バレンタインにフラれた

家紋武範

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番外編3 へんしーん!

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 達也さんは歯ぎしりをして、その女の背中を見ていたが、やがて私を見ながらにこやかに座った。

「ゴメンね。前はあんなヤツじゃなかったんだけど」
「誰……ですか?」

「前カノだよ。ヒドいもの見せちゃって」
「前……カノさん……?」

 それから、達也さんが話し掛けてくれるものの、私は言葉数少なく返した。

 あんなにキレイでスレンダーな人が元カノさんで、私が今カノ……。全然違う。あれが達也さんの好みなら、私は全然かけ離れてる。
 私は無言で立ち上がり、達也さんに背を向けて歩き出した。

「さ、紗菜。どうした?」

 その言葉を背中に受けても、私は立ち止まらずに出口に歩き出す。目からは大量の涙。ブスがぐちゃぐちゃになって泣いているなんて、なんて見苦しいんだろう。人がたくさんいるショッピングモールで。

 あの人の言うとおりだ。達也さんはフラれたショックで、かなりレベルを下げて私なんかに声をかけたんだ。
 釣り合いのとれないカップル。自覚してるもの。私なんか、連れて歩ける女なんかじゃない──。





「ちょっと待ってったら!」

 彼は私の肩を掴んで自分の方向に向け、私の涙を指で拭った。

「放してください。からかいならもうやめて!」
「どうしてそんなこというんだ!? 怒るぞ!?」

「だって、あの人の言うとおりなんだもの。私なんか達也さんに釣り合う女じゃない。ブスでチビでデブな釣鐘女ですもの」
「バカ!!」

 彼は私に顔を近づける。そして、ニコリと笑った。

「どうして自分を卑下する必要があるんだ? 俺は知ってる。紗菜は可愛い。鏡を見たことないのか? ダイヤモンドのように可愛らしい。そして内面は何よりも美しい」
「えっ? そんなこと……」

 私は無条件で評価する達也さんに真っ赤になってしまった。

「そんなことあるよ、自分を信じろ!」
「自分を?」

「そうだとも。少し先の未来には、そんな自分を卑下する紗菜なんてどこにもいなくなってるぞ?」

 それは、なんだろうか──。

 まるで未来を見てきたからのような自信に満ちあふれた言葉だった。





 達也さんのその言葉がきっかけだった。恋の力は偉大だというが、まさにそうだ。

 食事の改善。日々の運動。徒歩で移動できる範囲は歩く。
 たったそれだけ。それだけのことで、私は一年後に100kgから47kgになっていた。
 ジョギングをする際には、達也さんも付き合ってくれたので、苦しさよりも楽しさが勝った。

 付き合って二ヶ月後には、私たちはより親密になった。私はこの頼り甲斐のある魔法使いに全てを委ねたのだ。彼は普段は優しいけど、この時ばかりはちょっと変態さんかな……。
 この時から呼び名を『タッちゃん』に変えた。タッちゃんは物凄く喜んで、私をずっと抱きしめてくれていた。

 痩せると色んなものが着れる。オシャレも楽しくなった。
 職場でも女性職員の友だちが出来た。男性職員は目の色を変えて、食事に誘うようになったが全部断った。
 だって私にはタッちゃんがいるんだもーん。





 タッちゃんとのデートも、一緒に歩く劣等感がなくなった。タッちゃんが差し出してくる手を繋いで歩くのも、人に見られても気にならない。

 アーケードをデートしているとき。またタッちゃんの元カノさんが、向こうからやって来るのが見えて、私は恐怖で下を向いてしまった。
 それに気付いたのか、タッちゃんは守るように私の前に立ったが、やはり元カノさんは絡んできた。

「あーら達也。また女変えたの~? 私に振られて自暴自棄になって、取っかえ引っかえ。アンタも気を付けたほうがいいわよ」

 元カノさんは私の方を見る。

 え? “また”ってどういうこと? 私の知らない人? とタッちゃんを見上げると、タッちゃんは眉をつり上げて元カノさんに抗議した。

「何言ってんだ。これは前にショッピングモールで一緒だった紗菜だ。彼女は努力してこういう風になったんだ!」
「は!? んなわけないでしょう?」

「本当だ。なんで幸せな俺達の前に割り込んでこようとするんだ。俺を振ったのはお前だろ」
「あのさぁ。工場勤めのアンタ風情が、幸せを装ってるのが見苦しいの。敗北者らしく隅っこ歩いてなさいよね。ちなみに、私の今カレは医者よ?」

「だからどうした。工場だろうと、医者だろうと、パートナーを幸せにすることが男の努めだ」

 そういうと元カノさんはますます激高。

「なにが幸せよ! たとえ浮気してようと男は金持ってなきゃダメよ!」
「浮気……されてるんですか?」

 ついいってしまった。元カノさんの柳眉が逆立つ。

「アンタねぇ! 元ブスのクセして!」
「きゃ!」

 彼女が掴みかかろうとするのを、タッちゃんは守ってくれた。

「あのぅ……」

 その時、私たちに声をかけて来る人がいたので、そちらのほうに視線を向けると、カメラを持った記者風の人が立っていた。

「カジュアル市内冊子『タウンタウン』の記者で浜松といいます。来月は創刊20周年特別号でして、“街で出会った美女”コーナーには飛び切りのかたを探してたんです。お写真を数枚撮らせて頂きたいのですが、お邪魔ですか?」

 タウンタウン! 知ってる! ウチの市内のデートスポットとか、グルメガイドとかやってる16ページのカラー冊子!
 美女コーナーは、表紙と2ページ目のヤツだ。
 元カノさんは臨戦態勢を解いて、笑顔を作って記者に笑いかけた。

「ああん。いつも見てます~。それに掲載されるなんて光栄ですわ」

 彼女は、タッちゃんにそらみなさいとばかりに視線を送ってきた。

「あ、いえ。お友だちのほうの──」

 と、そのカメラのレンズは私の方を向いていた。

 ええええええーーーーッ!!?
 私?

 真っ赤になって沸騰。頭から湯気が出てるかも。

「な。紗菜。いったろ? 自信を持てよ。紗菜は可愛い。記者の人が目に留めるほどに」

 私は激しく数度頷くと、記者の人に帽子を取るように言われたので慌ててとった。湯気が出てないみたいでよかった。

「なによ! 見る目がないわね!」

 そういって元カノさんは足を鳴らして行ってしまった。記者の人はその背中を見ながら言う。

「ああいう美人はたくさんいますよ。でもね、人の目を引く、体のアピールがあるってのだけではダメなんです。街を幸せにするような笑顔。誰でも憧れるような、太陽のような。そんな人が今回の表紙に相応しいんですよ」

 もう記者の人の言葉は曖昧にしか聞いてなくて、目の焦点があってるか心配だったけど、次の月に出た『タウンタウン』には、はにかんだ笑顔の私がいた。
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