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第54話 車窓から
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三人で楽しく遊んだ後、もうすぐ鈴が寝る時間と寝かしつけドライブを兼ねて近野を家まで送ろうと言う算段となった。
車の後部座席に鈴と近野を乗せ近野の家に向けて車を走らせる。
鈴は最初は楽しそうにはしゃいで隣りの近野に話をしていたが、やがて眠そうに目を擦って大きなあくびとともに眠ってしまった。
この車は軽自動車だ。
狭い空間前後に別れて二人きり。
「スズちゃん可愛いですね」
「ふふ。ありがとう」
「課長似ですか?」
「いやぁ。全パーツ妻似」
妻。
その言葉に近野の動きが止まった。
離婚したのではないのか?
しかし、離婚してもそう言うのかもしれない。
「あの課長」
「どうした?」
離婚の話を聞いてみても良いものだろうか?
しかし、前に自分からそう告白してきた。
ならば普通な感じで聞いても間違いではないのではないか?
と思い、近野は口を開いた。
「あの~」
「うん」
「来週も遊びに行ってもいいですか?」
言えなかった。
どうということのない言葉のはずなのになぜか斬り込めなかった。
鷹也にそれを話すと間違えてしまうと思ったのかどうかは分からない。
その言葉が出たのだ。
しかし、鷹也からはいつもの回答が戻ってきた。
「いや、ダメでしょ。既婚者が独身の女性一人家に入れちゃ」
確信に変わった。鷹也は離婚していない。
だが家に奥さんもいない。近野は思い切ることにした。
「……あの、離婚されるとおっしゃってましたが」
そうだった。鷹也は近野だけには伝えていたことを思い出した。
「うん。そうなんだ。最初はそのつもりだったのだが、君の言葉で思い直してね。私は悪い夫であったと。そう謝ろうと思ったのだが、妻は出て行ってしまってね」
「え? 浮気相手の方にですか?」
「いや、そうじゃない。もはや実家もなく、スマホも置いて行ってしまった。恥ずかしい話、警察にもお願いしたのだが一度あった回答は間違いで、その後はなしのつぶて。今は手をこまねいて彼女の帰りをただ待っているだけなんだ」
「そうなんですか……」
「うん……」
「それは……奥様、気持ちを断ち切って出て行かれたんですよね。スマホを置くってことは連絡も受け付けないってことでしょうから……」
「う、うん。それはそうなんだが……」
「男は未練を切れないって言いますもんね~」
「おいおい」
「逆に奥様の方が綺麗さっぱり心機一転、別天地でやり直す気持ちがあるんじゃないですか?」
「うっ」
またもや近野の的確な意見にたじろいだ。
未練があるのは自分だけで彩はもうないかもしれない。
そう思うと気持ちが沈んで来てしまう。
離婚届を書く前の晩にいつまでも自分のことを愛していると思うと言った言葉。
あれだけが支えだったのだ。
しかし自分で離婚届をかかせた。書きたくないと言った彼女に自分でボールペンを持たせた。
あの時の行動が、自分のことを冷たい血も情も無い人間だと思わさせる要因になったのではないか。
鷹也は暗い表情で前を見つめ運転だけを気をつけてしていた。
「……探偵は?」
近野の言葉と共に、目の前に大きな看板が見えた。
【浮気調査/家出人捜索/身元調査『丹高探偵事務所』】
探偵。今まで思いつきもしなかった。
幸せの中にあるとそんなこと思いもつかない。
しかも項目の中に家出人捜索がある。
鷹也はうれしくなって、近野を褒めた。
「そうか! 探偵か! 気付かなかった。なにも警察だけじゃない! 仕事として探してくれる業者がいるじゃないか!」
「そうですよ。課長はどこか抜けてますね」
「はっはっは。そうだな。ありがとう近野くん」
鷹也はひとまず近野を家に送って行った。
「じゃぁ、近野くん二日に渡っていろいろありがとう!」
「いえ。ではまた会社で……」
鷹也の車が走り去って行く。
先ほどの看板の探偵事務所に行くのであろう。
なぜか軽自動車の後ろすら飛び上がる嬉しさを醸し出していた。
近野は自分の頭頂をコツンと叩いた。
「ああ~ん。かほ梨のバカ。なんでアドバイスしちゃうかなぁ~。もう……。でも……これで良かったのかも」
近野は鷹也の車が見えなくなると自分の部屋に向けて寂しそうに歩き出した。
車の後部座席に鈴と近野を乗せ近野の家に向けて車を走らせる。
鈴は最初は楽しそうにはしゃいで隣りの近野に話をしていたが、やがて眠そうに目を擦って大きなあくびとともに眠ってしまった。
この車は軽自動車だ。
狭い空間前後に別れて二人きり。
「スズちゃん可愛いですね」
「ふふ。ありがとう」
「課長似ですか?」
「いやぁ。全パーツ妻似」
妻。
その言葉に近野の動きが止まった。
離婚したのではないのか?
しかし、離婚してもそう言うのかもしれない。
「あの課長」
「どうした?」
離婚の話を聞いてみても良いものだろうか?
しかし、前に自分からそう告白してきた。
ならば普通な感じで聞いても間違いではないのではないか?
と思い、近野は口を開いた。
「あの~」
「うん」
「来週も遊びに行ってもいいですか?」
言えなかった。
どうということのない言葉のはずなのになぜか斬り込めなかった。
鷹也にそれを話すと間違えてしまうと思ったのかどうかは分からない。
その言葉が出たのだ。
しかし、鷹也からはいつもの回答が戻ってきた。
「いや、ダメでしょ。既婚者が独身の女性一人家に入れちゃ」
確信に変わった。鷹也は離婚していない。
だが家に奥さんもいない。近野は思い切ることにした。
「……あの、離婚されるとおっしゃってましたが」
そうだった。鷹也は近野だけには伝えていたことを思い出した。
「うん。そうなんだ。最初はそのつもりだったのだが、君の言葉で思い直してね。私は悪い夫であったと。そう謝ろうと思ったのだが、妻は出て行ってしまってね」
「え? 浮気相手の方にですか?」
「いや、そうじゃない。もはや実家もなく、スマホも置いて行ってしまった。恥ずかしい話、警察にもお願いしたのだが一度あった回答は間違いで、その後はなしのつぶて。今は手をこまねいて彼女の帰りをただ待っているだけなんだ」
「そうなんですか……」
「うん……」
「それは……奥様、気持ちを断ち切って出て行かれたんですよね。スマホを置くってことは連絡も受け付けないってことでしょうから……」
「う、うん。それはそうなんだが……」
「男は未練を切れないって言いますもんね~」
「おいおい」
「逆に奥様の方が綺麗さっぱり心機一転、別天地でやり直す気持ちがあるんじゃないですか?」
「うっ」
またもや近野の的確な意見にたじろいだ。
未練があるのは自分だけで彩はもうないかもしれない。
そう思うと気持ちが沈んで来てしまう。
離婚届を書く前の晩にいつまでも自分のことを愛していると思うと言った言葉。
あれだけが支えだったのだ。
しかし自分で離婚届をかかせた。書きたくないと言った彼女に自分でボールペンを持たせた。
あの時の行動が、自分のことを冷たい血も情も無い人間だと思わさせる要因になったのではないか。
鷹也は暗い表情で前を見つめ運転だけを気をつけてしていた。
「……探偵は?」
近野の言葉と共に、目の前に大きな看板が見えた。
【浮気調査/家出人捜索/身元調査『丹高探偵事務所』】
探偵。今まで思いつきもしなかった。
幸せの中にあるとそんなこと思いもつかない。
しかも項目の中に家出人捜索がある。
鷹也はうれしくなって、近野を褒めた。
「そうか! 探偵か! 気付かなかった。なにも警察だけじゃない! 仕事として探してくれる業者がいるじゃないか!」
「そうですよ。課長はどこか抜けてますね」
「はっはっは。そうだな。ありがとう近野くん」
鷹也はひとまず近野を家に送って行った。
「じゃぁ、近野くん二日に渡っていろいろありがとう!」
「いえ。ではまた会社で……」
鷹也の車が走り去って行く。
先ほどの看板の探偵事務所に行くのであろう。
なぜか軽自動車の後ろすら飛び上がる嬉しさを醸し出していた。
近野は自分の頭頂をコツンと叩いた。
「ああ~ん。かほ梨のバカ。なんでアドバイスしちゃうかなぁ~。もう……。でも……これで良かったのかも」
近野は鷹也の車が見えなくなると自分の部屋に向けて寂しそうに歩き出した。
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