」

 藤佳は、予想だにしない昔の名を言われて目を見開いて文吉の顔を見た。

「ぶ、ぶんきっつぁん?」

 それが引き金であった。文吉はミツの体をきつく抱きしめ、ミツのほうでも文吉の背中に手を回した。
 どちらからもすすり泣く声がする。そのまま二人は離れようとはしなかった。

「おみっちゃん。苦労しただろう……?」
「ぶんきっつぁん。ああ、ぶんきっつぁん、ぶんきっつぁん……」

 今まで会えなかった時間を取り戻すかのように、ただただお互いの名前を呼び合ったのだ。
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