私の彼はダサ坊や

家紋武範

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第8話 昔の男

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伏見の快進撃は止まらなかった。
次期係長を見込まれていた営業のエース、第一主任の上田さんがひと月でとってくる仕事を一週間でとってしまった。

週末、金曜日の夕会に営業の部屋に取締役の鈴木さんが入っていくのが見えた。
そしてまた、うぉぉぉん! という歓声。

つか、あれは取締役賞の授与。二回歓声が聞こえたから、営業部長賞も貰ったに違いない!
いわゆる臨時ボーナス。滅多にありつけない賞与。この一週間で得てしまうとは!
もう私が教えることなど何もない。

いや、それよりも、思い出した!
賞与もらったら、営業事務の柴田ちゃんと飲みに行くのか? 伏見! テメェ!
聞くの忘れてた。しかも柴田ちゃんから誘ったから、この夕会終わったら、柴田ちゃんが伏見に声をかけて、二人は夜の街に消え、アイツは今晩帰ってこない。
明日になれば、用済みの私の荷物は外へ叩き付けられてしまう!

「でてけよ聖子。お前見てーなババアとやらなくたって、女なんてたくさんいるんだよ!」
「あーれー。体だけが目的だったのね~」

「メソメソすんな、ババア!」
「ひどい! 死んでやるぅー!」

足蹴にされる哀れな私。そして閉められるマンションの扉。

うぉいコラ! 伏見!
テメェ、さんざん甘い言葉で人様の唇奪っておきながらやり捨てるつもりだなー!
ちっくしょぉぉおッ!

そんな私の前を柴田ちゃんが通り過ぎる。

「ちょっとちょっと、柴田ちゃん!」
「え? あ、はい」

「さ、さっき夕会でなんかあったのかなぁ~。歓声が聞こえたけどぅ」
「あ、前に言ってた伏見くんが特別賞与貰ったんですよ」

「え、え? すーごい」
「すごいですよね~」

「えーと、それより柴田ちゃん、この前言ってたじゃない? それ貰ったら二人で呑みに行くって」
「そーなんですよ。誘ったんですけどぉ、なんか今日は彼女とお祝いするって。悔しいですよね~。絶対に奪ってやるから」

「ひょえー、怖い。だって伏見くんだよ~? 他にもいい男いるじゃん」
「いやー。あれは原石でしたわ。仕事も出来るし、イケてるし、可愛いし。もう自分のものにするしかないじゃないですか~」

なかなか好戦的な子。怖い。
それより、彼女とお祝い?
私よね? 聞いてないけど。

私も帰ろうとロッカーへ行ってスマホを見ると、トークアプリにメッセージ。
食らいついてメッセージを見ると、やっぱり伏見。

「ボーナス貰ったから銀座の真舟にお鮨食べに行こうよ♡♡♡」

かーわいい。って銀座で鮨! 店名なんて聞いたことないんだけど~。かぁ~、さすがボンボン。さぞかし旨いんだろうな。でも親の金じゃない。自分の金だもんね。多分取締役賞5万、部長賞3万で8万は貰ってるはず。いくら銀座でも、一人前2万円くらいでしょ。たまに贅沢したってねぇ。明日は休みだもんね。このまま朝まで遊んでも楽しいだろうなぁ~。

「行こう、行こう! お鮨、なにが美味しいのかなぁ~?」
「卵焼きだよ♡♡♡」

卵焼き! 子供かよ。でもすっごい。楽しみ。回ってないもんね。食べてみたいな~。

「じゃ会社の近くだとまずいから、駅の近くのコンビニで待ってて」
「オーケー♡♡♡」

ハート多用すんなよな~。でもカワイイ~。
会社を出て、駅のコンビニへと足早に急ぐ。
へへ~。イケメン伏見は私の彼氏なんですぜ~。
仕事も出来るし、一途でいい男。
もっともっと、アイツのことを知りたい。
出会って一週間も経ってないのに、同棲してラブラブなこと、みんなに自慢したい。

コンビニには、私が先に到着した。
なーんだ。急いで損しちゃった。
女性誌でも立ち読みするかなぁ。

店に入ると、見たことある人が立っていた。
吉高係長──。新婚旅行から帰ってきたんだ。
つか、行きも帰りも出会うなんて、なんてタイミング悪。

「や。聖子──っていったらおかしいか。板橋さん」
「はい……。あの。聡美は?」

「ああ、トイレ待ち。飛行機の中でアレになっちゃって」
「あー。まだ妊娠してないんですねぇ」

「まーな。避妊してるし」

ふーん。奥さんにはずいぶん優しいじゃん。
私は結構ぞんざいに扱われたよ。
まぁ妊娠したほうが都合がよかったからやらせてたってのもあったけどさ。
考えてみたら嫌な男。最低な男。伏見に比べたら、10対0で伏見の勝ちだよ。

「んじゃ。人待ってますんで」
「おいおい」

「なんですか?」
「つれないな。ヤケになるなよ。あんな伏見なんかと付き合うなんて、キミらしくないじゃないか。男を選べよ」

「なに言ってるんですか。前にも言ったとおり。伏見くんはいい男です」
「あっそ。ハイハイ。──まぁ、キミとはこれからも会社で会うんだし」

「え?」
「お互いに上手くやろうよ。キミさえよければ」

「は、はぁ!?」

ぶん殴りたい。このクソ男。
やっぱりいいとこ取り。
聡美と結婚して、私を飼い殺しにする。
もともとそう言う計画だったんだわ。
その時。私の肩に置かれた手。頼り甲斐のある優しい手。

「お待たせ~聖子。あれ? 吉高さん」
「え? キミ……誰?」
「伏見くん──ですよ」

「そっす。イメチェンして。似合ってますか?」
「……こりゃ驚いた」
「でしょ。会社帰って伏見くんの成績聞いたらビックリしますよ。じゃ伏見くん行きましょ~」

思いっきり、吉高係長の前で伏見くんの腕を組んでやった。そのままコンビニを出て、銀座に向けて歩き出す。

伏見は何も言わずに赤い顔をしていた。
私は彼がなぜ何も言わないのか分からなかった。

「どうしたの?」
「いやぁ~。聖子から腕を組んでくるなんてはじめてで……。自分だけが聖子を好きなのかなって、思ってたから、嬉しくて──」

こ、こ、こ、コイツ~!
カワイイぞ、うぉい!
にゃによ~。そんなふうに思ってたのねー。
そう言えばコイツの行動に振り回されてたけど、たしかに私から好きとか言ったことないわ。
伏見は伏見で心配だったのね……。ふふ。

「好きよ」
「え?」

「好き。翼のこと」
「うはー! もっと言って!」

「好き好き、だーい好き!」

伏見は私を抱いてそのままキス。
よく街の真ん中でキスするヤツをバカにしてたけど……。
この人々が通り過ぎる街の中でイケメン伏見にキスされるのも──悪くないわね。

でもこの世間知らずのお坊ちゃまに、女の子と二人で呑みに行くのはダメと教えたら、ビックリして謝ってきた。やはり軽はずみだったのか。アホめ。

卵焼きはマジ美味しかったデス。あんまり美味しかったんで2貫も食べちゃった。
さすが銀座! この卵焼きでも1,000円くらいするのかなぁ。ま、いいか。臨時ボーナスでなんとかなるでしょう。
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