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第66話 矢間ちゃんチャンス!
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彩と矢間原の映画の日が来た。
矢間原はジャケットを羽織り、髪もいつも以上に決めて彩の部屋に誘いに行った。
だが、彩は普段着の格好。
というか、それぐらいしか服を持っていないのだ。
矢間原はそんな彩のことをとても守ってやりたくなった。
二人して近所にあるショッピングモール内にある映画館に向かって歩く。
郊外に出来た大型ショッピングモールに比べてこちらの方が空いている。
彩にとってはあまり二人きりの時間を増やしたくないという思いもあり、近所のモールに決めたのだ。
割り勘で飲み物とポップコーンを買い、劇場に入る。
映画は、前に見た以上に映像も良く、コミカルでとても面白かった。
二人してスクリーンに向かって大きく笑った。
最後はピッピ船長が各地に残してきたたくさんの妻妾たちが団結して持ってきた財宝を取り上げ、要塞に立てこもってしまい、ピッピ船長や子分たちは這う這うの体で船に逃れ新しい別天地を目指して旅立ってゆくというどこまでも愉快なストーリーだった。
内容に満足した二人。彩はその余韻のまま帰ろうとしたが、矢間原は途中にある喫茶店に誘った。
今日見た映画の話をしようということだった。
彩もそれならということで、喫茶店に入り、一番安いコーヒーを頼んだ。
「おごりますから、甘いの頼んだらいいのに」
「いえ。甘えてられません。甘いものだけに」
「おー。こりゃ一本取られましたね」
「あら。笑いのハードルが低いですね」
「いやぁ。独身寮にいるとそうなるのかも」
「うふ。そうかもしれませんね」
二人の前に注文したコーヒーが置かれる。
彩はそれに一口つけると、矢間原は話し始めた。
「前のダンナさんのこと……忘れられませんか?」
彩は黙ってコーヒーカップを受け皿の上に置いた。
「そうですね。やっぱり」
しばらく黙ってしまう二人。矢間原はそんな彩の顔を黙って見ていた。
「ピッピ船長が前のダンナさんとの思い出の映画なら、オレたちにとってもですね」
そう言ってニコリと笑った。
鷹也に似ている男、矢間原。その笑顔もどことなく似ていた。
それに思わず彩も微笑んだ。
「ふふ。そうですね。面白かったですよ。ピッピ船長」
「ですよね! ですよね! 最後の女たちの裏切りっつーか、仕返しっつーか、笑えましたよね~」
「でも、実際にやられたピッピ船長はたまったもんじゃないですよね」
「ですよね。でもピッピ船長も海賊じゃないと偽っていたわけですから、まぁ仕方ないかな?」
「……ですね」
盛り上がらない。矢間原は焦った。
どんな話しでも寂し気な表情でうつむいてしまう。
まだ前の旦那を忘れられないのであろうと思った。
「オレでは……。ダメですか? オレにはチャンスはありませんか?」
矢間原の真剣な表情。彩もその顔をじっと見つめた。
「私……」
「はい」
「矢間原さんに言ってないことが──」
彩の言葉がしばらく止まる。
コーヒーカップに目を移し朧気な表情のまま時間だけが過ぎてゆく。
喫茶店のドアの音。
カランカランと言う鈴の音とともに客が数人入ってきて少しざわつく。
音が増えると彩に踏ん切りがついたようで話し始めた。
「私、娘がいるんです」
「え……?」
「親権が取れない母親なんです。察して下さい」
「それ……は……」
矢間原、またまた絶句。
何も言えない。頭の中は大混乱だ。
「……私みたいなバツイチの女よりも矢間原さんにはきっといい人がこの先に待っていると思います」
彩は心から矢間原の将来を願った。
自分は許されない身だ。そしてあれから時間もそれほど立っていないのに、心ならずも恋のアプローチをされてしまった。自分自身にスキが多いのかもしれない。
彩はコーヒーの残りを飲み干すと立ち上がった。
「すいません。先に帰ります」
そう言って、先に喫茶店を出て行った。
矢間原は外の歩道を歩く彩の背中を見つめていた。
寂しそうな背中。
抱きしめてやりたくなる。だがなんと声をかけてやったらいいのか。矢間原には分からなかった。
「……浮気……かな……?」
窓に向かってつぶやく言葉。彩の姿が夜の闇に消えてゆく。
「でも、元の旦那のこと忘れられないんだろ? 何か事情があったんじゃないのか? それに今だって、その男の元に転がり込んだ訳じゃない」
矢間原の心には彩に対する嫌悪感が湧いたのは僅かな時間だけで、なんとなく彩の事情を考えてしまった。
それだけ彩の魅力に吸い寄せられたのかも知れない。
彼女を守ってやりたい思いが大きく膨らんだ。
矢間原は考えながら、ゆっくりと残りのコーヒーを味わった。
矢間原はジャケットを羽織り、髪もいつも以上に決めて彩の部屋に誘いに行った。
だが、彩は普段着の格好。
というか、それぐらいしか服を持っていないのだ。
矢間原はそんな彩のことをとても守ってやりたくなった。
二人して近所にあるショッピングモール内にある映画館に向かって歩く。
郊外に出来た大型ショッピングモールに比べてこちらの方が空いている。
彩にとってはあまり二人きりの時間を増やしたくないという思いもあり、近所のモールに決めたのだ。
割り勘で飲み物とポップコーンを買い、劇場に入る。
映画は、前に見た以上に映像も良く、コミカルでとても面白かった。
二人してスクリーンに向かって大きく笑った。
最後はピッピ船長が各地に残してきたたくさんの妻妾たちが団結して持ってきた財宝を取り上げ、要塞に立てこもってしまい、ピッピ船長や子分たちは這う這うの体で船に逃れ新しい別天地を目指して旅立ってゆくというどこまでも愉快なストーリーだった。
内容に満足した二人。彩はその余韻のまま帰ろうとしたが、矢間原は途中にある喫茶店に誘った。
今日見た映画の話をしようということだった。
彩もそれならということで、喫茶店に入り、一番安いコーヒーを頼んだ。
「おごりますから、甘いの頼んだらいいのに」
「いえ。甘えてられません。甘いものだけに」
「おー。こりゃ一本取られましたね」
「あら。笑いのハードルが低いですね」
「いやぁ。独身寮にいるとそうなるのかも」
「うふ。そうかもしれませんね」
二人の前に注文したコーヒーが置かれる。
彩はそれに一口つけると、矢間原は話し始めた。
「前のダンナさんのこと……忘れられませんか?」
彩は黙ってコーヒーカップを受け皿の上に置いた。
「そうですね。やっぱり」
しばらく黙ってしまう二人。矢間原はそんな彩の顔を黙って見ていた。
「ピッピ船長が前のダンナさんとの思い出の映画なら、オレたちにとってもですね」
そう言ってニコリと笑った。
鷹也に似ている男、矢間原。その笑顔もどことなく似ていた。
それに思わず彩も微笑んだ。
「ふふ。そうですね。面白かったですよ。ピッピ船長」
「ですよね! ですよね! 最後の女たちの裏切りっつーか、仕返しっつーか、笑えましたよね~」
「でも、実際にやられたピッピ船長はたまったもんじゃないですよね」
「ですよね。でもピッピ船長も海賊じゃないと偽っていたわけですから、まぁ仕方ないかな?」
「……ですね」
盛り上がらない。矢間原は焦った。
どんな話しでも寂し気な表情でうつむいてしまう。
まだ前の旦那を忘れられないのであろうと思った。
「オレでは……。ダメですか? オレにはチャンスはありませんか?」
矢間原の真剣な表情。彩もその顔をじっと見つめた。
「私……」
「はい」
「矢間原さんに言ってないことが──」
彩の言葉がしばらく止まる。
コーヒーカップに目を移し朧気な表情のまま時間だけが過ぎてゆく。
喫茶店のドアの音。
カランカランと言う鈴の音とともに客が数人入ってきて少しざわつく。
音が増えると彩に踏ん切りがついたようで話し始めた。
「私、娘がいるんです」
「え……?」
「親権が取れない母親なんです。察して下さい」
「それ……は……」
矢間原、またまた絶句。
何も言えない。頭の中は大混乱だ。
「……私みたいなバツイチの女よりも矢間原さんにはきっといい人がこの先に待っていると思います」
彩は心から矢間原の将来を願った。
自分は許されない身だ。そしてあれから時間もそれほど立っていないのに、心ならずも恋のアプローチをされてしまった。自分自身にスキが多いのかもしれない。
彩はコーヒーの残りを飲み干すと立ち上がった。
「すいません。先に帰ります」
そう言って、先に喫茶店を出て行った。
矢間原は外の歩道を歩く彩の背中を見つめていた。
寂しそうな背中。
抱きしめてやりたくなる。だがなんと声をかけてやったらいいのか。矢間原には分からなかった。
「……浮気……かな……?」
窓に向かってつぶやく言葉。彩の姿が夜の闇に消えてゆく。
「でも、元の旦那のこと忘れられないんだろ? 何か事情があったんじゃないのか? それに今だって、その男の元に転がり込んだ訳じゃない」
矢間原の心には彩に対する嫌悪感が湧いたのは僅かな時間だけで、なんとなく彩の事情を考えてしまった。
それだけ彩の魅力に吸い寄せられたのかも知れない。
彼女を守ってやりたい思いが大きく膨らんだ。
矢間原は考えながら、ゆっくりと残りのコーヒーを味わった。
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