紀伊国屋文左衛門の白い玉

家紋武範

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第17話 遊び

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 文吉と熊吉の二人は、目的も無く歩いていた。とりあえず大通りに出ればなにか遊ぶところもあるだろうとでてみると声が上がった。

「下にィ。下にィ」

 その声の方を見てみると、3町ほど先に大名行列が見える。これは参勤交代のお大名の行列だ。ぶつかると、地面に土下座して行列が過ぎるのを待つ儀礼だ。
 そんなことは面倒だと、二人は路地に入って避けることにした。

 路地裏を進んで遊ぶ場所を捜すものの、旅籠、飴屋、味噌屋。なかなか遊ぶところがない。
 しかしさらに進むと人々がざわめきながら集まっている場所がある。

「なんだろな熊吉」
「いい匂いもするな」

「ヒヒ。俺たちも行ってみよう」
「そうだ、そうだ」

 黒紋付を着ていることを忘れて子どものように人ごみに入ると、屋台村である。ちょうど食事時だ。
 女中や職人が入り混じって食事を楽しんでいた。

「おい、文吉。なんだありゃ。飯の上に魚がつっかってるぞィ」
「バカだね。字を見なよ。じゅ……じゅしィ? なんだい。めでたい食べもんだね。おい主人。俺たちにも“じゅし”をくれや」

「はいよ。お寿司、お好きなのとって下せェ」

 寿司だった。ネタはタマゴに煮貝、煮穴子。一貫八文だ。当時の寿司は今より二倍、三倍の大きさだ。しかし二人は、ペロリと食べてしまった。

「こりゃ旨いもんだね」
「あ! あれはなんだ!」

 熊吉が指差した先には、串に刺さったネタ。それを自分が油で揚げるシステムらしい。

「天ぷらって読むみたいだな」

 文吉は提灯に書かれている文字を見た。これもひと串八文。
 黒紋付の男二人が、串に刺さったエビをチリチリ音を立てて揚げて熱々のところを口に放り込む。

「アツ! でも旨い!」
「ほふほふ。江戸のもんたちゃ、こんな旨いもん食ってやがるんだな」

 他にも饅頭、団子、いなり寿司の店がある。熊吉はふんふんと鼻を鳴らした。

「これだ。旨そうな匂い」
「おう。どこだどこだ」

 二人が歩みを進めたところは炭の入った七輪が二つ用意されている。団扇を持った主人が何かを焼いている。それが旨そうな匂いの元だった。

「主人。なにを焼いてるんで?」
「へいらっしゃい! ウナギの蒲焼き、旨いよォ、旦那ァ」

「ウナギの蒲焼きかァ。聞いたことないなァ。穂焼きは昔食ったなァ。熊吉」
「ああ、田んぼでとれたヤツをな。旨かったなァ」

「懐かしい。ふた串貰おうじゃねぇか」
「まいど! 32文でやす!」

 一度割いて蒸したものが木箱に入っている。主人はそこから鰻を二串取り出して壺に入っているタレにどっぷりと漬けて七輪で焼き目を付け、二人へと手渡した。
 ひと串16文の蒲焼きを二人で立ち食いだ。ガブリと頬張ると、タレの味がたまらない。二人とも声を忘れて食べきった。黒紋付きの格好にも関わらず串に残ったウナギの身を歯でこそいで食べる姿はなんとも滑稽である。

「はー。うめェー」
「こんな旨いもん初めて食った」

「こんなもんが世の中にあったんだなァ」

 感動した二人だが、未だに96文(2400円)しか使っていない。散財にはほど遠い。

「さァどこに行こうかなァ」
「大通りには大名がいるからな」

「このまま裏通りで遊べる場所を捜すか」

 と言っても二人とも、大勢で。ワイワイ。キャーキャー。楽しいところ。と言う漠然としたイメージしかない。祭りとかそんな感じなのであろう。
 そんな遊び知らずの二人が河原までやって来ると、大勢の粗末な着物を着た者たちが、僅かな板切れで名ばかりの家を作り、死んだような目をしている。

「こ、これは……」
「きっと、火事で家を焼かれたものであろう」

 明日への生きる希望がない。全てを失ったものたちであった。財産を燃やされ、家族を亡くしたものもいただろう。
 文吉と熊吉は一度は顔を伏せ通り過ぎようとしたものの、同時に顔を上げて土手を滑り降りた。
 そして熊吉は叫ぶ。

「やい。一家を支えるものは集まれィ!」

 すると生気を失ったものが少しばかり顔を上げる。そこには黒紋付の旦那が二人だ。なんだろうと思い、父親、母親が集まってきた。文吉は和紙で包まれた百両を出し、和紙をほどく。

「一つの家に、五両ずつやろう。それで再起をはかりな」

 そう言って、一家の長に五両ずつ配っていく。渡されたものはいまいち状況が掴めないが熊吉が優しく言い渡した。

「紀伊国屋文左衛門さまのお情けだ。それで長屋を借りたり布団を買いな。なァに、覚えてたら返してくれたらいいんだ。それより必死で生きるんだ」

 それでようやく分かった。このかたは、みかん船の紀伊国屋だ。それが我々を哀れんでお金を恵んで下さった。
 もらったものは頭を大きく下げて一家を引き連れて今日寝る場所を探しに行った。

 12家族ほどあったろうか? それらはみんな一家を引き連れていなくなり、無人となった板切れの家が残った。文吉と熊吉は顔を見合わせて笑うと、文吉の裾を引く者がいる。そこに視線を落とすと、ボロを纏った女児だった。

「なんでィ。おとっつぁんに置いて行かれたか?」

 女児は文吉を見上げて口を開けたまま首を横に振る。

「そいつもオイラもみなしごだ」

 声の方を見ると、そこには男児が一人立っていた。

「あのおじちゃん、おばちゃんがいたときは飯を恵んで貰えた。あの人たちがいなくなったらオイラたちは野犬のエサだ。どうしてくれるんでィ」

 と小さいながらも凄むので、可愛らしく思った文吉は微笑んだ。

「そうかい。それは悪かったな。お前さんたちは兄妹かい?」
「違う。でも二人とも火事で親を亡くした」

 文吉も熊吉も孤児だ。二人に自分たちを重ねて不憫に思った。

「そうかい。ワシらは紀伊国屋ってんだ。材木問屋だ。屋敷はでかい。お前さんたち二人が増えたって大して変わりはない。どうだい。ウチに来るかい」

 途端に文吉の裾を持つ女児の手が強くキュッと握られた。

「オイラ男だ。ちゃんと仕事をする」
「そうかい。頼もしいな。名前は?」

「定吉。そっちのは千代」
「そうか。歳は?」

「オイラは7つだ。千代は知らねェ」
「チヨちゃん、いつつ」

「そうかい。小さいのに大変だったな。腹が減ったろう。屋敷に戻って飯をやろう」
「ホントですか、旦那!」

「急に調子がいいね、この子は。よし。付いておいで」

 孤児の二人を引き連れて、文吉と熊吉は帰路につく。外で掃除をしていた源蔵が二町先の二人の姿を見て驚いた。

「はァ。早いもんだねェ。遊びに行って、もう子ども二人作って帰ってきた」
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