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第3話 賭け相撲
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文吉は白い玉を見ながら息を飲んだ。しかし、今自分は熊吉からの挑戦という悩みを抱えている。それを哀れに思ったお稲荷様がこの願いを叶えるという白い玉をお使いとして派遣してくれたのではないか? 文吉は改めて白い玉の前に平伏した。
「これはこれは、文吉の前に現れ下さりありがとうごぜえます」
『ほっほっほっ。素直でいいわ~。それで、どんな願い事があるのかしら~?』
文吉は、事細かく今までの経緯を白い玉へと伝えた。白い玉はうなずくように発光しながらその話を聞いていた。
『そうなの──。そうなのね。辛い辛い人生だったわね。お金がないゆえに彼女を失い、お金を貯めているのに、そんな僅かな願いさえ叶わない。うーん。いいわ。いい話ね』
なにがいい話なもんかと文吉は思ったが神様のお使いにそんなことは言えるはずもなかった。
『だけどあなたは幸運よ。瑞祥。おばちゃんの神様から与えられた力を使えばたちどころに大金持ち。彼女だって取り返せる』
その言葉に文吉の心は大きく揺り動かされた。
「ほ、本当ですか?」
『本当よぅ。そのかわりちゃんとおばちゃんの言うことを聞くこと』
「は、はい! なんでもおっしゃって下さい!」
大金持ちになれる。得体の知れないものだが神社で出会い、神の使いという言葉には重みがあったのだ。文吉は白い玉に言われるまま懐に白い玉をしまった。
『ところでアンタの名前は?』
「へぇ、文吉といいます」
『文吉……。いい名前じゃない』
「いやぁ。捨てた親がつけた名前です。ありがたい名前じゃない。育ててくれた農家のご主人は、文まって(誤って)出来た子だと馬鹿にしておりました」
『なにを言っているの。これから大金持ちになるのになんていい名前。文が吉い。お金が増える前触れだわ。さぁそのケンカの相手のところにいきましょ!』
「ケンカではないのですが……」
文吉は雨が上がった道を急ぐ。白い玉はなかなかいいことを言うと思いながら。さすがは神様の使いだ。自分の名前に自信が持てた。金が増える前触れ。文吉の顔は笑顔になっていた。
商家へと帰り、主人へと遅れたことを詫びると、逆に雨の中大変だったと、脚を拭く手ぬぐいをくれた。
部屋へと戻って脚を拭いていると、その日の仕事が終わった熊吉や仲間たちがゾロゾロと中に入ってきて文吉を取り囲んだ。
「やい文吉! 旦那から手ぬぐいを貰ったそうだな。俺によこせ!」
熊吉はものがない自分からよくも少しのものですら奪っていくものだと嫌悪感を感じた。だがもう言われっぱなしではないと文吉は立ち上がる。そして懐を押さえた。
「熊吉! 相撲をとろう!」
そう声を張ると周りがざわめき、歓声が上がる。熊吉はニヤリと笑って布団を部屋の隅に片付けさせた。
「いいんだな。まずは掛け金を貰おう」
「おう。ちょっとまて」
文吉は部屋の隅に行って壁に向かって、巾着の財布を取り出す。50文──。やはりでかい。これを失うのは少しばかり辛いと金を持つ手が震えた。すると懐から声がした。それも自分と同じ声だった。
『やい熊吉! 50文なんてけち臭いこと言うな! 300文(7500円)賭けるから、勝ったら3000文(75000円)よこせ!』
「ば、ば、バカ!」
白い玉の勝手な挑発。それに対して文吉は白い玉へと怒ったのだが、誰の耳にも同じ声色。それが熊吉へと啖呵をきったように思えたのだ。
「3000文よこせバカ?」
「バカだってよ」
「いいぞ、やれやれ!」
文吉が恐る恐る振り返ると、腕を組んで眉を吊り上げている熊吉の顔が部屋の中央に。文吉はそれに愛想笑いをして、懐の中の白い玉へと小声で抗議する。
「どうしてくださるんで……?」
『大丈夫。神の力を信じなさい』
「本当に信じていいのですかィ」
文吉は震えながら熊吉の前に立つ。すると熊吉の腰巾着の小男が、文吉から300文を受け取った。
「いい度胸だ文吉」
「お、おう」
「もしも俺が負けたら、3000文どころじゃねぇ。一生お前の家来になってやる」
熊吉はせせら笑って四股を踏んだ。文吉も見よう見まねで四股を踏む。
熊吉は畳の縁に足を乗せて腕組みをしている。これを周りが十数える間に動かせば文吉の勝ちなのだ。
熊吉の腰巾着である小男が行司の役をした。周りにはこの大部屋のものだけではない。他の部屋の者まで見学に来て廊下まではみ出るほど観客が集まっていた。
「さぁ見合って見合ってぇ。はっけよい~、のこった!」
その途端、観客からのカウントダウンが始まる。まずは一を現す言葉だった。
「ひーの!」
文吉は南無三とばかり、熊吉の胸を狙って突っ張りを繰り出した。
フワリ──。
たったの一撃で熊吉の体が宙を舞う。熊吉はなにが起こったか分からない顔をしながら、吹っ飛んで畳の上に背中から着地。しかし勢いは止まらず部屋の隅まで転がって壁に頭をぶつけた。
一同水を打ったように静かになっている。しかしその後は大歓声だ。やんややんやと文吉を褒め称えた。
そんな中、寝転んで天井を呆然と見ていた熊吉は立ち上がり、文吉へと迫って前に立つ。文吉は殴られるのではと内心畏れたがそうではなかった。熊吉はその場に平伏したのだ。
「参りました! どうか俺を家来にしてください!」
熊吉の自分より強いものへのリスペクト。文吉は3000文と熊吉という怪力無双の友人を手に入れたのであった。
「これはこれは、文吉の前に現れ下さりありがとうごぜえます」
『ほっほっほっ。素直でいいわ~。それで、どんな願い事があるのかしら~?』
文吉は、事細かく今までの経緯を白い玉へと伝えた。白い玉はうなずくように発光しながらその話を聞いていた。
『そうなの──。そうなのね。辛い辛い人生だったわね。お金がないゆえに彼女を失い、お金を貯めているのに、そんな僅かな願いさえ叶わない。うーん。いいわ。いい話ね』
なにがいい話なもんかと文吉は思ったが神様のお使いにそんなことは言えるはずもなかった。
『だけどあなたは幸運よ。瑞祥。おばちゃんの神様から与えられた力を使えばたちどころに大金持ち。彼女だって取り返せる』
その言葉に文吉の心は大きく揺り動かされた。
「ほ、本当ですか?」
『本当よぅ。そのかわりちゃんとおばちゃんの言うことを聞くこと』
「は、はい! なんでもおっしゃって下さい!」
大金持ちになれる。得体の知れないものだが神社で出会い、神の使いという言葉には重みがあったのだ。文吉は白い玉に言われるまま懐に白い玉をしまった。
『ところでアンタの名前は?』
「へぇ、文吉といいます」
『文吉……。いい名前じゃない』
「いやぁ。捨てた親がつけた名前です。ありがたい名前じゃない。育ててくれた農家のご主人は、文まって(誤って)出来た子だと馬鹿にしておりました」
『なにを言っているの。これから大金持ちになるのになんていい名前。文が吉い。お金が増える前触れだわ。さぁそのケンカの相手のところにいきましょ!』
「ケンカではないのですが……」
文吉は雨が上がった道を急ぐ。白い玉はなかなかいいことを言うと思いながら。さすがは神様の使いだ。自分の名前に自信が持てた。金が増える前触れ。文吉の顔は笑顔になっていた。
商家へと帰り、主人へと遅れたことを詫びると、逆に雨の中大変だったと、脚を拭く手ぬぐいをくれた。
部屋へと戻って脚を拭いていると、その日の仕事が終わった熊吉や仲間たちがゾロゾロと中に入ってきて文吉を取り囲んだ。
「やい文吉! 旦那から手ぬぐいを貰ったそうだな。俺によこせ!」
熊吉はものがない自分からよくも少しのものですら奪っていくものだと嫌悪感を感じた。だがもう言われっぱなしではないと文吉は立ち上がる。そして懐を押さえた。
「熊吉! 相撲をとろう!」
そう声を張ると周りがざわめき、歓声が上がる。熊吉はニヤリと笑って布団を部屋の隅に片付けさせた。
「いいんだな。まずは掛け金を貰おう」
「おう。ちょっとまて」
文吉は部屋の隅に行って壁に向かって、巾着の財布を取り出す。50文──。やはりでかい。これを失うのは少しばかり辛いと金を持つ手が震えた。すると懐から声がした。それも自分と同じ声だった。
『やい熊吉! 50文なんてけち臭いこと言うな! 300文(7500円)賭けるから、勝ったら3000文(75000円)よこせ!』
「ば、ば、バカ!」
白い玉の勝手な挑発。それに対して文吉は白い玉へと怒ったのだが、誰の耳にも同じ声色。それが熊吉へと啖呵をきったように思えたのだ。
「3000文よこせバカ?」
「バカだってよ」
「いいぞ、やれやれ!」
文吉が恐る恐る振り返ると、腕を組んで眉を吊り上げている熊吉の顔が部屋の中央に。文吉はそれに愛想笑いをして、懐の中の白い玉へと小声で抗議する。
「どうしてくださるんで……?」
『大丈夫。神の力を信じなさい』
「本当に信じていいのですかィ」
文吉は震えながら熊吉の前に立つ。すると熊吉の腰巾着の小男が、文吉から300文を受け取った。
「いい度胸だ文吉」
「お、おう」
「もしも俺が負けたら、3000文どころじゃねぇ。一生お前の家来になってやる」
熊吉はせせら笑って四股を踏んだ。文吉も見よう見まねで四股を踏む。
熊吉は畳の縁に足を乗せて腕組みをしている。これを周りが十数える間に動かせば文吉の勝ちなのだ。
熊吉の腰巾着である小男が行司の役をした。周りにはこの大部屋のものだけではない。他の部屋の者まで見学に来て廊下まではみ出るほど観客が集まっていた。
「さぁ見合って見合ってぇ。はっけよい~、のこった!」
その途端、観客からのカウントダウンが始まる。まずは一を現す言葉だった。
「ひーの!」
文吉は南無三とばかり、熊吉の胸を狙って突っ張りを繰り出した。
フワリ──。
たったの一撃で熊吉の体が宙を舞う。熊吉はなにが起こったか分からない顔をしながら、吹っ飛んで畳の上に背中から着地。しかし勢いは止まらず部屋の隅まで転がって壁に頭をぶつけた。
一同水を打ったように静かになっている。しかしその後は大歓声だ。やんややんやと文吉を褒め称えた。
そんな中、寝転んで天井を呆然と見ていた熊吉は立ち上がり、文吉へと迫って前に立つ。文吉は殴られるのではと内心畏れたがそうではなかった。熊吉はその場に平伏したのだ。
「参りました! どうか俺を家来にしてください!」
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