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第58話 チョロイン?
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この独身寮は三階建て。男性の独身者だけだ。
一階には老婆と彩の小さな部屋が二つ。共同のトイレ。食堂、共同風呂があった。
二階と三階は独身者の生活スペース。10人ほどが住んでいる。
朝食や夕食は希望者のみに出し、外で食べる者や朝食がいらない者は自由だ。
彩にとってこの地方都市の会社名はやはり聞いたことがないところだったが、寮があるならそれなりの業績があるところなのであろうと思った。
若い美人な副寮母。
男たちは好奇の目で見ていた。
今まで二、三人だった食事希望者が彩が作るとなったらほぼ全員。
彩の作る料理に舌鼓を打った。
働いて月が変わった一日の日。
寮母のシゲルは彩を部屋に呼んだ。
シゲルとこうして話をするのは彩の楽しみの一つだった。
だがその日はいつもと違った。シゲルは彩の前に茶封筒を差し出した。
「ゴメンね。ガッカリするかも知れないけど」
「これは……」
「ひと月働いて貰ったお給料。と言ってもお小遣い程度しか入れられなくて……」
彩は驚いた。給料を貰えるとは思っていなかったのだ。住まわせて三食食べさせて貰っているだけで充分だと思っていた。
封筒の中には四万二千円が入っていた。
シゲルは自分の稼ぎや年金の中からこれを捻出したのだろう。
どこにも通さないお金。
彩の事情は世間話で聞いていたから分かっていた。
過ちを犯して夫に離婚を言い渡された女。
なぜかシゲルは彩に対して特別な感情を持っているように感じた。
彩は封筒を胸に抱いて深く頭を下げた。
「ありがとうございます……」
「なに。礼を言われるほどのことじゃ無いよ。恥ずかしくて」
「ふふ」
「ははは。もうしばらくお手伝いお願いしたいね。足が治らなくてねぇ」
「こちらこそ」
彩はシゲルの好意にもうしばらく甘えることにした。
彩が寮内の廊下をモップがけしている。
それを廊下の喫煙スペースで男たちはかたまりながら眺めていた。
「いや~。アヤちゃん働くな~」
「……いい女だよな~。なんでこんな汚ねぇ寮に来たんだろ?」
「すげぇいいおケツ……」
「うぉい!」
独身の男たちだ。そこに若い女がいる。それだけで活気だつもので、それぞれが彩に対してちょっかいを掛け始めた。
だがルールがある。無理矢理夜這いはダメ。
言葉で上手に口説こうとこういう話になった。
彼らは彩が一人になる機会を狙ったが、いつも邪魔者がいて中々そんな機会に恵まれなかったが、彩が一人で買い物に出ている時だった。
買い物袋を4つも下げてフゥフゥいいながら寮への道を帰るところ、彼女の肩を叩く者があった。
彼女が振り返ると、そこには寮に住まう自分よりも五つ歳上の矢間(やま)原(はら)俊(とし)郎(お)という男だった。
涼やかな微笑みのこの男。どこか、自分の夫である鷹也の面影があったのだ。
「アヤさん、そりゃ女性が持つ量じゃないよ。ホラ貸してみな」
「え~。いいですよ。仕事ですし。これでお給料貰ってるんですから」
「いいから」
そういいながら彼女の細い指に自分の手を添えて強引に買い物袋を受け取った。
そして涼やかな微笑みを彼女へ向けた。
「ふふ。矢間原さんモテるでしょ」
「え~。昔はね。でも今はそんなことないかな? 出会いもないし」
「でもチョーイケメンですよ。優しいし気が利くし」
「はっは。嬉しいこと言ってくれるね。ありがとう」
「付き合ってる人は?」
「今? 今いないよ。この会社入ってから彼女ずっといない。寂しぃ~」
「んふんふんふ」
笑う彼女の顔を見て矢間原は立ち止まった。
「アヤさん、今度の休日に買い物にでもいかない?」
「え?」
「どう?」
「え~……。う~ん」
「いいじゃない。たまには。息抜きも大事だよ?」
「そ~ですよね~」
「はい。じゃ、決まり」
「え?」
「新しく出来た郊外のアウトレットモール。そこに行きましょう。車はあるし」
「ちょ、ちょっと」
「ん?」
「私、行けません」
「どうして?」
「スイマセン」
彩は男から買い物袋をはぎ取ると、独身寮まで駆け出した。
矢間原はその後ろ姿を見ていた。
涼やかに笑いながら。
「思った通りだ。全然男にすれてない。少し昔みたいに焦り過ぎたなぁ。友だちから。友だちから。それにしてもなんて可愛らしい人だろ」
一階には老婆と彩の小さな部屋が二つ。共同のトイレ。食堂、共同風呂があった。
二階と三階は独身者の生活スペース。10人ほどが住んでいる。
朝食や夕食は希望者のみに出し、外で食べる者や朝食がいらない者は自由だ。
彩にとってこの地方都市の会社名はやはり聞いたことがないところだったが、寮があるならそれなりの業績があるところなのであろうと思った。
若い美人な副寮母。
男たちは好奇の目で見ていた。
今まで二、三人だった食事希望者が彩が作るとなったらほぼ全員。
彩の作る料理に舌鼓を打った。
働いて月が変わった一日の日。
寮母のシゲルは彩を部屋に呼んだ。
シゲルとこうして話をするのは彩の楽しみの一つだった。
だがその日はいつもと違った。シゲルは彩の前に茶封筒を差し出した。
「ゴメンね。ガッカリするかも知れないけど」
「これは……」
「ひと月働いて貰ったお給料。と言ってもお小遣い程度しか入れられなくて……」
彩は驚いた。給料を貰えるとは思っていなかったのだ。住まわせて三食食べさせて貰っているだけで充分だと思っていた。
封筒の中には四万二千円が入っていた。
シゲルは自分の稼ぎや年金の中からこれを捻出したのだろう。
どこにも通さないお金。
彩の事情は世間話で聞いていたから分かっていた。
過ちを犯して夫に離婚を言い渡された女。
なぜかシゲルは彩に対して特別な感情を持っているように感じた。
彩は封筒を胸に抱いて深く頭を下げた。
「ありがとうございます……」
「なに。礼を言われるほどのことじゃ無いよ。恥ずかしくて」
「ふふ」
「ははは。もうしばらくお手伝いお願いしたいね。足が治らなくてねぇ」
「こちらこそ」
彩はシゲルの好意にもうしばらく甘えることにした。
彩が寮内の廊下をモップがけしている。
それを廊下の喫煙スペースで男たちはかたまりながら眺めていた。
「いや~。アヤちゃん働くな~」
「……いい女だよな~。なんでこんな汚ねぇ寮に来たんだろ?」
「すげぇいいおケツ……」
「うぉい!」
独身の男たちだ。そこに若い女がいる。それだけで活気だつもので、それぞれが彩に対してちょっかいを掛け始めた。
だがルールがある。無理矢理夜這いはダメ。
言葉で上手に口説こうとこういう話になった。
彼らは彩が一人になる機会を狙ったが、いつも邪魔者がいて中々そんな機会に恵まれなかったが、彩が一人で買い物に出ている時だった。
買い物袋を4つも下げてフゥフゥいいながら寮への道を帰るところ、彼女の肩を叩く者があった。
彼女が振り返ると、そこには寮に住まう自分よりも五つ歳上の矢間(やま)原(はら)俊(とし)郎(お)という男だった。
涼やかな微笑みのこの男。どこか、自分の夫である鷹也の面影があったのだ。
「アヤさん、そりゃ女性が持つ量じゃないよ。ホラ貸してみな」
「え~。いいですよ。仕事ですし。これでお給料貰ってるんですから」
「いいから」
そういいながら彼女の細い指に自分の手を添えて強引に買い物袋を受け取った。
そして涼やかな微笑みを彼女へ向けた。
「ふふ。矢間原さんモテるでしょ」
「え~。昔はね。でも今はそんなことないかな? 出会いもないし」
「でもチョーイケメンですよ。優しいし気が利くし」
「はっは。嬉しいこと言ってくれるね。ありがとう」
「付き合ってる人は?」
「今? 今いないよ。この会社入ってから彼女ずっといない。寂しぃ~」
「んふんふんふ」
笑う彼女の顔を見て矢間原は立ち止まった。
「アヤさん、今度の休日に買い物にでもいかない?」
「え?」
「どう?」
「え~……。う~ん」
「いいじゃない。たまには。息抜きも大事だよ?」
「そ~ですよね~」
「はい。じゃ、決まり」
「え?」
「新しく出来た郊外のアウトレットモール。そこに行きましょう。車はあるし」
「ちょ、ちょっと」
「ん?」
「私、行けません」
「どうして?」
「スイマセン」
彩は男から買い物袋をはぎ取ると、独身寮まで駆け出した。
矢間原はその後ろ姿を見ていた。
涼やかに笑いながら。
「思った通りだ。全然男にすれてない。少し昔みたいに焦り過ぎたなぁ。友だちから。友だちから。それにしてもなんて可愛らしい人だろ」
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