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epilogue
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ローラはジョエルを棺に入れた。そして鍵のなくなった小さめの箱を顔の横に入れる。
「一体、何が入っているのかしらね? 中身はそんな大切なものでしたの? ねぇ、ジョエルさま。教えてください」
ジョエルの遺体にしがみついて泣くローラに、彼女の子供たちは言う。
「気になるならお母さま、開けてしまえばいい」
「でも、鍵はもうないのよ?」
「簡単ですよ。工具を使えばすぐです。中身を傷付けずに開けれますよ」
ローラは少しだけ考えたが、小さく頷いた。
「ええ。やってしまって。私、お父様の秘密を見てみたい。でもね、あなたたちはダメ。開けたらすぐに出て行って」
「はい、お母さま」
子供たちは箱を取り囲んで、バールを使って簡単に箱をこじ開けた。そして中身を見ずに、部屋から立ち去ったのだ。
ローラはそれをドキドキしながら開けると、そこには安っぽい銀の指輪と、一度くらいしか使われたことがない、毛糸の帽子と手袋が入っていた。
ローラはそれを手に取って、さめざめと泣く。
「この毛糸の手袋も帽子も見覚えがある。だって、私がジョエルさまへとプレゼントしたマフラーを作る横で、お姉さまはこれらを作っておられましたもの。この指輪も、お姉さまが最後までつけていたものと同じ……。ねぇ、お姉さま。あなたは、とてもウソつきだったのね。あの生誕祭の日に、一緒にいたのは、一緒にいたのは……」
ローラは泣きながら、細い腕を振り上げて床板をひとつだけ叩いて叫ぶ。
「バカ! バカ! お姉さまもジョエルさまもバカよ! 私がいくらジョエルさまを好きだったとしても、二人が愛し合ってるなら喜んで身を引いたわよ! それを、それを私を気遣って、心にもない結婚をするなんて!」
ローラは、ジョエルの左手の薬指に嵌められた、自分たちの誓いの指輪を外し、銀の指輪を嵌めてやった。
「ジョエルさま。あなた、最初の頃とっても意地悪でしたわよね。つまりそういうわけでしょう? お姉さまとジョエルさまの間では、別れもなにもまとまっていなかった。でもある時からジョエルさまは吹っ切ったように私を愛してくださいました。きっとお二人の中で、死後のお約束をなすってたのだわ。だからこうして死出の旅にこれを持っていきたかったのね。分かるわよ。私はあなたの妻ですもの。ねぇ、ジョエルさま。今生では私、幸せでしたわ。それはお姉さまとあなたにたくさんの愛を貰ったから。ですから、来世ではお二人の邪魔はしません。そうですわね……、私のことは娘にでもしてくださいませ」
そして、目を閉じているジョエルへと微笑んだのだった。
◇
それから時が流れて、ローラも死に、モンテローズの当主も代わってしまった時代。
町の産院から、一つの産声が上がった。
「おおい、旦那。時計屋の旦那。生まれたよゥ。元気な男の子だい」
産婆は、部屋の外にいた時計屋の主人へと呼び掛けると時計屋の主人は喜んで妻を労った。
「ありがとうソニア。良くやってくれた!」
「あなた。この子の名前、考えてくれてた?」
「もちろん。ウチのじいさまの代にはね、このモンテローズのご領主が勤めていた時期があったんだよ。そのご領主さまの腕が良くてね、そのかたのお名前を頂戴した」
「あら、なんというお名前?」
「ジョエルだよ。いい名前だろ?」
「本当だわ。あら。この子の手に、何か握られてない?」
「本当だ……。これは、指輪だよ。銀の指輪だ」
「へー! すごい。きっと幸運な子ね!」
しかし、産婆は冷めたように言う。
「別にね、珍しいもんじゃないよ」
「そうですかね?」
「あたしゃ、この土地で三十年産婆をやってるけどね、他にも銀の指輪を持って産まれた子を知ってるよ。ほら、この角の花屋の子さ。名前はなんていったかねぇ? そうそう、シャロンの薔薇農園から名前を頂いたんだっけね。だから名前はシャロンだよ。たしか二歳の女の子になってるはずさ」
「へぇ。花屋の……。偶然ってあるもんですねぇ」
◇
花屋のシャロンと時計屋のジョエルはすくすく育ち、年頃になると互いを意識始めた。
「ねぇ、シャロンさん。今度の生誕祭は一緒に過ごしません?」
「いやよ。あなたはイヤらしいことしか考えてないもの」
「まさか、そんな気は……」
「ないのね?」
「ないです。ないない」
「あら、ないの?」
「それは……、あります」
「やだ、イヤらしい。向こうに行ってよ。シッシッ」
「いいや、行きませんよ。いいじゃないですか。一緒に過ごしましょうよ~」
「まったく。ハイハイ。何時にどこ?」
「では、あの時計台の下で17時に」
「分かった、分かった」
「そこでですね」
「うん」
「前に言っていた、産まれた時に持っていたという銀の指輪を持ち寄りましょうよ。それが二人の運命を繋ぐものなのか確かめたいです」
「ふーん。お前、ロマンチストだな。でも合わなかったらどうするの?」
「それは……その時は別の指輪をプレゼントします。ドキドキしますね」
「逆に運命じゃなかったとか思い知らされるようでいやだな~」
「まぁまぁ、そんなこと言わないで」
そして二人はレストランの食事の後で、小さなチャペルへと向かい神の前で誓い合う。あの時の指輪を互いに嵌めあって──。
「本当に、お互いの指にピッタリですね」
「へー。きっと前世でも夫婦だったんだわ。私たち」
「前世でも、俺、平手で叩かれてたのかなぁ……」
「なんか言った!?」
「いいえ、まさか! 言うわけないでしょう?」
「だったら良いのよ」
「ねぇ、シャロン聞いて。前世なんてどうでもいい。俺は君が好き。愛してる。君に会えて最高の幸せだ。二人はこれから楽しいだけの毎日じゃない。時には喧嘩もし、寂しい夜を過ごすこともあるかもしれない。だけどね、君のその時が来るまで一緒にいる。このリングに誓うよ。これは俺たちの絆。俺たちの命。約束しよう。君を一生幸せにすると……」
「……ええ」
「愛してるよ、シャロン」
「私もよ、ジョエル」
二人はリングに誓い合って、そして吉日に多くの人々に祝福されながら──、結婚した。
◇
それから数年経って、産院から産声が上がる。
「ありがとうシャロン。俺の子を産んでくれて……」
「凄い痛かったぞ。お前のせい!」
「それは──、ごめんなさい」
「まったく、男なんて楽なものね。後で百発殴るからな、覚悟しとけ」
「おいおい、怖いな」
「ところで、女の子の名前も考えてくれてたんでしょうね」
「もちろん。この子の名前はローラだよ」
「そう、可愛いでちゅねー、ローラ、よしよしよし」
今まさに、あの時の約束は叶えられようとしている。一歩、一歩、二人の人生の先に進みながら……。
今度こそ約束が違えられぬことを祈る。どうか神よ、彼らに永久の祝福を与えたまえ!
Fin
「一体、何が入っているのかしらね? 中身はそんな大切なものでしたの? ねぇ、ジョエルさま。教えてください」
ジョエルの遺体にしがみついて泣くローラに、彼女の子供たちは言う。
「気になるならお母さま、開けてしまえばいい」
「でも、鍵はもうないのよ?」
「簡単ですよ。工具を使えばすぐです。中身を傷付けずに開けれますよ」
ローラは少しだけ考えたが、小さく頷いた。
「ええ。やってしまって。私、お父様の秘密を見てみたい。でもね、あなたたちはダメ。開けたらすぐに出て行って」
「はい、お母さま」
子供たちは箱を取り囲んで、バールを使って簡単に箱をこじ開けた。そして中身を見ずに、部屋から立ち去ったのだ。
ローラはそれをドキドキしながら開けると、そこには安っぽい銀の指輪と、一度くらいしか使われたことがない、毛糸の帽子と手袋が入っていた。
ローラはそれを手に取って、さめざめと泣く。
「この毛糸の手袋も帽子も見覚えがある。だって、私がジョエルさまへとプレゼントしたマフラーを作る横で、お姉さまはこれらを作っておられましたもの。この指輪も、お姉さまが最後までつけていたものと同じ……。ねぇ、お姉さま。あなたは、とてもウソつきだったのね。あの生誕祭の日に、一緒にいたのは、一緒にいたのは……」
ローラは泣きながら、細い腕を振り上げて床板をひとつだけ叩いて叫ぶ。
「バカ! バカ! お姉さまもジョエルさまもバカよ! 私がいくらジョエルさまを好きだったとしても、二人が愛し合ってるなら喜んで身を引いたわよ! それを、それを私を気遣って、心にもない結婚をするなんて!」
ローラは、ジョエルの左手の薬指に嵌められた、自分たちの誓いの指輪を外し、銀の指輪を嵌めてやった。
「ジョエルさま。あなた、最初の頃とっても意地悪でしたわよね。つまりそういうわけでしょう? お姉さまとジョエルさまの間では、別れもなにもまとまっていなかった。でもある時からジョエルさまは吹っ切ったように私を愛してくださいました。きっとお二人の中で、死後のお約束をなすってたのだわ。だからこうして死出の旅にこれを持っていきたかったのね。分かるわよ。私はあなたの妻ですもの。ねぇ、ジョエルさま。今生では私、幸せでしたわ。それはお姉さまとあなたにたくさんの愛を貰ったから。ですから、来世ではお二人の邪魔はしません。そうですわね……、私のことは娘にでもしてくださいませ」
そして、目を閉じているジョエルへと微笑んだのだった。
◇
それから時が流れて、ローラも死に、モンテローズの当主も代わってしまった時代。
町の産院から、一つの産声が上がった。
「おおい、旦那。時計屋の旦那。生まれたよゥ。元気な男の子だい」
産婆は、部屋の外にいた時計屋の主人へと呼び掛けると時計屋の主人は喜んで妻を労った。
「ありがとうソニア。良くやってくれた!」
「あなた。この子の名前、考えてくれてた?」
「もちろん。ウチのじいさまの代にはね、このモンテローズのご領主が勤めていた時期があったんだよ。そのご領主さまの腕が良くてね、そのかたのお名前を頂戴した」
「あら、なんというお名前?」
「ジョエルだよ。いい名前だろ?」
「本当だわ。あら。この子の手に、何か握られてない?」
「本当だ……。これは、指輪だよ。銀の指輪だ」
「へー! すごい。きっと幸運な子ね!」
しかし、産婆は冷めたように言う。
「別にね、珍しいもんじゃないよ」
「そうですかね?」
「あたしゃ、この土地で三十年産婆をやってるけどね、他にも銀の指輪を持って産まれた子を知ってるよ。ほら、この角の花屋の子さ。名前はなんていったかねぇ? そうそう、シャロンの薔薇農園から名前を頂いたんだっけね。だから名前はシャロンだよ。たしか二歳の女の子になってるはずさ」
「へぇ。花屋の……。偶然ってあるもんですねぇ」
◇
花屋のシャロンと時計屋のジョエルはすくすく育ち、年頃になると互いを意識始めた。
「ねぇ、シャロンさん。今度の生誕祭は一緒に過ごしません?」
「いやよ。あなたはイヤらしいことしか考えてないもの」
「まさか、そんな気は……」
「ないのね?」
「ないです。ないない」
「あら、ないの?」
「それは……、あります」
「やだ、イヤらしい。向こうに行ってよ。シッシッ」
「いいや、行きませんよ。いいじゃないですか。一緒に過ごしましょうよ~」
「まったく。ハイハイ。何時にどこ?」
「では、あの時計台の下で17時に」
「分かった、分かった」
「そこでですね」
「うん」
「前に言っていた、産まれた時に持っていたという銀の指輪を持ち寄りましょうよ。それが二人の運命を繋ぐものなのか確かめたいです」
「ふーん。お前、ロマンチストだな。でも合わなかったらどうするの?」
「それは……その時は別の指輪をプレゼントします。ドキドキしますね」
「逆に運命じゃなかったとか思い知らされるようでいやだな~」
「まぁまぁ、そんなこと言わないで」
そして二人はレストランの食事の後で、小さなチャペルへと向かい神の前で誓い合う。あの時の指輪を互いに嵌めあって──。
「本当に、お互いの指にピッタリですね」
「へー。きっと前世でも夫婦だったんだわ。私たち」
「前世でも、俺、平手で叩かれてたのかなぁ……」
「なんか言った!?」
「いいえ、まさか! 言うわけないでしょう?」
「だったら良いのよ」
「ねぇ、シャロン聞いて。前世なんてどうでもいい。俺は君が好き。愛してる。君に会えて最高の幸せだ。二人はこれから楽しいだけの毎日じゃない。時には喧嘩もし、寂しい夜を過ごすこともあるかもしれない。だけどね、君のその時が来るまで一緒にいる。このリングに誓うよ。これは俺たちの絆。俺たちの命。約束しよう。君を一生幸せにすると……」
「……ええ」
「愛してるよ、シャロン」
「私もよ、ジョエル」
二人はリングに誓い合って、そして吉日に多くの人々に祝福されながら──、結婚した。
◇
それから数年経って、産院から産声が上がる。
「ありがとうシャロン。俺の子を産んでくれて……」
「凄い痛かったぞ。お前のせい!」
「それは──、ごめんなさい」
「まったく、男なんて楽なものね。後で百発殴るからな、覚悟しとけ」
「おいおい、怖いな」
「ところで、女の子の名前も考えてくれてたんでしょうね」
「もちろん。この子の名前はローラだよ」
「そう、可愛いでちゅねー、ローラ、よしよしよし」
今まさに、あの時の約束は叶えられようとしている。一歩、一歩、二人の人生の先に進みながら……。
今度こそ約束が違えられぬことを祈る。どうか神よ、彼らに永久の祝福を与えたまえ!
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