夕日の射す部屋

家紋武範

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夕日の射す部屋

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高校を卒業して、二人して大都会のこの部屋に転がり込んだ。
大好きな彼女ととにかく早く一緒に暮らしたかったんだ。

金が貯まったら二人だけで結婚式をしようと言っていた。
バイト、バイトに明け暮れた。

そして夜は彼女に溺れた。
二人して都会の夜を魚のように泳ぐ。
煩わしいことなど考えもせず。

畳が六枚しかないこの部屋で。

少しずつ家具を増やしていった。

最初は百円で買ったペアのマグ。
そして小さい片手鍋。
洗濯物を入れるカゴ。
彼女の趣味で買った小さい木のおもちゃのキリン。

そんなおもちゃ箱のような二人の部屋だった。


4月。とにかく二人で一緒にいた。

5月。バイトも少しずつ覚え一生懸命働いた。

6月。部屋を開けて雨音を聞きながら抱き合った。

7月。二人で扇風機の前にいた。


8月。

オレは……。

オレは……。

……夜の街を覚えた。

バイトの先輩に誘われた。
いつもは未成年だからと断っていた。
でも、付き合いが悪いと言われるのが怖かった。

つい一度。

一度が三度。

気付けば毎日。


9月。やがて、自分から夜の街に誘うようになった。
その時彼女は、一人あの部屋で待っていた。

長い夜を、長い髪をとかしながら待っていたんだろう。

でも彼女ならずっと待ってくれている思ってた。

思っていたんだ。


毎日の朝帰り。
しまいには帰らずに先輩の家に泊まることもあった。
そしてそのままバイトへ。夜の街へ。

バイトへ。夜の街へ。

夜の街へ。

夜の街へ……。

金が足りなくなったら借金した。
結婚資金に貯めてた金もくずしてしまった。
すぐに返せる。
すぐに戻せる。

金なんてすぐに稼げる……。


遊び疲れて久しぶりに帰った部屋で、彼女は布団に臥せっていた。
大きな咳をしてオレを顔を見て嬉しそうな顔をした。

病院代がかかる、薬はお金がもったいない。
そんなことを言って彼女は力無く笑った。

バカだった。
彼女が苦しんでいる時に遊んでいた。

額に手を当てると、ものすごく熱かった。

だが、保険証がない。

慌てて薬局に走った。
熱がこれぐらいあって、咳をしていて……。
店員に伝えると、見合った薬を出してくれた。

それを持って走って部屋に戻ろうとした。

だが携帯に先輩から連絡があった。

近くで飲んでる。

通り道だった。

少しだけだ。
ほんの少しだけ。

先輩に挨拶して消える。
ただそれだけだ。

ドアをあけると、ワッと好きな雰囲気だった。
女の子もたくさんいた。
先輩の近くに行くと座るようにうながされた。

たった一杯。

たった三杯。

たった……。たった……。

……覚えていない。

気付くと薬をもったまま、三軒目。

最初、何を持っているか覚えていなかった。
大切なものだ。
それだけの記憶はあった。

ふと思い出した。
彼女のこと。

朝の4時だった。

足をもたつかせながら走った。
電柱に頭をぶつけた。
それに謝った。

どこをどう通って帰ったのか?
今更どうでもいいことだ。
とにかく部屋で彼女は。

彼女は……。


親に電話した。

バカだった。
大人のフリをした子供だった。
たった二人でなんでもできると思っていた。

病院の待合室で彼女の父親に思い切り張られ、蹴り倒された。
出て行けと言われた。もう来るなと言われた。出て行くしかなかった。

オレは一人で二人の部屋に戻った。


10月。部屋に夕日が射して、紅色に光っていた。

夕日は秋が一番きれいかもしれない。
ため息が出るほど鮮やかだ。
白い壁がなんて美しく染まるのだろう。

だけど徐々に美しさをなくして青黒くなって行く。

まるでオレだ。オレのようだ。

疑いもなく嫌らしさも汚らしさもなく純粋に赤々と光ながらこの都会に来たのかも知れない。彼女を連れてきたのかも知れない。

何のための二人の部屋だったんだろう。
カーテンもないこの部屋。
始まりの部屋。まだまだ始まったばかりの部屋。

彼女を傷つけた。
自分だけを愛していたんだ。

彼女を傷つけた。
いつまでもここにいてくれると思っていた。


11月。二人の少ない荷物を片付けた。

この部屋を出よう。
思い出がつまったこの部屋。
彼女がいた部屋。

オレがこのドアをひねれば二人がいた部屋になる。

秋の静けさはもの悲しさや切なさを増幅させる。
楽しい思い出と、思い出したくない彼女の苦しそうな顔。
それらが頭の中を行ったり来たり、行ったり来たり……。

涙を流してドアノブを回した。


ガチャ


11月の吐息は、少しだけ白い。
白い吐息が二つ混ざり合って寒さなんて忘れるほどだった。


「……戻って……来ちゃった」

そこには、少し痩せた彼女が立っていた。

「バカやろ……」

「だと思う」

「オレよりいい男なんていっぱいいるだろ……」

「だと思う」

「肺炎は……治ったのか?」

「だと思う。無理矢理退院した」

オレは彼女を抱きしめた。
壊してしまうほど抱きしめた。

たくさんたくさん謝った。
謝りきれっこないのに。


ごめん。
もうしない!
絶対しない!


本当?
ウソだよ。
出来っこない。


彼女のその返答。
本当にそうかもしれない。
長い間、オレという人物を見て来た彼女の言い分の方が正しいのだと思う。

「君を幸せにしたい」

「無理だよ」

ひょっとしたら、彼女は荷物を取りに来ただけなのかもしれない……。
そう思って彼女の顔を見た。


「だって、私があなたを幸せにするんだもの」


冬の前の秋風はとても冷たい。
だが今だけはとても温かだった。



【おしまい】
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