上 下
58 / 111

第58話 チョロイン?

しおりを挟む
この独身寮は三階建て。男性の独身者だけだ。
一階には老婆と彩の小さな部屋が二つ。共同のトイレ。食堂、共同風呂があった。
二階と三階は独身者の生活スペース。10人ほどが住んでいる。
朝食や夕食は希望者のみに出し、外で食べる者や朝食がいらない者は自由だ。
彩にとってこの地方都市の会社名はやはり聞いたことがないところだったが、寮があるならそれなりの業績があるところなのであろうと思った。

若い美人な副寮母。
男たちは好奇の目で見ていた。
今まで二、三人だった食事希望者が彩が作るとなったらほぼ全員。
彩の作る料理に舌鼓を打った。

働いて月が変わった一日ついたちの日。
寮母のシゲルは彩を部屋に呼んだ。

シゲルとこうして話をするのは彩の楽しみの一つだった。
だがその日はいつもと違った。シゲルは彩の前に茶封筒を差し出した。

「ゴメンね。ガッカリするかも知れないけど」
「これは……」

「ひと月働いて貰ったお給料。と言ってもお小遣い程度しか入れられなくて……」

彩は驚いた。給料を貰えるとは思っていなかったのだ。住まわせて三食食べさせて貰っているだけで充分だと思っていた。
封筒の中には四万二千円が入っていた。
シゲルは自分の稼ぎや年金の中からこれを捻出したのだろう。
どこにも通さないお金。
彩の事情は世間話で聞いていたから分かっていた。
過ちを犯して夫に離婚を言い渡された女。

なぜかシゲルは彩に対して特別な感情を持っているように感じた。
彩は封筒を胸に抱いて深く頭を下げた。

「ありがとうございます……」
「なに。礼を言われるほどのことじゃ無いよ。恥ずかしくて」

「ふふ」
「ははは。もうしばらくお手伝いお願いしたいね。足が治らなくてねぇ」

「こちらこそ」

彩はシゲルの好意にもうしばらく甘えることにした。


彩が寮内の廊下をモップがけしている。
それを廊下の喫煙スペースで男たちはかたまりながら眺めていた。

「いや~。アヤちゃん働くな~」
「……いい女だよな~。なんでこんな汚ねぇ寮に来たんだろ?」
「すげぇいいおケツ……」
「うぉい!」

独身の男たちだ。そこに若い女がいる。それだけで活気だつもので、それぞれが彩に対してちょっかいを掛け始めた。

だがルールがある。無理矢理夜這いはダメ。
言葉で上手に口説こうとこういう話になった。

彼らは彩が一人になる機会を狙ったが、いつも邪魔者がいて中々そんな機会に恵まれなかったが、彩が一人で買い物に出ている時だった。
買い物袋を4つも下げてフゥフゥいいながら寮への道を帰るところ、彼女の肩を叩く者があった。

彼女が振り返ると、そこには寮に住まう自分よりも五つ歳上の矢間(やま)原(はら)俊(とし)郎(お)という男だった。
涼やかな微笑みのこの男。どこか、自分の夫である鷹也の面影があったのだ。

「アヤさん、そりゃ女性が持つ量じゃないよ。ホラ貸してみな」
「え~。いいですよ。仕事ですし。これでお給料貰ってるんですから」

「いいから」

そういいながら彼女の細い指に自分の手を添えて強引に買い物袋を受け取った。
そして涼やかな微笑みを彼女へ向けた。

「ふふ。矢間原さんモテるでしょ」
「え~。昔はね。でも今はそんなことないかな? 出会いもないし」

「でもチョーイケメンですよ。優しいし気が利くし」
「はっは。嬉しいこと言ってくれるね。ありがとう」

「付き合ってる人は?」
「今? 今いないよ。この会社入ってから彼女ずっといない。寂しぃ~」

「んふんふんふ」

笑う彼女の顔を見て矢間原は立ち止まった。

「アヤさん、今度の休日に買い物にでもいかない?」
「え?」

「どう?」
「え~……。う~ん」

「いいじゃない。たまには。息抜きも大事だよ?」
「そ~ですよね~」

「はい。じゃ、決まり」
「え?」

「新しく出来た郊外のアウトレットモール。そこに行きましょう。車はあるし」

「ちょ、ちょっと」
「ん?」

「私、行けません」
「どうして?」

「スイマセン」

彩は男から買い物袋をはぎ取ると、独身寮まで駆け出した。
矢間原はその後ろ姿を見ていた。
涼やかに笑いながら。

「思った通りだ。全然男にすれてない。少し昔みたいに焦り過ぎたなぁ。友だちから。友だちから。それにしてもなんて可愛らしい人だろ」
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

落ち込んでいたら綺麗なお姉さんにナンパされてお持ち帰りされた話

水無瀬雨音
恋愛
実家の花屋で働く璃子。落ち込んでいたら綺麗なお姉さんに花束をプレゼントされ……? 恋の始まりの話。

不倫した挙句に離婚、借金抱えた嬢にまでなってしまった私、だけど人生あきらめません!

越路遼介
大衆娯楽
山形県米沢市で夫と娘、家族3人で仲良く暮らしていた乾彩希29歳。しかし同窓会で初恋の男性と再会し、不倫関係となってしまう。それが露見して離婚、愛する娘とも離れ離れに。かつ多額の慰謝料を背負うことになった彩希は東京渋谷でデリヘル嬢へと。2年経ち、31歳となった彼女を週に何度も指名してくるタワマンに住む男、水原。彼との出会いが彩希の運命を好転させていく。

兄の悪戯

廣瀬純一
大衆娯楽
悪戯好きな兄が弟と妹に催眠術をかける話

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

処理中です...