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ゴブリンが来る!
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ゲーム。小さい頃から得意なものといえばこれだ。
人より突出して優れている自信がある。それはどんなゲームでも。
アクション、ロールプレイング、パズル、脱出、なんでもござれだ。
実際にEスポーツで賞金をもらったこともある。
しかしはっきりいって張りがない。
コンピュータになんて負ける気はしないし、人間のプレイヤーにだって大きな差がある。
どこかに張りのあるゲームはないかと思っていた矢先だった。
中学時代の友人に誘われて彼の家に通されると、渡されたのは眼鏡よりも少し厚みがある程度のゴーグル。
「なにこれ」
訪ねると彼は少しばかりため息をつく。
「VRゴーグルだよ」
「うそだぁ」
そう。そんな風には見えなかった。
本当に眼鏡みたいなものなんだ。しかし、眼鏡とも感覚が違うような気がしないでもない。
「実際にかけてみれば分かる」
そういわれてかけてみるなんて簡単なことだ。たたまれている眼鏡のつるを開いて自分の耳にかける。
そこには、怯えるような友人の顔が見える。
「やっぱりただの眼鏡だよ」
「そう。はじめはな」
「ふぅん」
VRゴーグル。つまりこれをかけるとゲームができるってものなのか?
今までかけてきたVRゴーグルとは全然違う。やっぱりただの眼鏡だ。
こんな友人のたわごとに付き合ってる暇はない。
「やっぱりただの眼鏡だよ。それとも電源がオフなのかな~?」
「……もう始まってる」
「へー! ジャンルは?」
「さぁ……? ホラーかな?」
「あっそ」
「ヒヒヒヒヒヒ」
「なにが面白い?」
「……俺じゃない」
「は?」
「ヒヒヒヒヒヒ」
そう。笑い声は友人の方から聞こえるが彼は笑っていない。
彼の後ろにある本棚。そこに小さな影が見える。
「なんだ?」
「ゴブリンだ。絶対にクリアしてくれよ」
友人がそういうと、本棚から緑色の顔、とがった鼻。頭にはとんがり帽子をかぶった30センチほどの妖精のようなものがまち針に似たものを持って飛びかかってきた。そのスピードは速い。
だが今までのゲームで培った目がそれを完全に捕らえる。
利き手の甲でゴブリンを空中で払いのけた。
それは小さく唸ると友人のベッドの足にぶつかってぐったりとなって動かなくなった。
「な、なんだ今の。この死んでるのは?」
「え? 殺したのか?」
「え? うん。まぁ」
それは動かない。完全に戦闘不能だ。
「へー。さすがだな」
「なにこれ。ゲームなの? すっごいリアルなんだけど」
「ああ。実はそれは拾ったんだよ。それからだ。日常の生活にゴブリンが現れだしたのは。俺は一度も殺せなかった。動きは速いし何度針で刺されたことか。でもそのゲームは止めれないんだ。眼鏡を外して離脱しても、いつの間にかつけたくなる。多分クリアするまで」
「はぁ……」
「多分異世界のゲームだと思う。メーカー名も書いてないし。素材もなんなのかわからない」
それを聞いて眼鏡を外し改めてそれを見てみる。
たしかに何の素材か不明だ。どこにもメーカーのロゴもどこで作られたかも書いていない。怪しいことこの上ない。
「マジか。おもしれーじゃん」
「そう思うか? よかった。じゃぁクリアしてくれよ。そうしてくれれば多分俺も救われると思うんだ」
「オーケーオーケー」
俺はしばらくそのゴブリンが湧いてくるゲームに没頭した。
物陰から突如飛び出す恐ろしい顔には最初は驚くが慣れる。これはゾンビシューティングにも関連するが、友人の部屋で見た初めのゴブリンが印象深いだけで徐々に慣れていく。
これは俺がゲーム脳だからなのかも知れない。
それから数日。友人へと電話をかけた。
「もしもし」
「オッス。あれマジですげぇ!」
「そうか。どうだ首尾は」
「結構進んだぞ」
「進んだ?」
「ああ。普段家にいるのは緑色の帽子を被ったゴブリンだ。これは家の中に何百匹もいるが全て倒して平穏だ。簡単に素手で倒せる代物なんだ。そのうちにレベルが上がる。それはゴーグルに表示されてわかるんだよ。一度見逃すともう出ないのが難点だけどな」
「へ、へぇ。マジか」
「それでな、LV10で短めの剣が手の中に常備されるんだ。襲ってきてもそれだと簡単に倒せる」
「すげぇ!」
「その剣を手に入れたら、ゴーグルに矢印のガイドがでてな。次の戦場に案内されるんだ。人気のない夜の公園。ショッピングモールの屋上。小学校の校庭」
「うぉ~。そんな3エリアも進めたんだ!?」
「公園では赤い帽子をかぶったゴブリン。これは緑のより一回り大きくて一撃では倒せない。ジャンプ力も大きくて集団で襲ってくる。最初はゴーグル外して一時離脱しようと思うくらいしつこかったけどな。あいつら手を押さえて離脱させないんだ」
「マジかよ。こえぇ!」
「だろ? あの時はマジで焦ったけど、木に叩き付けて倒した。マジでやばかった。でもそれ以来どのエリアでも赤ゴブリンは出てくるからマジで厄介」
「それで?」
「ショッピングモールは黒帽子のゴブリン。これは小さい子供くらいのサイズ。力も強いし壁とか走って襲ってくるんだ」
「トリッキーなんだな」
「そう。これは剣で斬るだけでは死なない。死んだフリもするしな。こいつは剣で突くんだ」
「へぇ。それぞれ攻略法があるんだな」
「そう。最初は突いたときの重たい感触になんか冷や汗かいたしいい気分じゃなかったけど、とりあえずクリアしないとな」
「ああ。そうだな~。で校庭は?」
「うん。これは今までのゴブリンとは違う。デカいのだった。亜種なのかな? 3メートルくらいあるし、ステージには緑ゴブリンも赤ゴブリンも黒ゴブリンもいてそれぞれ襲ってくるんだよ」
「うぇ~。でもそれもクリアしたんだろ?」
「ああ。今の装備では5回攻撃食らってもダメージ受けない防御スーツ着てるからな」
「レベルあがるとそんなになるんだ」
「そう。でも何回大丈夫かわからないからためしに五回なぐらせちゃったこともあって本気の一撃をくらってマジで痛かった」
「バーチャルでもやっぱり痛いだろ。俺も針で刺されたの痛かった」
「やっぱりこれはゲームだよ。眼鏡を外せば痛みの余韻はあるけど死ぬ訳じゃない。今日は多分最終ステージだ。もうすぐクリアだよ」
「マジか。やった!」
「明日の報告を楽しみにしててくれよ」
友人との電話を終えて改めて自分の装備を見る。
利き腕には細身の長剣。体には銀の肩当てと胸当てのついた黒いゴムで出来たような防御スーツ。左腕には四角く長い銀色の盾。足には高く跳躍できるブーツ。高いところから着地しても平気だ。
これならば次のファイナルステージだって楽にクリアできるはずだ。
その晩、ゴーグルをかけて長剣を見ながらガイドが出るのを待っていた。
するとゴーグルにガイドが現れ、激しく点滅している。
これはファイナルステージだからであろう。
俺は立ち上がり、ガイドのさす方へ急ぐ。
それは街の中。大きな交差点。車がビュンビュン行き交い、人も大勢いる。
「え? ここでやるのか? さすがに恥ずイんだけど」
そのとき、ビルの影から牛の息のようなものが聞こえる。
街にいる大勢の人々もそちらを見上げて大きな悲鳴を上げる。
「え!? 悲鳴? みんなも見えてるか?」
続いてビルが粉々になって崩れ、それの全貌が現れる。
小学校の校庭にいた大きなゴブリンのさらに大型だ。20メートルはある。
しかもそれが見えるのは俺だけじゃない。
みんなこの交差点から走って逃げようとしている。
車からも急ブレーキの音。運転手は歩道に走る。
だが大型のゴブリンはそれに拳を振り下ろす。さっきまでいた人が地面のへこみの中に消えた。覗き込めばそこにいるのかもしれないが恐ろしくてそんなこと出来ようはずもない。
「ご、ゴーグルを外せば!」
俺はゴーグルを外してそちらを見ると、そこにはゴブリンはいない。
ホッとしたが、地面はへこんだまま。人々の悲鳴も聞こえたままだ。
「う、うそだろ!?」
慌ててゴーグルをつければそれはいる。俺から30メートル先。
逃げ惑う人々。そこへ巨大なゴブリン。それはゲームの中ではないのか?
恐ろしくてガタガタと震えると、左腕が重たくなる。
「な! あ、赤ゴブリン!」
それは1匹だけではない。逃げ惑う人々の足に絡み付いて転ばせている。
人々が逃げ惑う先には黒ゴブリンの集団。完全に囲まれている。
これがファイナル。ファイナルステージなのか?
左腕にしがみつく赤ゴブリンをビルの壁に叩きつけ解放される。
このゴブリンを倒せる武器を持つのは俺しかいない。
なんてことだ。だが押し寄せる興奮。
ゲームの世界にいながら現実の世界にもいる。
何が起きているのかまったく分からない。
本当にこれは異世界の道具なのかもしれない。
人々に絡み付くゴブリンを倒すべきか?
それとも大ボスを倒すべきか?
セオリーならば邪魔な雑魚たちを倒すべきなのかもしれない。
しかしやつらは今人々を襲うのに夢中で意識が分散されている。
大ボスだってまだ俺に気づいているわけじゃない。
「い、行くぞ!」
震える足に力を入れる。装備しているブーツは高く飛べる。
だがひとっ飛びでは20メートルも飛べない。
隣接したビルの壁を蹴って、壁を蹴って、そこから跳躍。
スキも大きいし気づかれるかもしれない。
だから一撃で急所を狙わなくては。
喉か? 目か?
喉を突き刺せば重要な器官を壊せて絶命するかもしれない。
喉だ。喉にしよう。
大ボスは大勢の人々を追い回すのに夢中だ。
俺は駆け出した。赤ゴブリンが二、三体しがみついてくるが構いはしない。
目指すは大ボス。
大ボスの近くにある壁を蹴る。
その音で大ボスはこちらを向いた。
しまった!
しかしやるしかない。
さらに隣接するビルの壁を蹴る。
体勢を攻撃に変える。思い切り足を曲げて大ボスの喉をめがけて体を伸ばした!
大ボスが防御に転じる。
体を丸めて大きな腕を前に回す。
これでは喉側を刺すことができない。
俺は丸まった大ボスの肩へ乗ると後ろへと回り、首元を刺す。
その時。高い音を立てて長剣が割れた。
割れてしまった。
唯一の頼りであったその剣の割れ口を見る。
大ボスは大声を上げて俺を振り落とすように仰け反る。
そう。そんな剣を眺めている暇はない。逃げなくては!
赤ゴブリンが数体、未だにしがみついている。
それをひっぺがしてただ走る。大ボスから離れるように。
しかし、大ボスは完全に俺に的を絞っている。
あの大きな足で踏みつけられたらたまらない。
この防御スーツはどのくらいもつのだろう。
大ボスの一撃くらいは耐えられるのだろうか?
武器が無くなった今、頼りは防御スーツと盾。そしてブーツだ。
「くそぉぉぉーーーー! どう攻略すりゃいいんだ!」
大ボスの雄叫びが追いかけてくる。
死──。
まっさきに思いつく。
だが俺が死んだら誰がこのゲームを攻略するんだろう。
辺りには悲鳴と怒号。
平和な日本がなぜこんなことに。
装備されたブーツの性能があってか、大ボスから身を隠すことが出来た。
ビルの隙間に入り込めたのだ。
大ボスの足跡が遠くに離れていく。
考えろ。どうすればいい。
逃げたって眼鏡を外したってゲームは終わらない。
どうすればいい。考えろ。
すると、空を切る音が上空から聞こえる。
大勢の人々がそれを見上げると戦闘機だ。
それが大ボスを狙っている。
「マジかよ! こんな街中でぶっ放すの?」
そう思うと、本当にミサイルが発射されてきた。それが大ボスに直撃。
爆風が街を通り抜ける。
「こりゃ後から大問題になるぞ!? でも良かった。助かったァ~。大ボスは?」
灰色の煙。それがしばらく街の中を包んでいたが動きがある。
「う、ウソだろ?」
そう。そこには大ボスが無傷で突っ立っている。
怒ったのか太い両腕をグルグルと回転させてビル街を破壊していく。
「くっそう。このままではここだってダメだ。このゲーム、攻略するのになんのヒントもないのかよ」
今までのゴブリンは物理攻撃で倒すことが出来た。
それは叩き付けたり、剣で切ったり、突いたり。
だけど、戦闘機のミサイルにも無傷。それって俺じゃないからなのか?
大ボスの破壊したビルの欠片がこちらに飛んでくる。
それを左腕の盾でガードした。
ノーダメージだが、それだけだ。なんの攻略にもならない。
「宝箱の中に武器が入ってるとか、そんなのも望めそうにないもんな……」
ふと……。目の前を緑ゴブリンほどのサイズのゴブリンが走り抜けた。
それは黄色い帽子を被っている。
緑と何が違うのか? スピードが違う。
ものすごく早い。
「な、なんだありゃ。でもなんか特殊な感じがする」
すでに黄ゴブリンは光をまといながら街の中を走って離れていく。
「メタ……スラ?」
俺は独り言をいいながら立ち上がった。
そうだ。
今まで装備は何で手に入れた?
買ったわけじゃない。
レベルアップだ。
それで勝手に手の中に現れたり、身を包んだりしてきたんだ。
ゴーグルを外せば見えなくなるけど、このゲームの中には持って来れる。
あの黄ゴブリンを倒せば……。
だがスピードが速い。あっという間に離れていく。
俺は柄とわずかに残る刀身がある剣を片手にそこへ走る。
周りにはたくさんの人々とゴブリンたち。
人間の方が圧倒的に不利だ。
だが人々は気づいた。人から見れば異様な格好だろう。
折れた剣を持った黒い防御スーツの俺の姿は。
なぜか街を駆ける俺に歓声があがる。
まだ何もしていないのに。
どういう心理なんだろうか?
黄ゴブリンは左右に動いたかと思えば、上下に動くこともある。
軌道がよくわからないし、あまりにも離れすぎている。
だけどなんだろう。なんとなく動きがつかめそうな気がする。
そうだ。光を避けている。
車のヘッドライト。街頭の下。それを避けるからあんな動きになるんだ。
ここは街だ。だから光の少ない郊外へ向かうんだ。
でも待てよ? あの方向には……。
黄ゴブリンが向かった先は暗い。
しかしそれがパッと輝く。
そこはグランドで、どこかの会社の球場があったのだ。
街の騒動を知らないのだろうか?
ちょうどナイターの照明がついたのだ。
黄ゴブリンはあわててこちらに向かってくる。
こちらへ。
俺は半分になってしまった剣を構える。
しかし、あれはどのくらいで倒せるのか?
一撃で倒せるものなのか?
あと50メートル。
あと40メートル。
あと30メートル。
その間合いを計っている時だった。
頭に冷たいものが落ちる。そして牛のような息の音。
冷たいものは大ボスゴブリンの唾液だった。
俺の体が自分の意志とは別に空中に舞う。
大ボスに蹴り上げられたのだ。
「クソ! うえぇぇえええーーー!」
だが体はいい方向に飛んでいる。
黄ゴブリンの方へ。
「いってぇけど、このまま行け!」
だが、黄ゴブリンは自慢のスピードで大きく俺の飛ぶ方向を避ける。
「クソ!」
どうすればいい。こりゃもうゲームオーバーか?
正面には大きなビル。俺の体がクルリと回転する。壁に対して大きくしゃがみこみ、全身のバネを使って黄ゴブリンの方へ跳ぶ。
それは、大ボスの足の横を通り抜けて。
大ボスはあまりのスピードに驚いたのかよろめいて尻餅をついた。
その時には俺の壊れた剣が黄ゴブリンをとらえた。目の前で二つに分かれて通り過ぎる。
剣が変わる。
長い長い長剣。だが重くはない。
レベルアップの証だ。
今度は反対方向のビルの壁。
それに先と同じように大きくしゃがみこんだ体勢となり大ボスをとらえる。
あいつはまだ尻餅をついたままだ。
そこへ跳ぶ。人々の歓声が聞こえる中、大ボスの首を横薙ぎに切り落とした。
いつの間にか、俺の体は別の場所にいた。
そこには、よくゲームで目にするような女神。
彼女の口が開く。
「ようこそ。勇者。あなたの力をためさせてもらいました。今この世界は悪しき魔物たちで溢れ、人々は恐怖におののいています。あなたの力でそれを打ち砕くのです」
なるほどね。やっぱりあれは異世界のものだったんだ。
選ばれた俺は異世界転移をしたわけだ。
「じゃあれはミニゲーム的なもんだったんだな」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
でもこれもゲームだ。
いやゲームってのはおかしいか。ゲームはしょせん疑似現実だ。
これは現実。そこで俺の活躍を待ってる人がいる。
Eスポーツよりもずっと楽しめそうだ。
人より突出して優れている自信がある。それはどんなゲームでも。
アクション、ロールプレイング、パズル、脱出、なんでもござれだ。
実際にEスポーツで賞金をもらったこともある。
しかしはっきりいって張りがない。
コンピュータになんて負ける気はしないし、人間のプレイヤーにだって大きな差がある。
どこかに張りのあるゲームはないかと思っていた矢先だった。
中学時代の友人に誘われて彼の家に通されると、渡されたのは眼鏡よりも少し厚みがある程度のゴーグル。
「なにこれ」
訪ねると彼は少しばかりため息をつく。
「VRゴーグルだよ」
「うそだぁ」
そう。そんな風には見えなかった。
本当に眼鏡みたいなものなんだ。しかし、眼鏡とも感覚が違うような気がしないでもない。
「実際にかけてみれば分かる」
そういわれてかけてみるなんて簡単なことだ。たたまれている眼鏡のつるを開いて自分の耳にかける。
そこには、怯えるような友人の顔が見える。
「やっぱりただの眼鏡だよ」
「そう。はじめはな」
「ふぅん」
VRゴーグル。つまりこれをかけるとゲームができるってものなのか?
今までかけてきたVRゴーグルとは全然違う。やっぱりただの眼鏡だ。
こんな友人のたわごとに付き合ってる暇はない。
「やっぱりただの眼鏡だよ。それとも電源がオフなのかな~?」
「……もう始まってる」
「へー! ジャンルは?」
「さぁ……? ホラーかな?」
「あっそ」
「ヒヒヒヒヒヒ」
「なにが面白い?」
「……俺じゃない」
「は?」
「ヒヒヒヒヒヒ」
そう。笑い声は友人の方から聞こえるが彼は笑っていない。
彼の後ろにある本棚。そこに小さな影が見える。
「なんだ?」
「ゴブリンだ。絶対にクリアしてくれよ」
友人がそういうと、本棚から緑色の顔、とがった鼻。頭にはとんがり帽子をかぶった30センチほどの妖精のようなものがまち針に似たものを持って飛びかかってきた。そのスピードは速い。
だが今までのゲームで培った目がそれを完全に捕らえる。
利き手の甲でゴブリンを空中で払いのけた。
それは小さく唸ると友人のベッドの足にぶつかってぐったりとなって動かなくなった。
「な、なんだ今の。この死んでるのは?」
「え? 殺したのか?」
「え? うん。まぁ」
それは動かない。完全に戦闘不能だ。
「へー。さすがだな」
「なにこれ。ゲームなの? すっごいリアルなんだけど」
「ああ。実はそれは拾ったんだよ。それからだ。日常の生活にゴブリンが現れだしたのは。俺は一度も殺せなかった。動きは速いし何度針で刺されたことか。でもそのゲームは止めれないんだ。眼鏡を外して離脱しても、いつの間にかつけたくなる。多分クリアするまで」
「はぁ……」
「多分異世界のゲームだと思う。メーカー名も書いてないし。素材もなんなのかわからない」
それを聞いて眼鏡を外し改めてそれを見てみる。
たしかに何の素材か不明だ。どこにもメーカーのロゴもどこで作られたかも書いていない。怪しいことこの上ない。
「マジか。おもしれーじゃん」
「そう思うか? よかった。じゃぁクリアしてくれよ。そうしてくれれば多分俺も救われると思うんだ」
「オーケーオーケー」
俺はしばらくそのゴブリンが湧いてくるゲームに没頭した。
物陰から突如飛び出す恐ろしい顔には最初は驚くが慣れる。これはゾンビシューティングにも関連するが、友人の部屋で見た初めのゴブリンが印象深いだけで徐々に慣れていく。
これは俺がゲーム脳だからなのかも知れない。
それから数日。友人へと電話をかけた。
「もしもし」
「オッス。あれマジですげぇ!」
「そうか。どうだ首尾は」
「結構進んだぞ」
「進んだ?」
「ああ。普段家にいるのは緑色の帽子を被ったゴブリンだ。これは家の中に何百匹もいるが全て倒して平穏だ。簡単に素手で倒せる代物なんだ。そのうちにレベルが上がる。それはゴーグルに表示されてわかるんだよ。一度見逃すともう出ないのが難点だけどな」
「へ、へぇ。マジか」
「それでな、LV10で短めの剣が手の中に常備されるんだ。襲ってきてもそれだと簡単に倒せる」
「すげぇ!」
「その剣を手に入れたら、ゴーグルに矢印のガイドがでてな。次の戦場に案内されるんだ。人気のない夜の公園。ショッピングモールの屋上。小学校の校庭」
「うぉ~。そんな3エリアも進めたんだ!?」
「公園では赤い帽子をかぶったゴブリン。これは緑のより一回り大きくて一撃では倒せない。ジャンプ力も大きくて集団で襲ってくる。最初はゴーグル外して一時離脱しようと思うくらいしつこかったけどな。あいつら手を押さえて離脱させないんだ」
「マジかよ。こえぇ!」
「だろ? あの時はマジで焦ったけど、木に叩き付けて倒した。マジでやばかった。でもそれ以来どのエリアでも赤ゴブリンは出てくるからマジで厄介」
「それで?」
「ショッピングモールは黒帽子のゴブリン。これは小さい子供くらいのサイズ。力も強いし壁とか走って襲ってくるんだ」
「トリッキーなんだな」
「そう。これは剣で斬るだけでは死なない。死んだフリもするしな。こいつは剣で突くんだ」
「へぇ。それぞれ攻略法があるんだな」
「そう。最初は突いたときの重たい感触になんか冷や汗かいたしいい気分じゃなかったけど、とりあえずクリアしないとな」
「ああ。そうだな~。で校庭は?」
「うん。これは今までのゴブリンとは違う。デカいのだった。亜種なのかな? 3メートルくらいあるし、ステージには緑ゴブリンも赤ゴブリンも黒ゴブリンもいてそれぞれ襲ってくるんだよ」
「うぇ~。でもそれもクリアしたんだろ?」
「ああ。今の装備では5回攻撃食らってもダメージ受けない防御スーツ着てるからな」
「レベルあがるとそんなになるんだ」
「そう。でも何回大丈夫かわからないからためしに五回なぐらせちゃったこともあって本気の一撃をくらってマジで痛かった」
「バーチャルでもやっぱり痛いだろ。俺も針で刺されたの痛かった」
「やっぱりこれはゲームだよ。眼鏡を外せば痛みの余韻はあるけど死ぬ訳じゃない。今日は多分最終ステージだ。もうすぐクリアだよ」
「マジか。やった!」
「明日の報告を楽しみにしててくれよ」
友人との電話を終えて改めて自分の装備を見る。
利き腕には細身の長剣。体には銀の肩当てと胸当てのついた黒いゴムで出来たような防御スーツ。左腕には四角く長い銀色の盾。足には高く跳躍できるブーツ。高いところから着地しても平気だ。
これならば次のファイナルステージだって楽にクリアできるはずだ。
その晩、ゴーグルをかけて長剣を見ながらガイドが出るのを待っていた。
するとゴーグルにガイドが現れ、激しく点滅している。
これはファイナルステージだからであろう。
俺は立ち上がり、ガイドのさす方へ急ぐ。
それは街の中。大きな交差点。車がビュンビュン行き交い、人も大勢いる。
「え? ここでやるのか? さすがに恥ずイんだけど」
そのとき、ビルの影から牛の息のようなものが聞こえる。
街にいる大勢の人々もそちらを見上げて大きな悲鳴を上げる。
「え!? 悲鳴? みんなも見えてるか?」
続いてビルが粉々になって崩れ、それの全貌が現れる。
小学校の校庭にいた大きなゴブリンのさらに大型だ。20メートルはある。
しかもそれが見えるのは俺だけじゃない。
みんなこの交差点から走って逃げようとしている。
車からも急ブレーキの音。運転手は歩道に走る。
だが大型のゴブリンはそれに拳を振り下ろす。さっきまでいた人が地面のへこみの中に消えた。覗き込めばそこにいるのかもしれないが恐ろしくてそんなこと出来ようはずもない。
「ご、ゴーグルを外せば!」
俺はゴーグルを外してそちらを見ると、そこにはゴブリンはいない。
ホッとしたが、地面はへこんだまま。人々の悲鳴も聞こえたままだ。
「う、うそだろ!?」
慌ててゴーグルをつければそれはいる。俺から30メートル先。
逃げ惑う人々。そこへ巨大なゴブリン。それはゲームの中ではないのか?
恐ろしくてガタガタと震えると、左腕が重たくなる。
「な! あ、赤ゴブリン!」
それは1匹だけではない。逃げ惑う人々の足に絡み付いて転ばせている。
人々が逃げ惑う先には黒ゴブリンの集団。完全に囲まれている。
これがファイナル。ファイナルステージなのか?
左腕にしがみつく赤ゴブリンをビルの壁に叩きつけ解放される。
このゴブリンを倒せる武器を持つのは俺しかいない。
なんてことだ。だが押し寄せる興奮。
ゲームの世界にいながら現実の世界にもいる。
何が起きているのかまったく分からない。
本当にこれは異世界の道具なのかもしれない。
人々に絡み付くゴブリンを倒すべきか?
それとも大ボスを倒すべきか?
セオリーならば邪魔な雑魚たちを倒すべきなのかもしれない。
しかしやつらは今人々を襲うのに夢中で意識が分散されている。
大ボスだってまだ俺に気づいているわけじゃない。
「い、行くぞ!」
震える足に力を入れる。装備しているブーツは高く飛べる。
だがひとっ飛びでは20メートルも飛べない。
隣接したビルの壁を蹴って、壁を蹴って、そこから跳躍。
スキも大きいし気づかれるかもしれない。
だから一撃で急所を狙わなくては。
喉か? 目か?
喉を突き刺せば重要な器官を壊せて絶命するかもしれない。
喉だ。喉にしよう。
大ボスは大勢の人々を追い回すのに夢中だ。
俺は駆け出した。赤ゴブリンが二、三体しがみついてくるが構いはしない。
目指すは大ボス。
大ボスの近くにある壁を蹴る。
その音で大ボスはこちらを向いた。
しまった!
しかしやるしかない。
さらに隣接するビルの壁を蹴る。
体勢を攻撃に変える。思い切り足を曲げて大ボスの喉をめがけて体を伸ばした!
大ボスが防御に転じる。
体を丸めて大きな腕を前に回す。
これでは喉側を刺すことができない。
俺は丸まった大ボスの肩へ乗ると後ろへと回り、首元を刺す。
その時。高い音を立てて長剣が割れた。
割れてしまった。
唯一の頼りであったその剣の割れ口を見る。
大ボスは大声を上げて俺を振り落とすように仰け反る。
そう。そんな剣を眺めている暇はない。逃げなくては!
赤ゴブリンが数体、未だにしがみついている。
それをひっぺがしてただ走る。大ボスから離れるように。
しかし、大ボスは完全に俺に的を絞っている。
あの大きな足で踏みつけられたらたまらない。
この防御スーツはどのくらいもつのだろう。
大ボスの一撃くらいは耐えられるのだろうか?
武器が無くなった今、頼りは防御スーツと盾。そしてブーツだ。
「くそぉぉぉーーーー! どう攻略すりゃいいんだ!」
大ボスの雄叫びが追いかけてくる。
死──。
まっさきに思いつく。
だが俺が死んだら誰がこのゲームを攻略するんだろう。
辺りには悲鳴と怒号。
平和な日本がなぜこんなことに。
装備されたブーツの性能があってか、大ボスから身を隠すことが出来た。
ビルの隙間に入り込めたのだ。
大ボスの足跡が遠くに離れていく。
考えろ。どうすればいい。
逃げたって眼鏡を外したってゲームは終わらない。
どうすればいい。考えろ。
すると、空を切る音が上空から聞こえる。
大勢の人々がそれを見上げると戦闘機だ。
それが大ボスを狙っている。
「マジかよ! こんな街中でぶっ放すの?」
そう思うと、本当にミサイルが発射されてきた。それが大ボスに直撃。
爆風が街を通り抜ける。
「こりゃ後から大問題になるぞ!? でも良かった。助かったァ~。大ボスは?」
灰色の煙。それがしばらく街の中を包んでいたが動きがある。
「う、ウソだろ?」
そう。そこには大ボスが無傷で突っ立っている。
怒ったのか太い両腕をグルグルと回転させてビル街を破壊していく。
「くっそう。このままではここだってダメだ。このゲーム、攻略するのになんのヒントもないのかよ」
今までのゴブリンは物理攻撃で倒すことが出来た。
それは叩き付けたり、剣で切ったり、突いたり。
だけど、戦闘機のミサイルにも無傷。それって俺じゃないからなのか?
大ボスの破壊したビルの欠片がこちらに飛んでくる。
それを左腕の盾でガードした。
ノーダメージだが、それだけだ。なんの攻略にもならない。
「宝箱の中に武器が入ってるとか、そんなのも望めそうにないもんな……」
ふと……。目の前を緑ゴブリンほどのサイズのゴブリンが走り抜けた。
それは黄色い帽子を被っている。
緑と何が違うのか? スピードが違う。
ものすごく早い。
「な、なんだありゃ。でもなんか特殊な感じがする」
すでに黄ゴブリンは光をまといながら街の中を走って離れていく。
「メタ……スラ?」
俺は独り言をいいながら立ち上がった。
そうだ。
今まで装備は何で手に入れた?
買ったわけじゃない。
レベルアップだ。
それで勝手に手の中に現れたり、身を包んだりしてきたんだ。
ゴーグルを外せば見えなくなるけど、このゲームの中には持って来れる。
あの黄ゴブリンを倒せば……。
だがスピードが速い。あっという間に離れていく。
俺は柄とわずかに残る刀身がある剣を片手にそこへ走る。
周りにはたくさんの人々とゴブリンたち。
人間の方が圧倒的に不利だ。
だが人々は気づいた。人から見れば異様な格好だろう。
折れた剣を持った黒い防御スーツの俺の姿は。
なぜか街を駆ける俺に歓声があがる。
まだ何もしていないのに。
どういう心理なんだろうか?
黄ゴブリンは左右に動いたかと思えば、上下に動くこともある。
軌道がよくわからないし、あまりにも離れすぎている。
だけどなんだろう。なんとなく動きがつかめそうな気がする。
そうだ。光を避けている。
車のヘッドライト。街頭の下。それを避けるからあんな動きになるんだ。
ここは街だ。だから光の少ない郊外へ向かうんだ。
でも待てよ? あの方向には……。
黄ゴブリンが向かった先は暗い。
しかしそれがパッと輝く。
そこはグランドで、どこかの会社の球場があったのだ。
街の騒動を知らないのだろうか?
ちょうどナイターの照明がついたのだ。
黄ゴブリンはあわててこちらに向かってくる。
こちらへ。
俺は半分になってしまった剣を構える。
しかし、あれはどのくらいで倒せるのか?
一撃で倒せるものなのか?
あと50メートル。
あと40メートル。
あと30メートル。
その間合いを計っている時だった。
頭に冷たいものが落ちる。そして牛のような息の音。
冷たいものは大ボスゴブリンの唾液だった。
俺の体が自分の意志とは別に空中に舞う。
大ボスに蹴り上げられたのだ。
「クソ! うえぇぇえええーーー!」
だが体はいい方向に飛んでいる。
黄ゴブリンの方へ。
「いってぇけど、このまま行け!」
だが、黄ゴブリンは自慢のスピードで大きく俺の飛ぶ方向を避ける。
「クソ!」
どうすればいい。こりゃもうゲームオーバーか?
正面には大きなビル。俺の体がクルリと回転する。壁に対して大きくしゃがみこみ、全身のバネを使って黄ゴブリンの方へ跳ぶ。
それは、大ボスの足の横を通り抜けて。
大ボスはあまりのスピードに驚いたのかよろめいて尻餅をついた。
その時には俺の壊れた剣が黄ゴブリンをとらえた。目の前で二つに分かれて通り過ぎる。
剣が変わる。
長い長い長剣。だが重くはない。
レベルアップの証だ。
今度は反対方向のビルの壁。
それに先と同じように大きくしゃがみこんだ体勢となり大ボスをとらえる。
あいつはまだ尻餅をついたままだ。
そこへ跳ぶ。人々の歓声が聞こえる中、大ボスの首を横薙ぎに切り落とした。
いつの間にか、俺の体は別の場所にいた。
そこには、よくゲームで目にするような女神。
彼女の口が開く。
「ようこそ。勇者。あなたの力をためさせてもらいました。今この世界は悪しき魔物たちで溢れ、人々は恐怖におののいています。あなたの力でそれを打ち砕くのです」
なるほどね。やっぱりあれは異世界のものだったんだ。
選ばれた俺は異世界転移をしたわけだ。
「じゃあれはミニゲーム的なもんだったんだな」
「え?」
「いえ、なんでもありません」
でもこれもゲームだ。
いやゲームってのはおかしいか。ゲームはしょせん疑似現実だ。
これは現実。そこで俺の活躍を待ってる人がいる。
Eスポーツよりもずっと楽しめそうだ。
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