1 / 1
偶然嫁不倫を見つけたらDVでっち上げで離婚と慰謝料請求された
しおりを挟む
世の中に浮気や不倫の話はあっても、うちの夫婦には無縁な話だと思ってた。
妻の晴夏は本当に出来たやつなんだ。俺のことは立ててくれるし、趣味も相性も最高。
今日は晴夏の誕生日だからサプライズ。会社を早退して花束とプレゼントを持って、15時に帰宅した。
「ただいまー」
とドアを開けて言うと、寝室からバタバタと音がする。
アレ。晴夏、ひょっとしてお一人で? とか呑気に思ってた。
「なんだ晴夏、寝室~?」
とか言いながら、寝室に向かいドアを開けると、ズボンを半分はいてる男と毛布に顔を隠した晴夏。
最初はパニック。頭の中がグルグル。
そしてこれは不倫だとハッとする。
途端に晴夏との今までのことが思い出されてきて、泣きながら男を突飛ばし、隠れる晴夏を引き出して、ビンタしてしまっていた。
晴夏に暴力なんて振るったのは初めてだ。誓って言える。
頬を押さえる晴夏を見てハッとした。俺は自分のその手をジッと見たまま動けなくなっていた。
数秒が長い時間に感じられたその時。ポンポンと肩を叩かれて振り返ると、ズボンをはき終わったあの男が拳を振りかざしていた。
それからは覚えていない。気付くと夕方になっていて、買ってきた花束は踏みつけられていた。頬が痛い。
回りを見ても晴夏も男の姿はなかった。部屋には誰も──。
ただ共通の通帳も実印も消えていた。
晴夏に電話やトークアプリにメッセージを送っても返事はない。晴夏の実家に電話してもいないらしい。
俺は気が狂いそうだった。晴夏は俺を殴った浮気男に取られて家を出ていってしまった。昨日まで幸せだと思っていたのは全て幻想だったのだ。
会社に行く気力もなく、三日の時間が流れた。すると玄関のチャイムがなる。
晴夏だと思って走って行くと、そこにはスーツをバッチリ決めた女が立っていた。胸には金色のバッチ。弁護士だった。俺は彼女をリビングに通してテーブルを挟んで話を始めた。
「私は弁護士の宇津井と申します。本日は奥さまの晴夏さまから依頼を受け、離婚の話を致しに参りました」
「は、はあ? 離婚? そ、そんな! 俺に離婚の意思はありませんよ! 晴夏に会わせてください!」
「有責者は離婚を回避できませんよ。これは依頼人の意思なので」
「有責? 有責だったら晴夏の方でしょう!」
しかし弁護士は顔色を変えなかった。
「有責の意味をご存知ないかもしれませんが、結婚生活を破綻させた責任があるという意味です」
「それがなぜ私なんですか!」
「夫の寛さまは、依頼人の晴夏さまへ度重なる暴力を与えており、依頼人は精神的にも肉体的にも疲弊しております」
そう言って彼女はテーブルの上に、写真と医師の診断書を並べた。そこには手に赤アザ、目の回りに青アザのある写真。診断書には打撲傷の文字。うつ病の文字がある。
「こ、こんなものでっち上げだ!」
俺は椅子から立ち上がって叫んだ。
「まあまあ、そんなに激昂なさらないで。いつもそんな風にすぐ晴夏さまをお怒りに?」
こ、これは──。完全に俺を信用していない。晴夏のでっち上げを信じてるんだ!
「違いますよ! 浮気していたのは晴夏のほうです。俺はその現場にたまたま見たとき、動転して彼女の頬を張ったことは事実です。しかし、相手の男性に殴られて気を失ったのはこちらのほうです!」
しかし弁護士は苦笑する。
「その証拠はおありですか?」
「しょ、証拠だなんて……。殴られた場所はもう腫れも治まったし、浮気の証拠ってのはありません。それは本人に聞いてください」
「まあ、では依頼人の頬を張ったこと以外は信用出来ませんね」
この人──。最初から中立ではない。そりゃそうだ。依頼人は晴夏なんだから。
「依頼人は、婚姻中の共同財産は折半とし、寛さまには慰謝料を五百万円求めております」
「そんな! そんな金払えません!」
「これは払える、払えないの話ではありません。慰謝料は財産から差し押さえられます」
「なぜです! 彼女も話し合えば分かりますよ! 浮気されたのは私のほうで、暴力など振るってません!」
「そうやってまた依頼人を脅せば思い通りになるかもしれませんが、今は私が全て一任されております。代理人は私ですのでどうぞ私におっしゃってください」
こんなもの! 俺が「浮気をしただろう」と言ったって、聞く気なんてないに決まっているクセに。
「私はDVなんて認めません」
「でしたら調停になり、裁判になりますよ」
「裁判? いいですよ! きっちり片をつけましょう!」
女弁護士は、少し笑いながらため息をつく。
「これはアドバイスです。こちらには証拠もあります。そちらはただ声を張り上げるだけ。裁判になったら時間とお金を消費して負けの現実を叩きつけられるだけですよ。ここで素直に従っておいたほうがいいです」
「……私だって弁護士を雇います。私が正しいことを証明して見せますよ」
「あら。では楽しみにしています」
「本日はどうぞお引き取りください」
女弁護士は机の上に名刺をスマートに置くと、椅子をならして出ていった。俺は椅子に座ってそのまま──。
どうなってるんだこれは。俺が勝ち目がないってどういうわけだ?
浮気をしてたのは晴夏。暴力を振るったのは浮気男なのに、俺が晴夏に慰謝料を払って離婚しなければならない?
そんな馬鹿な!
そんな……。
馬鹿な──。
長い時間をそんな考えだけでは過ごした。愛しい晴夏の顔が浮かんでは消え、浮かんでは消え……。
どうしようもない感情。
裏で晴夏は俺から逃げて浮気男と一緒になる計画を立てていたのかもしれない。
だったら最初に俺と別れてからするべきだ。そうだろう?
…………。
…………。
そうか。慰謝料五百万円。
そして、共有財産の折半。男と新しい生活をする前の巣作り。
俺がせっせと材木を運んで、奴らは俺を殺してその材木を奪って家を建てる。
前から計画していたのだろう。
きっとそんな計画をしていたのだろう。
それが俺の帰宅によって早まったのだ。
許せない……!
俺はそんな計画が何かにしたためられていないか、家捜しをした。ノートや日記帳。そんかものがないか、這いつくばって探した。
クローゼット、テレビ台の下、ベッドの下。
しかしそんなものはない。
俺が気絶している間に男とさっさともって逃げたのか、それとも最初からそんなものはなかったのか。
とりあえず、俺も弁護士に相談しなくてはならない。こんなこと初めてだからどうしていいか分からないが法テラスというところがあるらしい。
そこで弁護士三人を紹介された。一人目と二人目は正直勝てそうもない人だった。
三人目はおじいさんで、財津さんというかただった。離婚問題にも強い人だそうだ。相談すると、浮気の現場を見ているなら、まあなんとかなりそうだし、DVはでっち上げなんですよね、アザの写真だけで日記に記してるなどはなかったですね、と念を押された。
周りから旦那さんの素行の証言を取ればいいかもしれないと言われ、高校時代の友人や、仕事仲間にお願いし、弁護士さんと話をしてもらった。
俺は数日のうちに晴夏の弁護士に電話をして、こちらも弁護士を用意したので話し合いたいと言うと向こうから日時を指定され、それを受けた。
当日、俺と弁護士の財津さんがリビングのデーブルで晴夏の弁護士の宇津井さんを待っていると、時間通りにチャイムの音。
迎えに出ると、宇津井さんの他にもう一人、女性が立っていた。
それは晴夏の友人である、小西さんというかたで、結婚式にも出てくれたが、まっすぐで体育会系の匂いのする人だったこと覚えていた。
「えと……。たしか小西さん?」
「そうです。私もお邪魔させてもらいます」
と挑発的な笑顔でずいずいと入ってきた。
俺の弁護士の財津さんは苦笑いをしていたが、全員テーブルについて話が始まった。
財津さんは、聞き取りによる俺の暴力を振るうような男ではないということを出し、奥さまが不倫現場を見られ、DVをでっちあげたのではないか。誠実な対応をお願いしたい。離婚は仕方がないが、慰謝料など行きすぎだと話を進めてくれた。
しかし、晴夏の弁護士である宇津井さんは、こちらは証拠があると例の写真と診断書を出してきた。
だが財津さんはそれを手にとって
「日付がありませんね」
「それは離婚問題に際して急にとったものですから。最近には違いありません」
「なぜ最近? それではDVありきでなく、離婚ありきで、とっさにDVの証拠としたようにも思えますな。これは信用できません」
と言ったが宇津井さんは怯まなかった。
「ですからこちらの女性に協力を仰いだのです」
「と申しますと?」
待っていたとばかりに小西さんは口を開く。
「実は前々から私は友人の晴夏から、旦那さんからのDVに対して相談を受けていたのです」
と言うので顔面蒼白となった。無いことをでっち上げるのに友人まで使うのかと。
「それに晴夏は、旦那さんの赤ちゃんを妊娠しているんですよ? そんな晴夏に暴力を振るうなんて……」
妊娠……。妊娠!?
俺の頭はまたまた真っ白になった。そんなこと聞いたことはなかった。それに俺たちはまだ子どもができないよう対策していた。
「子どもなんて間違いですよ!」
俺は怒気を含んで叫んでしまうと、宇津井さんは首をすくめた。
「ほらまたそうやって……。前回もそうでしたけど、声を荒らげれば思い通りになると思わないでください」
小西さんも合わせて言う。
「仲の良い男性に相談してたと聞きましたけど、それを不倫と言ってるんじゃないですか? 暴力まで受けて、赤ちゃん抱えて晴夏が可哀想よ!」
ダメだ。話が通じない。こんな連中と話し合いなんて。
財津さんはこっそりと、慰謝料減額で話を進めても良いかと訪ねてきた。
俺はどうしていいか分からなかった。
あったことはなかったことにされ、なかったことがあったことにされる。こんなことが許されていいのか?
その時、玄関からチャイムが鳴った。この時は、ひょっとしたら晴夏が来て、勝利宣言でもするのかと思って膝が震えていた。
晴夏の弁護士の宇津井さんが、出なくていいのかと言ってきたので立ち上がって、玄関のモニタを確認すると、またまた女性が立っている。
この上にまた晴夏側の援軍かと思ったが、なぜかモニタに向かって話をせず、玄関まで行ってしまった。気が動転していたのかもしれない。
ドアを開けて、その人の対応をする。
「はい。どちら様で?」
「あのう。上田さまのご自宅でいらっしゃいますよね?」
「はい。そうですが?」
「あの、奥さまはご在宅で?」
「はあ。妻とどのようなご関係で?」
「まあ、奥さまとは共通の知人がいるという感じですね」
という回答。なんのことか分からないし、今の精神状態で聞いていられなかった。
「妻は今いませんよ。どうかお引き取りを」
と言うと、その人にそっと手を引かれた。
「え? でもお車がありますよね? 最近お帰りになっておられなかったようですが、お帰りになったのではないですか?」
と晴夏の弁護士の宇津井さんの車を指差した。
財津さんは俺が車で迎えに行ったし、宇津井さんは小西さんを乗せてきた。だからうちの駐車場スペースには俺の車と宇津井さんの車があったのだ。
「ああ、あれは妻の弁護士の──」
と言ったところで口を押さえた。
「いえ、なんでもありません」
「え? ちょっと待ってください。弁護士とおっしゃいました? ひょっとして離婚のお話ですか? そちらでも何かお調べになってました?」
と聞いてきたので、目を丸くした。
「え? なぜ離婚と? あなたは一体……」
「私は中川と申します。中川幹貴の妻で夢実と申します。本日は奥さまに、拙宅の旦那との不倫について証拠を集めたので持ってきたのです」
俺は固まった。天は俺を見捨てなかったと。玄関先で夢実さんに現状を伝えた。
こちらは現場は見たものの、旦那さまに殴られて気を失っている間に逃げられ、妻からは離婚を突きつけられた。やってもいないDVをでっち上げられ、慰謝料を請求されていると。
すると彼女は、晴夏に未練はないか、こちらに味方をしてくれるか、奥さんに慰謝料を請求するがよいか、それでよいなら興信所が集めてくれた証拠のコピーを渡すと言ってきた。
俺は二つ返事だった。
彼女はすぐに一部の証拠写真を見せてきた。二人の密会の写真。ホテルでの出入り。手を繋いでるもの。腰に手を回しているもの。他にも、ボイスレコーダーを車に仕掛けたものもあるとのことだった。
旦那の幹貴氏はなにもないような顔をして自宅で生活しており、奥さまの夢実さんが証拠を集めていることなどつゆ程も知っていない。
本日は、ここで晴夏に証拠を突き付けた上で誠意ある対応を約束させたかったらしい。
その後で旦那と離婚し、財産を分けた上で慰謝料と子供の養育費を貰う予定だと言った。子供は三人いるらしかった。
この話は彼女と会って十分程度だったが、俺の中に戦う活力が涌き出てきたことは間違いない。
彼女にすぐさま中の弁護士に会って欲しい旨を伝えると、彼女は胸を張って答えた。
「望むところですよ!」
我々はリビングへと向かう。すると宇津井さんは振り返って勝ち誇った顔をしていた。
「お帰りなさい。今財津さんから慰謝料の減額の話を受けていたところです。まあこちらは譲るつもりはありませんが」
と言った。財津さんはバツの悪そうな顔をして
「いえ、それは雑談程度の話でして、打診というわけでは……。おや上田さま、そのかたは?」
それに俺はニッと笑う。
「減額どころか、晴夏には慰謝料を払うようにお伝えください」
そう言って宇津井さんの前に、夢実さんから預かった写真を並べてやった。宇津井さんは最初、なんのことやらといった感じではあったが写真を手にとって真っ青になっていた。それは友人の小西さんも同じだ。
俺は自身の弁護士である財津さんのほうを向いた。
「こちらは、妻晴夏の不倫相手である中川幹貴氏の奥さまで夢実さんです。彼女は自身で興信所を雇い、旦那さまの浮気を調査していたのです。その相手が私の妻だったというわけです。これはその証拠の一部で他にも彼女の手元にあります。宇津井さん。これで誰が大嘘つきであるか分かったでしょう!」
財津さんはこれは確定だと思ったのか、小西さんに声を向けた。
「小西さん。先ほどのお話は本当ですか? 偽証は罪ですよ? 友人可愛さに他人を追い落としてはなりません!」
「そ、それは……」
「なにを言葉をつまらす必要がありますか! 嘘ですか? 本当ですか?」
小西さんは最初の勢いは全くなくなっていた。
「あの……。私、晴夏から旦那さんから優位に離婚したいから協力して欲しいって……。不倫してるなんて聞かされてなくて……」
「では、私の依頼人を陥れようとしたのですね。この件は後程正式に文書でお送り致します。お帰りください」
「そ、そんな。私も聞かされてなかったんです。旦那に言うとかやめてください!」
「そちらの理由は分かりました。後は依頼人と相談します。お帰りください」
小西さんは立ち上がると涙を流して俺のほうに謝ってきたので、俺のほうでも後程と言って帰って貰った。と言っても宇津井さんの車できただろうから外で待っているだろうが。
財津さんは今度は宇津井さんのほうに顔を向けた。
「宇津井さん。こちらは今から夢実さまにお伺いして、さらに話を詰めようと思います。準備が整い次第ご連絡差し上げます。あなたもどうぞお帰りください」
「私も依頼人より嘘をつかれていたかもしれません。その辺の相談をして参りますが、依頼人と信用関係を失えば、代理人を断るかもしれませんので別の代理人とのお話になるかもしれません。では失礼いたしました」
そう言って帰っていった。
それからは夢実さんを交えて、相談をした。
「奥さまが帰宅していないなら、未だに調べてあるウィークリーマンションにいるかもしれないので、そこに内容証明を送りましょう」
と場所まで押さえているようだった。
財津さん曰く、
「奥さまはとても悪質ですよ。でっち上げの写真や友人まで使ってあなたを追い落とそうとしたことは、私としては許せません」
と相当怒っているようだった。偽証した小西さんにも制裁を加えるべきだということだった。
たしかに小西さんは、首を突っ込まなくてもいいところに首を突っ込んだ。それによって、財津さんすら一時は慰謝料の減額で手を打とうと思ったほどなのだ。
しかしそれで小西さんの家庭まで揺るがしてしまえばこちらの寝覚めも悪くなる。
彼女には誠心誠意の謝罪と、晴夏の情報をどこまで知っているか聞こうと考えているところに、玄関にチャイムだった。
見てみると、小西さんが旦那さんを連れてきた。旦那さんは仕事の途中なのか、スーツ姿でその場で頭を下げてきた。
「今回は我が家の妻がご迷惑をお掛けして申し訳ございません! こんな妻ですが私にとってはなくてはならない人で、どうかお許しください!」
と夫婦一緒になって頭を下げていた。いやこの旦那さんも体育会系だなと思った。信じたことに真っ直ぐで曲がったことが嫌いなんだろう。
小西さんも俺の無いDVの話を聞いて憤慨し、晴夏に味方しようと思ったのだろう。まあ間違っていたわけだが。
「分かりました。謝罪を受けとります。ですが小西さん。晴夏からなにか聞いてはおりませんか? 例えば離婚した後のこととか……」
と言うと彼女は涙を流しながら晴夏のことを言ってきた。
離婚したら、今度こそ幸せになりたいと。DVの相談を聞いてくれた人と良い感じだから再婚して、慰謝料で家を建てて二人で暮らすのもいいかもしれないと。
「私も嘘をつかれていたんだと思います。晴夏は私を利用したのです。そして旦那さんも……。人を利用して自分だけ幸せになろうなんて考えの人とはもう友達でもなんでもありません。絶交します。今回は本当に申し訳ありませんでした」
そうだと思う。やっと分かった。晴夏は自分の幸せのために卑怯な道を選んだ。
その制裁はしなくてはならない。
後日、日を選んで俺と夢実さんは動いた。二人に内容証明を送り、俺、夢実さん、財津さん、夢実さん弁護士、二人には財津さんの弁護士事務所に来て貰い話し合いをすることにしたのだ。
どうやら晴夏の弁護士であった宇津井さんは晴夏に重大な違反があったということで弁護士を降りてしまい、その後は誰も引き受けてくれなかったらしい。まあそりゃそうだろう。
夢実さんの旦那さんである、中川幹貴氏は顔面蒼白でガタガタ震え、入ってくるなり土下座して謝ってきたが、財津さんに
「あなたは私の依頼人に不倫の現場を押さえられ、興奮して暴力を振るい気絶させ、そのまま放置しましたね。これはとても危険なことで許されることではありません」
「た、大変申し訳ありません。あの時は気が動転して……。どうか警察は勘弁してください」
財津さんは、ニッと笑う。
「今後は私の依頼人とあなたの奥さま、また子どもたちに養育費を支払わなくてはなりません。ですから働いてお返しください」
「は、はい」
続けて財津さんは晴夏のほうへと顔を向ける。彼女は相当ビクついていた。財津さんの目も相当厳しいものだった。
「あなたは人生を急ぎすぎました。夫である依頼人と仲良く過ごす人生を送る選択肢はあったはずなのに、自らそれを砕き、誠意ある対応もせず、依頼人を陥れようとした。とても悪質です。依頼人はあなたと過ごした人生を後悔しながら未来を歩まなくてはなりません。その償いをしていただきます」
「ど、ど、どうやってですか?」
「あなたは依頼人に五百万円の慰謝料を請求しました。それはとても高額です。しかしなにもしていない依頼人にそれを請求したということは簡単に集められると思ったのでしょう。ではあなたは依頼人に五百万円の慰謝料を支払うよう請求します」
「そ、そんな! 私は女ですし、そんな金額はとても……」
「それにお腹に赤ちゃんがいると小西さんはおっしゃってました。依頼人は子どもはまだ早いと対策なさっていたとか。それは依頼人のお子さんですか?」
「それは……」
「お分かりにならないのですね。証拠はすでに揃ってますが、明らかな不貞の証拠がそこにあるわけです。婚姻は奥さまの行動により、破綻しました。依頼人の夢や未来を砕いたことを反省し、今後は償いの生活をしてください」
……終わった。
これで全てが終わった。
俺には晴夏と幹貴氏からの慰謝料が入ったが、とてもむなしい。
財津さんの言った通りだ。俺は幸せな夢や未来を砕かれたのだ。
それからは無気力になってしまい、仕事も辞め、家に籠りきりになり、慰謝料を食い潰すだけの生活をしばらく続けた。
自堕落なまま、夜のコンビニで酒でも買おうと立ち寄り、レジに向かうとそこにはやつれて10歳ほど歳をとったような晴夏がいて驚いた。
「晴夏かぁ……」
「寛──」
とたんに涙ぐむ彼女。謝罪の言葉を何度も繰り返していたが、俺は斜め上を見て、聞こえない振りをしていた。
「子どもは?」
と聞くと、生まれたが育てられないので施設にいれたと言っていた。
まったく馬鹿な女だと思った。俺以外にも、夢実さんに慰謝料を払わねばならず、寝る時間もなく困窮した生活を送っているらしい。
俺は酒をコンビニ袋に入れて貰い、外に出て立ち止まってしばらくそのまま。
「馬鹿は俺もか」
と頭を掻いた。
いつまで腐っているんだろう。不倫した二人には制裁は完了し、俺もまだまだ若い。
二人だっていつかは立ち直って新しい家庭を作るかもしれない。そしたら俺だけが置いていかれ、惨めな人生を恨み誰かのせいにしながら生きていくことになる。
「とりあえず仕事探すかぁ」
俺はアパートに向けて歩きだした。
そうだ。この歩みは人生と同じ。今は夜だがいずれ朝が来る。そちらに向かって歩いていくのだ。
頑張れよ寛。負けるなよ寛。
やってやれ。
みせてやれ。
誰よりも幸せになってやるんだ!
「よぉーし! 頑張るぞ!」
俺は小さくジャンプしてアパートに帰っていった。
◇
その三年後。俺はちゃんとした会社に就職し、そこで出会った事務員の子と付き合いだした。
まだ少し結婚が怖かったりするけど、ゆっくりと愛を育んでいくつもりだ。
そして、この子と幸せになりたいと本気で思ったらまた結婚するかもしれない。
今度こそ幸せになりたいし、幸せにしたい。
二人で幸せを掴みたいとそう思った。
妻の晴夏は本当に出来たやつなんだ。俺のことは立ててくれるし、趣味も相性も最高。
今日は晴夏の誕生日だからサプライズ。会社を早退して花束とプレゼントを持って、15時に帰宅した。
「ただいまー」
とドアを開けて言うと、寝室からバタバタと音がする。
アレ。晴夏、ひょっとしてお一人で? とか呑気に思ってた。
「なんだ晴夏、寝室~?」
とか言いながら、寝室に向かいドアを開けると、ズボンを半分はいてる男と毛布に顔を隠した晴夏。
最初はパニック。頭の中がグルグル。
そしてこれは不倫だとハッとする。
途端に晴夏との今までのことが思い出されてきて、泣きながら男を突飛ばし、隠れる晴夏を引き出して、ビンタしてしまっていた。
晴夏に暴力なんて振るったのは初めてだ。誓って言える。
頬を押さえる晴夏を見てハッとした。俺は自分のその手をジッと見たまま動けなくなっていた。
数秒が長い時間に感じられたその時。ポンポンと肩を叩かれて振り返ると、ズボンをはき終わったあの男が拳を振りかざしていた。
それからは覚えていない。気付くと夕方になっていて、買ってきた花束は踏みつけられていた。頬が痛い。
回りを見ても晴夏も男の姿はなかった。部屋には誰も──。
ただ共通の通帳も実印も消えていた。
晴夏に電話やトークアプリにメッセージを送っても返事はない。晴夏の実家に電話してもいないらしい。
俺は気が狂いそうだった。晴夏は俺を殴った浮気男に取られて家を出ていってしまった。昨日まで幸せだと思っていたのは全て幻想だったのだ。
会社に行く気力もなく、三日の時間が流れた。すると玄関のチャイムがなる。
晴夏だと思って走って行くと、そこにはスーツをバッチリ決めた女が立っていた。胸には金色のバッチ。弁護士だった。俺は彼女をリビングに通してテーブルを挟んで話を始めた。
「私は弁護士の宇津井と申します。本日は奥さまの晴夏さまから依頼を受け、離婚の話を致しに参りました」
「は、はあ? 離婚? そ、そんな! 俺に離婚の意思はありませんよ! 晴夏に会わせてください!」
「有責者は離婚を回避できませんよ。これは依頼人の意思なので」
「有責? 有責だったら晴夏の方でしょう!」
しかし弁護士は顔色を変えなかった。
「有責の意味をご存知ないかもしれませんが、結婚生活を破綻させた責任があるという意味です」
「それがなぜ私なんですか!」
「夫の寛さまは、依頼人の晴夏さまへ度重なる暴力を与えており、依頼人は精神的にも肉体的にも疲弊しております」
そう言って彼女はテーブルの上に、写真と医師の診断書を並べた。そこには手に赤アザ、目の回りに青アザのある写真。診断書には打撲傷の文字。うつ病の文字がある。
「こ、こんなものでっち上げだ!」
俺は椅子から立ち上がって叫んだ。
「まあまあ、そんなに激昂なさらないで。いつもそんな風にすぐ晴夏さまをお怒りに?」
こ、これは──。完全に俺を信用していない。晴夏のでっち上げを信じてるんだ!
「違いますよ! 浮気していたのは晴夏のほうです。俺はその現場にたまたま見たとき、動転して彼女の頬を張ったことは事実です。しかし、相手の男性に殴られて気を失ったのはこちらのほうです!」
しかし弁護士は苦笑する。
「その証拠はおありですか?」
「しょ、証拠だなんて……。殴られた場所はもう腫れも治まったし、浮気の証拠ってのはありません。それは本人に聞いてください」
「まあ、では依頼人の頬を張ったこと以外は信用出来ませんね」
この人──。最初から中立ではない。そりゃそうだ。依頼人は晴夏なんだから。
「依頼人は、婚姻中の共同財産は折半とし、寛さまには慰謝料を五百万円求めております」
「そんな! そんな金払えません!」
「これは払える、払えないの話ではありません。慰謝料は財産から差し押さえられます」
「なぜです! 彼女も話し合えば分かりますよ! 浮気されたのは私のほうで、暴力など振るってません!」
「そうやってまた依頼人を脅せば思い通りになるかもしれませんが、今は私が全て一任されております。代理人は私ですのでどうぞ私におっしゃってください」
こんなもの! 俺が「浮気をしただろう」と言ったって、聞く気なんてないに決まっているクセに。
「私はDVなんて認めません」
「でしたら調停になり、裁判になりますよ」
「裁判? いいですよ! きっちり片をつけましょう!」
女弁護士は、少し笑いながらため息をつく。
「これはアドバイスです。こちらには証拠もあります。そちらはただ声を張り上げるだけ。裁判になったら時間とお金を消費して負けの現実を叩きつけられるだけですよ。ここで素直に従っておいたほうがいいです」
「……私だって弁護士を雇います。私が正しいことを証明して見せますよ」
「あら。では楽しみにしています」
「本日はどうぞお引き取りください」
女弁護士は机の上に名刺をスマートに置くと、椅子をならして出ていった。俺は椅子に座ってそのまま──。
どうなってるんだこれは。俺が勝ち目がないってどういうわけだ?
浮気をしてたのは晴夏。暴力を振るったのは浮気男なのに、俺が晴夏に慰謝料を払って離婚しなければならない?
そんな馬鹿な!
そんな……。
馬鹿な──。
長い時間をそんな考えだけでは過ごした。愛しい晴夏の顔が浮かんでは消え、浮かんでは消え……。
どうしようもない感情。
裏で晴夏は俺から逃げて浮気男と一緒になる計画を立てていたのかもしれない。
だったら最初に俺と別れてからするべきだ。そうだろう?
…………。
…………。
そうか。慰謝料五百万円。
そして、共有財産の折半。男と新しい生活をする前の巣作り。
俺がせっせと材木を運んで、奴らは俺を殺してその材木を奪って家を建てる。
前から計画していたのだろう。
きっとそんな計画をしていたのだろう。
それが俺の帰宅によって早まったのだ。
許せない……!
俺はそんな計画が何かにしたためられていないか、家捜しをした。ノートや日記帳。そんかものがないか、這いつくばって探した。
クローゼット、テレビ台の下、ベッドの下。
しかしそんなものはない。
俺が気絶している間に男とさっさともって逃げたのか、それとも最初からそんなものはなかったのか。
とりあえず、俺も弁護士に相談しなくてはならない。こんなこと初めてだからどうしていいか分からないが法テラスというところがあるらしい。
そこで弁護士三人を紹介された。一人目と二人目は正直勝てそうもない人だった。
三人目はおじいさんで、財津さんというかただった。離婚問題にも強い人だそうだ。相談すると、浮気の現場を見ているなら、まあなんとかなりそうだし、DVはでっち上げなんですよね、アザの写真だけで日記に記してるなどはなかったですね、と念を押された。
周りから旦那さんの素行の証言を取ればいいかもしれないと言われ、高校時代の友人や、仕事仲間にお願いし、弁護士さんと話をしてもらった。
俺は数日のうちに晴夏の弁護士に電話をして、こちらも弁護士を用意したので話し合いたいと言うと向こうから日時を指定され、それを受けた。
当日、俺と弁護士の財津さんがリビングのデーブルで晴夏の弁護士の宇津井さんを待っていると、時間通りにチャイムの音。
迎えに出ると、宇津井さんの他にもう一人、女性が立っていた。
それは晴夏の友人である、小西さんというかたで、結婚式にも出てくれたが、まっすぐで体育会系の匂いのする人だったこと覚えていた。
「えと……。たしか小西さん?」
「そうです。私もお邪魔させてもらいます」
と挑発的な笑顔でずいずいと入ってきた。
俺の弁護士の財津さんは苦笑いをしていたが、全員テーブルについて話が始まった。
財津さんは、聞き取りによる俺の暴力を振るうような男ではないということを出し、奥さまが不倫現場を見られ、DVをでっちあげたのではないか。誠実な対応をお願いしたい。離婚は仕方がないが、慰謝料など行きすぎだと話を進めてくれた。
しかし、晴夏の弁護士である宇津井さんは、こちらは証拠があると例の写真と診断書を出してきた。
だが財津さんはそれを手にとって
「日付がありませんね」
「それは離婚問題に際して急にとったものですから。最近には違いありません」
「なぜ最近? それではDVありきでなく、離婚ありきで、とっさにDVの証拠としたようにも思えますな。これは信用できません」
と言ったが宇津井さんは怯まなかった。
「ですからこちらの女性に協力を仰いだのです」
「と申しますと?」
待っていたとばかりに小西さんは口を開く。
「実は前々から私は友人の晴夏から、旦那さんからのDVに対して相談を受けていたのです」
と言うので顔面蒼白となった。無いことをでっち上げるのに友人まで使うのかと。
「それに晴夏は、旦那さんの赤ちゃんを妊娠しているんですよ? そんな晴夏に暴力を振るうなんて……」
妊娠……。妊娠!?
俺の頭はまたまた真っ白になった。そんなこと聞いたことはなかった。それに俺たちはまだ子どもができないよう対策していた。
「子どもなんて間違いですよ!」
俺は怒気を含んで叫んでしまうと、宇津井さんは首をすくめた。
「ほらまたそうやって……。前回もそうでしたけど、声を荒らげれば思い通りになると思わないでください」
小西さんも合わせて言う。
「仲の良い男性に相談してたと聞きましたけど、それを不倫と言ってるんじゃないですか? 暴力まで受けて、赤ちゃん抱えて晴夏が可哀想よ!」
ダメだ。話が通じない。こんな連中と話し合いなんて。
財津さんはこっそりと、慰謝料減額で話を進めても良いかと訪ねてきた。
俺はどうしていいか分からなかった。
あったことはなかったことにされ、なかったことがあったことにされる。こんなことが許されていいのか?
その時、玄関からチャイムが鳴った。この時は、ひょっとしたら晴夏が来て、勝利宣言でもするのかと思って膝が震えていた。
晴夏の弁護士の宇津井さんが、出なくていいのかと言ってきたので立ち上がって、玄関のモニタを確認すると、またまた女性が立っている。
この上にまた晴夏側の援軍かと思ったが、なぜかモニタに向かって話をせず、玄関まで行ってしまった。気が動転していたのかもしれない。
ドアを開けて、その人の対応をする。
「はい。どちら様で?」
「あのう。上田さまのご自宅でいらっしゃいますよね?」
「はい。そうですが?」
「あの、奥さまはご在宅で?」
「はあ。妻とどのようなご関係で?」
「まあ、奥さまとは共通の知人がいるという感じですね」
という回答。なんのことか分からないし、今の精神状態で聞いていられなかった。
「妻は今いませんよ。どうかお引き取りを」
と言うと、その人にそっと手を引かれた。
「え? でもお車がありますよね? 最近お帰りになっておられなかったようですが、お帰りになったのではないですか?」
と晴夏の弁護士の宇津井さんの車を指差した。
財津さんは俺が車で迎えに行ったし、宇津井さんは小西さんを乗せてきた。だからうちの駐車場スペースには俺の車と宇津井さんの車があったのだ。
「ああ、あれは妻の弁護士の──」
と言ったところで口を押さえた。
「いえ、なんでもありません」
「え? ちょっと待ってください。弁護士とおっしゃいました? ひょっとして離婚のお話ですか? そちらでも何かお調べになってました?」
と聞いてきたので、目を丸くした。
「え? なぜ離婚と? あなたは一体……」
「私は中川と申します。中川幹貴の妻で夢実と申します。本日は奥さまに、拙宅の旦那との不倫について証拠を集めたので持ってきたのです」
俺は固まった。天は俺を見捨てなかったと。玄関先で夢実さんに現状を伝えた。
こちらは現場は見たものの、旦那さまに殴られて気を失っている間に逃げられ、妻からは離婚を突きつけられた。やってもいないDVをでっち上げられ、慰謝料を請求されていると。
すると彼女は、晴夏に未練はないか、こちらに味方をしてくれるか、奥さんに慰謝料を請求するがよいか、それでよいなら興信所が集めてくれた証拠のコピーを渡すと言ってきた。
俺は二つ返事だった。
彼女はすぐに一部の証拠写真を見せてきた。二人の密会の写真。ホテルでの出入り。手を繋いでるもの。腰に手を回しているもの。他にも、ボイスレコーダーを車に仕掛けたものもあるとのことだった。
旦那の幹貴氏はなにもないような顔をして自宅で生活しており、奥さまの夢実さんが証拠を集めていることなどつゆ程も知っていない。
本日は、ここで晴夏に証拠を突き付けた上で誠意ある対応を約束させたかったらしい。
その後で旦那と離婚し、財産を分けた上で慰謝料と子供の養育費を貰う予定だと言った。子供は三人いるらしかった。
この話は彼女と会って十分程度だったが、俺の中に戦う活力が涌き出てきたことは間違いない。
彼女にすぐさま中の弁護士に会って欲しい旨を伝えると、彼女は胸を張って答えた。
「望むところですよ!」
我々はリビングへと向かう。すると宇津井さんは振り返って勝ち誇った顔をしていた。
「お帰りなさい。今財津さんから慰謝料の減額の話を受けていたところです。まあこちらは譲るつもりはありませんが」
と言った。財津さんはバツの悪そうな顔をして
「いえ、それは雑談程度の話でして、打診というわけでは……。おや上田さま、そのかたは?」
それに俺はニッと笑う。
「減額どころか、晴夏には慰謝料を払うようにお伝えください」
そう言って宇津井さんの前に、夢実さんから預かった写真を並べてやった。宇津井さんは最初、なんのことやらといった感じではあったが写真を手にとって真っ青になっていた。それは友人の小西さんも同じだ。
俺は自身の弁護士である財津さんのほうを向いた。
「こちらは、妻晴夏の不倫相手である中川幹貴氏の奥さまで夢実さんです。彼女は自身で興信所を雇い、旦那さまの浮気を調査していたのです。その相手が私の妻だったというわけです。これはその証拠の一部で他にも彼女の手元にあります。宇津井さん。これで誰が大嘘つきであるか分かったでしょう!」
財津さんはこれは確定だと思ったのか、小西さんに声を向けた。
「小西さん。先ほどのお話は本当ですか? 偽証は罪ですよ? 友人可愛さに他人を追い落としてはなりません!」
「そ、それは……」
「なにを言葉をつまらす必要がありますか! 嘘ですか? 本当ですか?」
小西さんは最初の勢いは全くなくなっていた。
「あの……。私、晴夏から旦那さんから優位に離婚したいから協力して欲しいって……。不倫してるなんて聞かされてなくて……」
「では、私の依頼人を陥れようとしたのですね。この件は後程正式に文書でお送り致します。お帰りください」
「そ、そんな。私も聞かされてなかったんです。旦那に言うとかやめてください!」
「そちらの理由は分かりました。後は依頼人と相談します。お帰りください」
小西さんは立ち上がると涙を流して俺のほうに謝ってきたので、俺のほうでも後程と言って帰って貰った。と言っても宇津井さんの車できただろうから外で待っているだろうが。
財津さんは今度は宇津井さんのほうに顔を向けた。
「宇津井さん。こちらは今から夢実さまにお伺いして、さらに話を詰めようと思います。準備が整い次第ご連絡差し上げます。あなたもどうぞお帰りください」
「私も依頼人より嘘をつかれていたかもしれません。その辺の相談をして参りますが、依頼人と信用関係を失えば、代理人を断るかもしれませんので別の代理人とのお話になるかもしれません。では失礼いたしました」
そう言って帰っていった。
それからは夢実さんを交えて、相談をした。
「奥さまが帰宅していないなら、未だに調べてあるウィークリーマンションにいるかもしれないので、そこに内容証明を送りましょう」
と場所まで押さえているようだった。
財津さん曰く、
「奥さまはとても悪質ですよ。でっち上げの写真や友人まで使ってあなたを追い落とそうとしたことは、私としては許せません」
と相当怒っているようだった。偽証した小西さんにも制裁を加えるべきだということだった。
たしかに小西さんは、首を突っ込まなくてもいいところに首を突っ込んだ。それによって、財津さんすら一時は慰謝料の減額で手を打とうと思ったほどなのだ。
しかしそれで小西さんの家庭まで揺るがしてしまえばこちらの寝覚めも悪くなる。
彼女には誠心誠意の謝罪と、晴夏の情報をどこまで知っているか聞こうと考えているところに、玄関にチャイムだった。
見てみると、小西さんが旦那さんを連れてきた。旦那さんは仕事の途中なのか、スーツ姿でその場で頭を下げてきた。
「今回は我が家の妻がご迷惑をお掛けして申し訳ございません! こんな妻ですが私にとってはなくてはならない人で、どうかお許しください!」
と夫婦一緒になって頭を下げていた。いやこの旦那さんも体育会系だなと思った。信じたことに真っ直ぐで曲がったことが嫌いなんだろう。
小西さんも俺の無いDVの話を聞いて憤慨し、晴夏に味方しようと思ったのだろう。まあ間違っていたわけだが。
「分かりました。謝罪を受けとります。ですが小西さん。晴夏からなにか聞いてはおりませんか? 例えば離婚した後のこととか……」
と言うと彼女は涙を流しながら晴夏のことを言ってきた。
離婚したら、今度こそ幸せになりたいと。DVの相談を聞いてくれた人と良い感じだから再婚して、慰謝料で家を建てて二人で暮らすのもいいかもしれないと。
「私も嘘をつかれていたんだと思います。晴夏は私を利用したのです。そして旦那さんも……。人を利用して自分だけ幸せになろうなんて考えの人とはもう友達でもなんでもありません。絶交します。今回は本当に申し訳ありませんでした」
そうだと思う。やっと分かった。晴夏は自分の幸せのために卑怯な道を選んだ。
その制裁はしなくてはならない。
後日、日を選んで俺と夢実さんは動いた。二人に内容証明を送り、俺、夢実さん、財津さん、夢実さん弁護士、二人には財津さんの弁護士事務所に来て貰い話し合いをすることにしたのだ。
どうやら晴夏の弁護士であった宇津井さんは晴夏に重大な違反があったということで弁護士を降りてしまい、その後は誰も引き受けてくれなかったらしい。まあそりゃそうだろう。
夢実さんの旦那さんである、中川幹貴氏は顔面蒼白でガタガタ震え、入ってくるなり土下座して謝ってきたが、財津さんに
「あなたは私の依頼人に不倫の現場を押さえられ、興奮して暴力を振るい気絶させ、そのまま放置しましたね。これはとても危険なことで許されることではありません」
「た、大変申し訳ありません。あの時は気が動転して……。どうか警察は勘弁してください」
財津さんは、ニッと笑う。
「今後は私の依頼人とあなたの奥さま、また子どもたちに養育費を支払わなくてはなりません。ですから働いてお返しください」
「は、はい」
続けて財津さんは晴夏のほうへと顔を向ける。彼女は相当ビクついていた。財津さんの目も相当厳しいものだった。
「あなたは人生を急ぎすぎました。夫である依頼人と仲良く過ごす人生を送る選択肢はあったはずなのに、自らそれを砕き、誠意ある対応もせず、依頼人を陥れようとした。とても悪質です。依頼人はあなたと過ごした人生を後悔しながら未来を歩まなくてはなりません。その償いをしていただきます」
「ど、ど、どうやってですか?」
「あなたは依頼人に五百万円の慰謝料を請求しました。それはとても高額です。しかしなにもしていない依頼人にそれを請求したということは簡単に集められると思ったのでしょう。ではあなたは依頼人に五百万円の慰謝料を支払うよう請求します」
「そ、そんな! 私は女ですし、そんな金額はとても……」
「それにお腹に赤ちゃんがいると小西さんはおっしゃってました。依頼人は子どもはまだ早いと対策なさっていたとか。それは依頼人のお子さんですか?」
「それは……」
「お分かりにならないのですね。証拠はすでに揃ってますが、明らかな不貞の証拠がそこにあるわけです。婚姻は奥さまの行動により、破綻しました。依頼人の夢や未来を砕いたことを反省し、今後は償いの生活をしてください」
……終わった。
これで全てが終わった。
俺には晴夏と幹貴氏からの慰謝料が入ったが、とてもむなしい。
財津さんの言った通りだ。俺は幸せな夢や未来を砕かれたのだ。
それからは無気力になってしまい、仕事も辞め、家に籠りきりになり、慰謝料を食い潰すだけの生活をしばらく続けた。
自堕落なまま、夜のコンビニで酒でも買おうと立ち寄り、レジに向かうとそこにはやつれて10歳ほど歳をとったような晴夏がいて驚いた。
「晴夏かぁ……」
「寛──」
とたんに涙ぐむ彼女。謝罪の言葉を何度も繰り返していたが、俺は斜め上を見て、聞こえない振りをしていた。
「子どもは?」
と聞くと、生まれたが育てられないので施設にいれたと言っていた。
まったく馬鹿な女だと思った。俺以外にも、夢実さんに慰謝料を払わねばならず、寝る時間もなく困窮した生活を送っているらしい。
俺は酒をコンビニ袋に入れて貰い、外に出て立ち止まってしばらくそのまま。
「馬鹿は俺もか」
と頭を掻いた。
いつまで腐っているんだろう。不倫した二人には制裁は完了し、俺もまだまだ若い。
二人だっていつかは立ち直って新しい家庭を作るかもしれない。そしたら俺だけが置いていかれ、惨めな人生を恨み誰かのせいにしながら生きていくことになる。
「とりあえず仕事探すかぁ」
俺はアパートに向けて歩きだした。
そうだ。この歩みは人生と同じ。今は夜だがいずれ朝が来る。そちらに向かって歩いていくのだ。
頑張れよ寛。負けるなよ寛。
やってやれ。
みせてやれ。
誰よりも幸せになってやるんだ!
「よぉーし! 頑張るぞ!」
俺は小さくジャンプしてアパートに帰っていった。
◇
その三年後。俺はちゃんとした会社に就職し、そこで出会った事務員の子と付き合いだした。
まだ少し結婚が怖かったりするけど、ゆっくりと愛を育んでいくつもりだ。
そして、この子と幸せになりたいと本気で思ったらまた結婚するかもしれない。
今度こそ幸せになりたいし、幸せにしたい。
二人で幸せを掴みたいとそう思った。
1
お気に入りに追加
7
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
友人の結婚式で友人兄嫁がスピーチしてくれたのだけど修羅場だった
海林檎
恋愛
え·····こんな時代錯誤の家まだあったんだ····?
友人の家はまさに嫁は義実家の家政婦と言った風潮の生きた化石でガチで引いた上での修羅場展開になった話を書きます·····(((((´°ω°`*))))))
冷たかった夫が別人のように豹変した
京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。
ざまぁ。ゆるゆる設定
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
妹に傷物と言いふらされ、父に勘当された伯爵令嬢は男子寮の寮母となる~そしたら上位貴族のイケメンに囲まれた!?~
サイコちゃん
恋愛
伯爵令嬢ヴィオレットは魔女の剣によって下腹部に傷を受けた。すると妹ルージュが“姉は子供を産めない体になった”と嘘を言いふらす。その所為でヴィオレットは婚約者から婚約破棄され、父からは娼館行きを言い渡される。あまりの仕打ちに父と妹の秘密を暴露すると、彼女は勘当されてしまう。そしてヴィオレットは母から託された古い屋敷へ行くのだが、そこで出会った美貌の双子からここを男子寮とするように頼まれる。寮母となったヴィオレットが上位貴族の令息達と暮らしていると、ルージュが現れてこう言った。「私のために家柄の良い美青年を集めて下さいましたのね、お姉様?」しかし令息達が性悪妹を歓迎するはずがなかった――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
これまた、お見事なサレ夫の完全無罪勝ち取り劇場でしたねΣ(・ω・ノ)ノ!不倫と離婚で、お疲れだった寛さんがコンビニで再開して子供を手放して前を向いて仕事する姿みて、自分は何やってんだと情けなくて立ち直り再就職出来たのは良かったですね。(*´ω`*)
夢梨(ゆめり)さん
まさしくその通りです。
不倫は人の心を壊し、前に向くために時間を要します。
しかし主人公は前を向けた。
人生はまだまだこれから。
頑張って!