ずっと君のこと ──妻の不倫

家紋武範

文字の大きさ
上 下
35 / 111

第35話 一人での儀式

しおりを挟む
二人が出て行く。
小さい鈴を後部座席のチャイルドシートに鷹也が乗せる。
鷹也は彩の方を振り返った。

彩はわずかに笑って手を振っている。
鷹也もそれに小さく手を振った。

鷹也の軽自動車が出て行った。
鈴は体が固定されているので首だけ動かして母親を見ていた。

母親は……。
母親だった女は、家の中に入って行った。

「さぁ~て。最後のご奉公」

彩は午前中一杯かけて家中を掃除した。

「会社のお偉いさんなタカちゃんに汚い家事はさせられないもんね」

鷹也に生ゴミの処理をさせたくないと、汚く滑ぬめる三角コーナーを処理する。
そして、トイレの掃除を跪いてピカピカにした。

風呂場。髪の毛や垢の塊がベロベロにつまっている排水溝や配管。それをキレイに洗浄した。
黒いカビも紫色のカビも力の限り落とした。

それから自分の荷物をまとめる。
持ちきれない衣服はダンボールに入れ「捨てて下さい」と貼り紙をした。

鷹也から貰った宝飾の数々。
これも一つにまとめて、「お返しします。売るか捨てて下さい」と貼り紙をした。

結果小さい旅行用バッグほどの荷物しかなかった。
彩はそれを持って玄関まで向かったが、もう一度戻って来た。

鈴との寝室。本棚の一番とりやすい場所に家族のアルバムがあり、それを開く。
そこには明るく笑う鷹也と鈴の写真の数々。

「タカちゃんのパソコンにデータ入ってるから……。このアルバムはもらっていってもいいよね? スズちゃんもママと一緒に行きたい? そうなの? もう……しょうがないなぁ……」

そう独り言をつぶやきながら、小さいアルバムをバッグの中に押し込んだ。

彩は玄関の下駄箱の上に鷹也とおそろいだった色違いのスマートフォンを置いて家をでる。鍵を閉めて鷹也も知っている車庫の隠し場所にそれをしまった。
庭で何度も何度も家の方を振り返った。

そして小さな門のところで大きく家に向かって背筋を伸ばし、真っ直ぐに体を向けた。

「タカちゃんは今まで沢山頑張ったね。スズちゃんをよろしくお願いします。私のたった一人の肉親なの。たまには体をうんと休めてね。もうバカな女に引っかかっちゃダメだよ」

そう言って深く深くお辞儀をした。

「……それじゃ、お世話になりました」

誰も聞いていない一人の舞台。
贖罪の言葉も鷹也への激励も誰の耳にも届かない。
だが、彩にとっては大事な儀式だったのであろう。

その儀式が終わると彩は駅の方へ向かって行った。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

職場のパートのおばさん

Rollman
恋愛
職場のパートのおばさんと…

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

処理中です...