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第97話 結婚してください
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その頃、近野はいつものバーでいつもの酒を飲んでいた。
その隣りには立花。
だが二人は黙ったままだった。
ようやく口を開いたのは立花のほうだった。
「田舎の都市か……」
「……だねぇ」
「まさか行かないでしょう?」
「……いや」
近野は立花の言葉を否定した。
立花も悪い予感はしていたのだ。
「チームは……どうするんですか。課長がいなくなったら係長が引っ張って行かないとダメでしょう?」
「義岡くんはもう私以上の力があるよ。義岡くんに付いて行けば間違いない」
「そんな……おかしいですよ。課長は事実上の左遷じゃないですか……」
「そうは思わないよ。きっと腕を買われたんだよ」
「課長に……課長に付いて行くって言うんですか?」
「そーよ。悪い?」
「……だったら……どうするんですか……」
「何を?」
「オレの気持ち……どうするんですか?」
「……知らないわよ」
「そんな! こっちで一緒にやりましょうよ!」
「ちょっと! 大きい声ださないで」
「課長を忘れるいい機会じゃないですか!」
「『いい』って何? なんで『いい』わけ?」
「もう、オレたち、気持ちが通じ合ってるでしょう!」
「どこでそう思ったのよ」
「オレの気持ち分かってるでしょう! カホリさん。結婚して下さい!」
「ちょっと! ナニソレ!? なんで私があなたと結婚?」
近野も意地だった。
鷹也が行くなら自分も行く。それが本当に自分の気持ちなのか正直分からなかった。
だが、立花が強く押して来たプロポーズになぜか抵抗したのだ。
本当は気持ちが大きく動いた。
もはや立花に恋をしていたのだ。
だが、今までからかって遊んでいた分、素直になれなかった。
「じゃ課長についていくんですね!? オレを置いて!」
「そーよ。清々する。アンタにストーキングされないなんてハッピー」
「もういいです」
そう言いながら立花は立ち上がりレジに向かって歩き出した。
「ちょっと! 逃げるの?」
だが立花はその言葉を無視し、扉を開けて出て行ってしまった。
静寂。
近野はその扉をしばらく見ていたが、落ち着きを払った振りをして飲み直し始めた。
そこにマスターが近づいて来て小声で話しかけて来た。
「ちょっと。立花さん帰っちゃいましたよ?」
「……みたいね」
「追いかけないんですか?」
「え? なんで私が……」
「立花さん、近野さんを好きなんでしょう?」
「うん。アイツはね」
「そんな……。近野さんは……」
「あは……。なんか清々しちゃった」
「そ……ですか」
マスターは定位置に戻り、別の客の酒を作り始めた。
近野も自分の酒を出来るだけゆっくり飲むつもりでグラスを傾けた。
どうせ立花の事だから、扉の外で待っているに違いない。
「一緒に帰りましょうよ……」
なんてふてくされ気味に言うかもしれない。
そしたら、謝らせてやってもいい。
他県に行くのを思い直してやってもいい。
怒って飛び出すなんて自分に対して失礼なヤツだと考えることにした。
それならそれで、この晩秋の冷たい空気にさらして反省させているんだと自分に言い聞かせた。
そして立ち上がる。
なぜか、すぐに会いたくなってしまった。
会計をしようとするとマスターが飛んで来た。
「立花さんのことだから、きっとドアの向こうで待ってますよ」
「かもね。別にいいけど」
「さぁ、早く」
「うん。ありがと。マスターごちそうさま」
強がりながらドアを開けるとそこには、誰も立ってはいなかった。
「あれ?」
辺りを見回してみる。
だが、人より少しばかり身長の高い彼の姿はなかった。
隠れているのかも知れない。
近野は辺りを警戒しながら進んだ。
立花の事だから、突然後ろから走り寄って脅かしてくるかも知れない。
それでもクールに『なに?』とでも言ってやろうと構えた。
だが駅につくまでさっぱりそのサプライズはなかった。
近野は最後の最後まで期待して電車に乗り込んだが、立花が姿を現す事はなかった。
その隣りには立花。
だが二人は黙ったままだった。
ようやく口を開いたのは立花のほうだった。
「田舎の都市か……」
「……だねぇ」
「まさか行かないでしょう?」
「……いや」
近野は立花の言葉を否定した。
立花も悪い予感はしていたのだ。
「チームは……どうするんですか。課長がいなくなったら係長が引っ張って行かないとダメでしょう?」
「義岡くんはもう私以上の力があるよ。義岡くんに付いて行けば間違いない」
「そんな……おかしいですよ。課長は事実上の左遷じゃないですか……」
「そうは思わないよ。きっと腕を買われたんだよ」
「課長に……課長に付いて行くって言うんですか?」
「そーよ。悪い?」
「……だったら……どうするんですか……」
「何を?」
「オレの気持ち……どうするんですか?」
「……知らないわよ」
「そんな! こっちで一緒にやりましょうよ!」
「ちょっと! 大きい声ださないで」
「課長を忘れるいい機会じゃないですか!」
「『いい』って何? なんで『いい』わけ?」
「もう、オレたち、気持ちが通じ合ってるでしょう!」
「どこでそう思ったのよ」
「オレの気持ち分かってるでしょう! カホリさん。結婚して下さい!」
「ちょっと! ナニソレ!? なんで私があなたと結婚?」
近野も意地だった。
鷹也が行くなら自分も行く。それが本当に自分の気持ちなのか正直分からなかった。
だが、立花が強く押して来たプロポーズになぜか抵抗したのだ。
本当は気持ちが大きく動いた。
もはや立花に恋をしていたのだ。
だが、今までからかって遊んでいた分、素直になれなかった。
「じゃ課長についていくんですね!? オレを置いて!」
「そーよ。清々する。アンタにストーキングされないなんてハッピー」
「もういいです」
そう言いながら立花は立ち上がりレジに向かって歩き出した。
「ちょっと! 逃げるの?」
だが立花はその言葉を無視し、扉を開けて出て行ってしまった。
静寂。
近野はその扉をしばらく見ていたが、落ち着きを払った振りをして飲み直し始めた。
そこにマスターが近づいて来て小声で話しかけて来た。
「ちょっと。立花さん帰っちゃいましたよ?」
「……みたいね」
「追いかけないんですか?」
「え? なんで私が……」
「立花さん、近野さんを好きなんでしょう?」
「うん。アイツはね」
「そんな……。近野さんは……」
「あは……。なんか清々しちゃった」
「そ……ですか」
マスターは定位置に戻り、別の客の酒を作り始めた。
近野も自分の酒を出来るだけゆっくり飲むつもりでグラスを傾けた。
どうせ立花の事だから、扉の外で待っているに違いない。
「一緒に帰りましょうよ……」
なんてふてくされ気味に言うかもしれない。
そしたら、謝らせてやってもいい。
他県に行くのを思い直してやってもいい。
怒って飛び出すなんて自分に対して失礼なヤツだと考えることにした。
それならそれで、この晩秋の冷たい空気にさらして反省させているんだと自分に言い聞かせた。
そして立ち上がる。
なぜか、すぐに会いたくなってしまった。
会計をしようとするとマスターが飛んで来た。
「立花さんのことだから、きっとドアの向こうで待ってますよ」
「かもね。別にいいけど」
「さぁ、早く」
「うん。ありがと。マスターごちそうさま」
強がりながらドアを開けるとそこには、誰も立ってはいなかった。
「あれ?」
辺りを見回してみる。
だが、人より少しばかり身長の高い彼の姿はなかった。
隠れているのかも知れない。
近野は辺りを警戒しながら進んだ。
立花の事だから、突然後ろから走り寄って脅かしてくるかも知れない。
それでもクールに『なに?』とでも言ってやろうと構えた。
だが駅につくまでさっぱりそのサプライズはなかった。
近野は最後の最後まで期待して電車に乗り込んだが、立花が姿を現す事はなかった。
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