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第69話 いざ尋常に勝負なり
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近野と立花は同時に席に着く。近野は腰を下ろすなり、マスターを睨みつけ立花の前に置かれたものと自分のものを交換した。
「何もしてませんよ」
「そりゃそうでしょう。マスター。でも万が一ってことがある。マスターはコイツの味方って感じがするもんね。コイツのを薄めに作って、私のを濃い目に作ってる恐れがあるもん。心にウソをつかない審判。マスターを信用してるよ。別にいいでしょ。交換したって」
そう言ってグラスを高らかに上げた。
「いざ尋常に勝負なり」
立花もグラスを上げて杯を合わせる。勝負は開始された。
別に一気飲みをしなくてもよい。同じペースで飲めばいいのだ。
そしてマスター。最初に近野に疑われた通りだった。
交換されるのは織り込み済み。
だから最初のグラスは通常通りに作った。
だが二杯目から徐々に立花のを薄くするつもりだ。
一杯目は疑って交換するだろう。しかし、二杯目からは検査は甘くなるはず。
マスターも近野がよからぬ恋心を抱いていることを知っていた。
そして立花の熱烈なる恋心を。
どうにかこの二人のキューピッドとなりたいという思いもあった。
そして照明の角度。
立花の方が若干濃い目に見える。だからこそ少なくしても分からないと言う策略もあった。
二人は雑談をしながら、同じペースで飲んだ。
5杯目。通常なら二人ともいい酔い加減で帰る頃だが今は勝負だ。
いわゆるまだまだ宵の口。
だがアルコール的には近野が5杯分、立花が3杯分程度だ。
立花もマスターの計略に気付いたが、この勝負に負けるわけにはいかないのでそのままにした。
8杯、10杯と杯を重ねてゆく。
近野も近野で意地だった。
立花と一緒にいるのは楽しい。だが、この仕事も出来て顔もいい男に心を持って行かれるのが悔しかった。
彼は自分から見ればまだまだ若造。
鷹也のことを思い続けた2年間。
それをこの年下の生意気な風俗通いをしていた男に鞍替えするなんてプライド的にも許せなかったのだ。
「どうして……」
「はぁん?」
「課長のこと好きなんですか?」
「はぁ? 好きに理由がある? 言っちゃったらそこがピックアップされるだけじゃない。そこだけって風な感じがしない? 好きだから好き。それじゃダメなの?」
「いやぁ、ダメってことは無いですけどね」
「アンタは?」
「はい?」
「なんでこのカホリさんを好きなわけ?」
「……なるほど、好きに理由はありませんね」
「でしょ? まぁ、強いて言えば優しく仕事を教えてくれて、そして、仕事をガッツリする姿に惹かれたかなぁ。わぁ、あれだけの量を一日でやっちゃったんだ! じゃ、私も! みたいな」
「たしかに課長の仕事ッぷり見てると燃えてきますよね」
「でしょ、でしょ? だから、アンタ課長をリスペクトして色々真似てるんだもんね」
「ですね。やっぱり男も惚れさす魅力はありますよね」
「ふふ。わかるか。青年」
「分かりますね」
15杯目。立花のはほとんど水になってきたが、近野のは普通の酒。
さすがの近野も酔いが回ってきたが負けるわけにはいかない。
「まぁ、アンタもいい男ではありゅよ。つか、ウチの課の人間はみんないい。よく働いてくれて感謝してりゅよ」
「大丈夫ですか? 舌が回ってませんよ」
「大丈夫。大丈夫。ほら、飲みなさいよ。マスターおかわりぃ!」
マスターは二人の前に立って深く頭を下げた。
「スイマセン。もうお出しできません」
「なにぃ? なんでよ!」
「もう、閉店ですし、近野さん立てないんじゃないですか? それに終電来ちゃいますよ」
「なによぉ。でも、閉店なら仕方ないね。マスター、ごちそうさま。じゃぁ、立花くん。引き分けだね。引き分け。ウィック」
ふらふらになりながら立ち上がる近野だが、足元がおぼつかない。立花に支えられながら会計を済ませ、外に出た。
「何もしてませんよ」
「そりゃそうでしょう。マスター。でも万が一ってことがある。マスターはコイツの味方って感じがするもんね。コイツのを薄めに作って、私のを濃い目に作ってる恐れがあるもん。心にウソをつかない審判。マスターを信用してるよ。別にいいでしょ。交換したって」
そう言ってグラスを高らかに上げた。
「いざ尋常に勝負なり」
立花もグラスを上げて杯を合わせる。勝負は開始された。
別に一気飲みをしなくてもよい。同じペースで飲めばいいのだ。
そしてマスター。最初に近野に疑われた通りだった。
交換されるのは織り込み済み。
だから最初のグラスは通常通りに作った。
だが二杯目から徐々に立花のを薄くするつもりだ。
一杯目は疑って交換するだろう。しかし、二杯目からは検査は甘くなるはず。
マスターも近野がよからぬ恋心を抱いていることを知っていた。
そして立花の熱烈なる恋心を。
どうにかこの二人のキューピッドとなりたいという思いもあった。
そして照明の角度。
立花の方が若干濃い目に見える。だからこそ少なくしても分からないと言う策略もあった。
二人は雑談をしながら、同じペースで飲んだ。
5杯目。通常なら二人ともいい酔い加減で帰る頃だが今は勝負だ。
いわゆるまだまだ宵の口。
だがアルコール的には近野が5杯分、立花が3杯分程度だ。
立花もマスターの計略に気付いたが、この勝負に負けるわけにはいかないのでそのままにした。
8杯、10杯と杯を重ねてゆく。
近野も近野で意地だった。
立花と一緒にいるのは楽しい。だが、この仕事も出来て顔もいい男に心を持って行かれるのが悔しかった。
彼は自分から見ればまだまだ若造。
鷹也のことを思い続けた2年間。
それをこの年下の生意気な風俗通いをしていた男に鞍替えするなんてプライド的にも許せなかったのだ。
「どうして……」
「はぁん?」
「課長のこと好きなんですか?」
「はぁ? 好きに理由がある? 言っちゃったらそこがピックアップされるだけじゃない。そこだけって風な感じがしない? 好きだから好き。それじゃダメなの?」
「いやぁ、ダメってことは無いですけどね」
「アンタは?」
「はい?」
「なんでこのカホリさんを好きなわけ?」
「……なるほど、好きに理由はありませんね」
「でしょ? まぁ、強いて言えば優しく仕事を教えてくれて、そして、仕事をガッツリする姿に惹かれたかなぁ。わぁ、あれだけの量を一日でやっちゃったんだ! じゃ、私も! みたいな」
「たしかに課長の仕事ッぷり見てると燃えてきますよね」
「でしょ、でしょ? だから、アンタ課長をリスペクトして色々真似てるんだもんね」
「ですね。やっぱり男も惚れさす魅力はありますよね」
「ふふ。わかるか。青年」
「分かりますね」
15杯目。立花のはほとんど水になってきたが、近野のは普通の酒。
さすがの近野も酔いが回ってきたが負けるわけにはいかない。
「まぁ、アンタもいい男ではありゅよ。つか、ウチの課の人間はみんないい。よく働いてくれて感謝してりゅよ」
「大丈夫ですか? 舌が回ってませんよ」
「大丈夫。大丈夫。ほら、飲みなさいよ。マスターおかわりぃ!」
マスターは二人の前に立って深く頭を下げた。
「スイマセン。もうお出しできません」
「なにぃ? なんでよ!」
「もう、閉店ですし、近野さん立てないんじゃないですか? それに終電来ちゃいますよ」
「なによぉ。でも、閉店なら仕方ないね。マスター、ごちそうさま。じゃぁ、立花くん。引き分けだね。引き分け。ウィック」
ふらふらになりながら立ち上がる近野だが、足元がおぼつかない。立花に支えられながら会計を済ませ、外に出た。
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