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第60話 ピッピ船長2

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鷹也は彩が出て行って以来、少し仕事の分量を減らしていた。
子供の面倒を見ると言うのもあるが、何より彩がもういない。
自分の頑張りを見せる相手がいなくなったというのが仕事への意欲を多少なり失う結果となったのだ。

仕事の分散は楽なものだった。部下が育っている。
みんな若いがやる気のある連中ばかりだった。
そして他課へも分散した。心安い課長たちは、暖かくそれを受け入れてくれた。

その日の就業時間が終わる頃に鷹也のスマートフォンに連絡があった。

家からだった。おそらく母親だ。
ひょっとして娘の鈴の身に何かがあったのかもしれないと急いで電話にでた。

「もしもし」
「あ。パパ~」

鈴からだった。仕事中に家からの電話をとるなど緊急以外許されない。
母との遊びの途中に母に甘え込んで電話をしてきたのかもしれない。
少し叱ろうと思った時だった。

「あのね。スズたんね。一人でおトイレでウンチした~」

そう言われると顔が一気にほころぶ。

「マジか! えらいぞぉ。スズ~」
「えへへ。ねぇ。パパ、今日は早いお帰り?」

「うん。お祝いにケーキ買って帰るからな」
「やった! ケーキだぁ~!」

電話が終わりニヤけてしまう鷹也。
課員たちも、そんな鷹也の姿を微笑ましく見ていた。

「パパさん、今日は早いお帰りですか?」
「すまんな。近野くん。今日は大丈夫だろ?」

「大丈夫です」

鷹也は自分のブリーフケースを抱えて立ち上がると、社内に定時を知らせるチャイムが鳴った。

「スマン。お先するぞ。係長。義岡。立花。なるべく女性は早く帰してやってくれ」
「心得ております。殿」

立花からの返答にニヤリと笑って課のドアに向かって行くと、その前に近野が立ちはだかった。

「課長。私は? 私も女性なんですけど」

鷹也はその言葉に、目を擦る振りをしてからジッと彼女の顔を見つめた。

「ああ。本当だ。女性だったのか!」
「ま! 失礼しちゃう!」

プイッと顔を背ける近野の姿に微笑みながら、鷹也はドアを開けた。

「すまん。みんな早く帰ってくれよ。携帯には出れるから、何かあったら連絡を」
「はい。分かりました~」

鷹也は急いで家路についた。高級ケーキ店で話題のケーキを3つ購入し、娘の待つ家へ。
家のリビングでは、鈴は母の膝に座ってテレビを見ていた。

「ただいま!」
「あ。パパだ!」

鷹也の好きな彩と同じ笑顔。鷹也もそれに微笑み返す。

「ホラホラ。早くケーキを出しなさい」
「え。母ちゃん。オレのメシは?」

「スズとあたしは食べたから。あんたのはキッチンのテーブル」

用意してくれないのか。などと言えない。
こんながさつな人が自分の妻でなくてよかったなぁと思いつつ、キッチンから自分の為に用意された食事をトレイに乗せて運んで来た。
母親がケーキの箱を開けると、鈴は楽しそうに小さな手のひらで拍手をした。

「スズたん、イチゴの~」
「ばぁばはモンブランにしようかな?」

「え? モンブランはオレが食べようと思ってたのに」

モンブランを箱から出しながらギロリと母親が鷹也を睨みつける。

「なぁ~んちゃってぇ~……。ウッソで~す……」
「甘えんじゃないよ。無償で面倒見てやってんだから」

「ハイ。その通りです」
「ケーキ食べたら風呂入って母さん寝るからね」

「どーぞ」
「洗い物ちゃんとすんだよ! 昨日みたいに残してたら実家に帰るからね!」

「はい、スイマセン」

「え~。スズたん。ばぁばとお風呂入りたいでち~」
「ふふ。スズはパパと入りなさいね~」

そう言って、母親はパクパクとケーキを食べると元の鷹也の部屋に引っ込んで風呂の準備をすると早々に入ってしまった。

「ふ~。こ~わい」
「パパ、怖いでちか?」

「いやぁ。そんなことない。ウソウソ」

そんなことをやっていると、テレビから今日の映画のラインナップが流れていた。

『今日の映画は『キャプテンピッピ2』。無限の海域に入り込んだピッピ船長は無事に宝をとって戻って来れるのか?』

「ウソ! ピッピ船長2なんてやってたの? 今日の21時からか。絶対に見なくっちゃ!」

長い間、仕事仕事で世間のことから離れてしまっていた鷹也にとって、まさかピッピ船長の続編が出ており、さらに地上波放送になっているとは知らなかった。
好きだった映画の続編。楽しくなって来たが、鈴がそこに割り込んで来た。

「ね~。パパ~。デーブイデー見よ~」

「え? DVD?」
「うん。トラネコくんのやつ」

「パパ、見たいのあるんだけど」
「ダメでち~」

仕方なく、鷹也はドライバーに録画の設定をして娘の見たがるDVDをかけることにした。
子育ては自分の自由な時間が少なくなる。
ましてや協力者がいないと大変だ。彩はそんなことをずっと繰り返していたのだと、今更ながらに思った。
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