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第28話 覚悟の堕天使
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家に着くと、鷹也は鈴のチャイルドシートのベルトを外し彩を置き去りにして家の中に入った。
彩がどこへもいけないことを知っている。もしもどこかに行くならばそれはそれで構わないほどの気持ちになっていた。
彩は一時間ばかり車の中にいた。
どうしていいか分からなかったのだ。
家に入れば子供の前で怒られるかもしれない。
入らなければそれも怒られるかもしれない。
その内に車の前にある家の小窓が開いて、ひょっこりと鈴が首を出した。
「スズ!」
「ママ~。どうしておうち入んないのぉ~?」
先ほどのグズりはどこへ行ってしまったのか。
楽し気な表情で遊んでいるようだった。
「パパは?」
というと、鈴は唇の前に指を立てた。
「今ね。かくれんぼしてりゅの。パパ、オニなの」
パパは鬼……。ズキンとする言葉。
自分は家をかき乱した。
その罪は癒えることはない。
だが、自分の家族はここにしかいない。
自分の居場所はここにしかない。
例え、1日だけでも一生懸命尽くすしかない。
自分にはそれしかできない。
覚悟を決めた。誠意なんて嘘っぱちはどうでもいい。
ただ娘を、鈴を。夫へ、鷹也へ託すだけ。
説明しなくてはいけないことが山ほどある。
伝えきれるかなんて分からない。ただ残された時間にやるだけだ。
思いきって立ち上がった。
家に入ると、鷹也はガニマタで鬼の真似をして鈴を捜していた。
だが、彩が入ってくると姿勢をただして不機嫌な顔で睨みつけた。
「ただいま」
そう言ってニコリと気丈に笑った。
その笑顔が鷹也の胸を打つ。
鷹の凍り付いた胸が少しだけ溶けるのが分かる。
その笑顔が好きなのだ。そこに惚れた十年前の自分がいる。
だがダメだ。自分に言い聞かせる。
この女は浅はかな理由で自分を裏切ったのだ。
彩は家に上がり込むと、鷹也と同じ格好をした。
「うまそぉな子供の匂いがするぞぃ~」
そう言って眉毛の上に手を当てて滑稽な姿で辺りを見回す。
鷹也はさっきまで泣いていた女のギャップについ笑いそうになった。
だが、その気持ちを強引に心の万力で押さえつける。
「どこだ。どこだ。どこだ」
歌舞伎の大見得の形で片足でトントンと進んで行き、鈴のいた部屋を思い切り全開にして叫んだ。
「みぃつけたぁ~!」
そう言うと、鈴は満面の笑みで母親に抱きついて来た。
「怖いよぉ~! ママのバカぁ!」
余りのスピードで抱きつかれたので、彩は後ろに倒れ込んだ。
それを鷹也は無意識で彼女を両手で受け止めていた。
たくましい両腕。
いつもその腕に支えられて来た。
体も魂さえも。
彩はこのまま泣きながら鷹也の胸の中に甘えたかったがこらえた。
涙が出掛かったがこらえた。
大きく息を吸い込んで二人に背を向ける。
「きょ、今日は……スズの好きなひき肉のお好み焼きにしようかぁ」
「わぁ~い! やったぁ~」
「そうかぁ。お好み焼きが好きなのかぁ」
「そうだよ。パパは知らなかっただろぉ~。……ちゃんと……覚えておいてよね……」
「お……おう……」
彩はそのままキッチンに向かって行った。
鷹也は気迫あるその背中を見つめていた。
彩がどこへもいけないことを知っている。もしもどこかに行くならばそれはそれで構わないほどの気持ちになっていた。
彩は一時間ばかり車の中にいた。
どうしていいか分からなかったのだ。
家に入れば子供の前で怒られるかもしれない。
入らなければそれも怒られるかもしれない。
その内に車の前にある家の小窓が開いて、ひょっこりと鈴が首を出した。
「スズ!」
「ママ~。どうしておうち入んないのぉ~?」
先ほどのグズりはどこへ行ってしまったのか。
楽し気な表情で遊んでいるようだった。
「パパは?」
というと、鈴は唇の前に指を立てた。
「今ね。かくれんぼしてりゅの。パパ、オニなの」
パパは鬼……。ズキンとする言葉。
自分は家をかき乱した。
その罪は癒えることはない。
だが、自分の家族はここにしかいない。
自分の居場所はここにしかない。
例え、1日だけでも一生懸命尽くすしかない。
自分にはそれしかできない。
覚悟を決めた。誠意なんて嘘っぱちはどうでもいい。
ただ娘を、鈴を。夫へ、鷹也へ託すだけ。
説明しなくてはいけないことが山ほどある。
伝えきれるかなんて分からない。ただ残された時間にやるだけだ。
思いきって立ち上がった。
家に入ると、鷹也はガニマタで鬼の真似をして鈴を捜していた。
だが、彩が入ってくると姿勢をただして不機嫌な顔で睨みつけた。
「ただいま」
そう言ってニコリと気丈に笑った。
その笑顔が鷹也の胸を打つ。
鷹の凍り付いた胸が少しだけ溶けるのが分かる。
その笑顔が好きなのだ。そこに惚れた十年前の自分がいる。
だがダメだ。自分に言い聞かせる。
この女は浅はかな理由で自分を裏切ったのだ。
彩は家に上がり込むと、鷹也と同じ格好をした。
「うまそぉな子供の匂いがするぞぃ~」
そう言って眉毛の上に手を当てて滑稽な姿で辺りを見回す。
鷹也はさっきまで泣いていた女のギャップについ笑いそうになった。
だが、その気持ちを強引に心の万力で押さえつける。
「どこだ。どこだ。どこだ」
歌舞伎の大見得の形で片足でトントンと進んで行き、鈴のいた部屋を思い切り全開にして叫んだ。
「みぃつけたぁ~!」
そう言うと、鈴は満面の笑みで母親に抱きついて来た。
「怖いよぉ~! ママのバカぁ!」
余りのスピードで抱きつかれたので、彩は後ろに倒れ込んだ。
それを鷹也は無意識で彼女を両手で受け止めていた。
たくましい両腕。
いつもその腕に支えられて来た。
体も魂さえも。
彩はこのまま泣きながら鷹也の胸の中に甘えたかったがこらえた。
涙が出掛かったがこらえた。
大きく息を吸い込んで二人に背を向ける。
「きょ、今日は……スズの好きなひき肉のお好み焼きにしようかぁ」
「わぁ~い! やったぁ~」
「そうかぁ。お好み焼きが好きなのかぁ」
「そうだよ。パパは知らなかっただろぉ~。……ちゃんと……覚えておいてよね……」
「お……おう……」
彩はそのままキッチンに向かって行った。
鷹也は気迫あるその背中を見つめていた。
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