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第32話 近野大論陣

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「へぇ……でも、仕事の時は?」
「まぁ、自分の母親か家政婦に見てもらう感じか?」

「ずいぶん急ですね」
「まーな」

「奥さん寂しかった?」
「うん……そういうことらしい」

「ですよね~」
「だな」

「気持ち分かるもんな~」
「ん?」

近野はウエイターが前に置いた紅茶を一口すする。
鷹也もコーヒーを一口すすり、電子タバコを取り出した。

「課長の奥さんって大変そうだと思いましたもん。月に一度帰るかどうかでしょ? 普通だったら浮気を疑いますし、寂しいと思いましたもん。私だったら絶対に耐えられない」

「しかしだなぁ。オレは家族の為に……」

「だとしても急ぎ過ぎですよ。25歳で課長。来年には次長でしょ? ウチの会社ではそのルートだと早い人でも30代後半ですもん」

「キミだって係長は早いじゃないか」
「課長にイヤイヤくっついてたら早くなったんです~」

鷹也は自分の意見と違い、彩を擁護するので鼻で笑った。

「キミの意見は一意見として聞いてやろう。日本は民主主義だ。少数意見も大事だからな」
「何言ってんですか。ずっと家を空けていて奥さんに離婚を突きつけるなんてヒドいですよ」

「何もわからんクセに。不貞は許されることじゃない!」
「やっぱり不貞だったんですね」

鷹也は口をあんぐりと大きく開けて動きを止めた。
近野は紅茶を一息で飲み干し、皿の上に少しばかり音を立ててカップを置いた。

「もしも課長が亡くなっていたら、不貞はなかったと思いますよ」
「なに?」

「奥様は亡くなった課長の為に一生操を捧げたでしょう。しかし、生きているのに会えないってのは辛いんですよ。色んな人にそそのかされるかもしれない。浮気の可能性、悪い事をしているんじゃないかという可能性。実はクビになってホームレスになってしまったんじゃないかという可能性。今日帰って来る人ならばホッとするでしょう。でも一週間帰らなかったら……。ひと月帰らなかったら……。奥様の心の中に悪魔が忍び込んでもおかしくない! と思いますが、課長の見解は?」

まるで自分が上司を説得する時のような言い方だった。
それもそのはず。この女は自分の直弟子だ。ノウハウを持っている。
そして目には輝きがある。
鷹也はグゥッとうなった。

「全くキミには敵わんな。二年前から変わらん。暴論だが言われると決心がにぶる」
「どういたしまして」

「付き合わせて悪かったな。ここは私が支払っておく。少しゆっくりしていきたまえ」
「ごちそうさまです」

鷹也は伝票を持って先に出て行った。市役所に向かって。
近野はその後ろ姿を眺めていた。

「寂しそうな背中しちゃって……。無理してるんじゃん。それにしてもバカだなぁ。私。なんで恋敵の肩を持ってんだろ」

近野は手を上げて店員を呼ぶ。

「紅茶のおかわりをくださる?」
「かしこまりました」
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