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事件発生!
しおりを挟むそれから数時間後。
「レセル様~!緊急事態です!」
日が暮れ始め夕飯の時間が近づいてきた頃、
レセルの元に慌しく老人と体格の良い男が現れる。
ナナに無理矢理、掃除を手伝わされていたロキスは窓を拭いていた手を止め
入ってきた二人の方へと何事だと眼を向けた。
老人の方は黒いタキシードを着て白いハンカチで汗を拭う小太り。
男は頭にタオルを巻き服の数箇所が泥で汚れ、
今まで力仕事をしていた事が見て取れる。
二人は王座の横にあるテーブルで、エリサとチェスをしているレセルに跪く。
「…どうしたの?」
二人に眼を向けずチェスの駒を置きつつ、レセルが静かに聞く。
それが当たり前の応対なのか、二人は不機嫌な顔をせず話を続けた。
「そ、それが街の貯水施設に汚染水魚が大量に侵入しました!」
「ええっ!本当なの?」
老人の言葉にレセルは無表情で眼を向け、エリサが立ち上がって驚く。
【汚染水魚】とは名前のとおり水を有害な毒で汚し、
他の生き物を全滅させ侵略する魚だ。
退治してしまえば水の毒は消えて無くなるが厄介な事に魚の大きさは
大型犬並みで、しかも毒の牙を持ち噛まれると猛毒に侵され人間なら即死する。
エリサの問い掛けに老人の隣に居た男が、顔だけを上げて蒼白な顔で言う。
「間違いありません。郊外の畑から街へ帰る途中で目にしたんです」
見間違いならどんなに良いかと男は項垂れる。
このままでは街の作物は全て育てる事ができず、人々の飲み水や食べ物も
他の街から調達しなくてはいけなくなり文字どおり壊滅だ。
レセルは数秒、眼を瞑った後に椅子から立ち上がった。
「貯水施設に行く」
「おぉっ!レセル様!退治に行って来れるのですね!」
「なっ!ちょっ…待てよ!」
いくらレセルが天才魔術師でも人間が毒の充満する場所に行くのは危険過ぎる。
そう思ったロキスが駆け寄ろうとした時、老人が憎々しげに口にした。
「汚染水魚を侵入させたのは、きっと魔王の仕業に違いありませんぞ!
まったく腹立たしいですな」
「…って、おい!何で俺のせいに…ぐはっ!」
思わず言い返そうとしたロキスの頭に、レセルが雷を落とす。
衝撃を受けて床に倒れているロキスの存在に老人と男は
初めて存在に気付き振り向く。
「あの…レセル様?そちらの方は誰でしょうか?」
初めて目にする人物に老人と男が眼を丸くしている間、
レセルは倒れているロキスに近づき指を差して紹介する。
「新しく僕の使用人にしたロキス・ブルーノア。年齢不詳」
「なっ!レセル様!執事の私に相談もなく決めたのですか~?」
「腕は確かだから大丈夫だよ」
「ま、まぁ…レセル様がそう仰るのなら認めますが…」
主人のレセルが選んだ相手を拒否する訳にもいかず老人は溜息雑じりに頷く。
その間に倒れているロキスの傍にレセルはしゃがみ込む。
「おい…俺、何かしたか?」
何故に雷で攻撃されなければならないのかとロキスは憎々しげに顔を上げて聞く。
すると、悪びれた様子もなくレセルはいつものように無表情で言った。
「君が魔王って事、普通の人には言わないようにね」
「何でだ?」
ロキスの顔をじっと見た後、レセルは答えず黙って立ち上がる。
自分で考えろと言われていると悟ったロキスは、
それ以上は聞かずに床から起き上がった。
「ところでロキス殿。どちらの街から来られたんですかな?」
執事である老人がロキスを見極めようとするように眼を光らせて聞く。
「えっ!えっと…」
魔界の大陸から来たとは言えず、ロキスは助けを求めるようにレセルの方を見る。
しかし、レセルはエリサと共にチェス盤を片付け状況を無視していた。
薄情者めと思いながらロキスは適当に話を作る。
「へ、辺境の大陸にある小さな村さ。
武術や魔術に自信があったから城へ来たんだ」
嘘がバレないように真実を少し混ぜてロキスは言う。
その時、後ろで話を聞いていた男が話に交わってきた。
「そういえば…さっき城が魔物の群れに襲われたとか。
もしや、君が全滅させたのか?」
「う…ま、まぁ…全滅させたというより撤退させたという感じだな…」
上空から襲撃したため街の住人達はロキスの顔を知らないらしい。
いや、住人だけでなくレセルを護衛する兵士にも会わなかった。
英雄王なので守る必要はないと兵士が思っているかレセルの意向なのだろう。
複雑な気持ちで答えると、ロキスを見ていた男と老人の目が瞬時に変わった。
「あれだけの魔物を撤退させるほどの腕とは素晴らしい!」
「さすがはレセル様が選んだ人だ!
魔王も悔しがっているだろう!」
「確かに襲撃した時は後悔した…」
「ん?何か言いましたか?」
「ひ、独り言だ」
思わず本音が飛び出してしまいロキスは笑って誤魔化す。
幸い、二人もそれ以上は聞かず強さに感服したように笑う。
「ちょっと~行かないの?」
その時、片付けを終えたエリサがロキス達に呼びかける。
ふと見るとレセルは扉を開けて外へ出ているところだった。
「お、お待ち下さい」
それを見た執事と男は慌ててレセルのを追いかけ、ロキスも足早に追う。
謁見の間から廊下に出たロキスは、レセルと男二人の後ろを歩くエリサに近づく。
「エリ…お嬢。このまま行かせても良いのか?」
名前を呼ぶと殴られると察し、言い直して聞くとエリサは眼を合わせず呟いた。
「良い訳ない。でも…お兄様は皆の期待を全て背負ってる。
エリサは、信じるしかないの」
エリサにとっては、たった一人の兄。死地に行こうとしているレセルを
縋り付いてでも止めたいのは当たり前かもしれない。
レセルは今どんな気持ちなのかとロキスは前方を窺うが、顔は見えず
歩く姿にも動揺している様子はひとつもない。
「あれ?どこかに行くんですか?」
一同がロビーに出ると階段を掃除していたナナが首を傾げて聞く。
レセルは立ち止まり階段の上にいるナナに行き先を告げた。
「貯水施設まで出かけてくる。連いて来るも来ないも自由にして良いよ」
それだけ言うとレセルは再び歩き始め門に向かう。
ナナは箒を持つ手を止めて少し考え込んだ後、
にこやかに頷いて素早く降りてくる。
一緒に連いてくる事に決めたらしい。
(あ、確かナナは機械人形だよな…)
それなら毒の充満する場所でも平気ではないかと、ロキスは歩きながら
貯水施設に向かっている事情を説明して頼んでみた。
だが、ナナは期待外れの返事をロキスに返す。
「無理ですよ~…私に使われている機材は繊細で、水に長時間浸ると錆ができます。
それに私は古代文明の遺産みたいなものですから取り替えもできません」
損傷時は自己修復機能で回復しているという。
察するにナナはレセルに発掘されたようだ。
レセルとナナの出会いはどんなものだったのかと想像していると、
目的地である貯水施設の建物が見えてくる。黄色の壁で覆われた縦長い施設だ。
街の中心にあり、地下の水道管から住宅などに利用されている。
四つの水道橋が東西南北から施設に繋がっていることから
内部で管理、清浄にしているのだろう。
「どの水道橋に侵入したのか分かる?」
レセルが施設の前で立ち止まり、振り向かずに聞く。
男が自分に質問されていると知ってハッとし、慌てて答える。
「は、はい。俺の畑はあっちだから…北です」
方角を確認したレセルは施設の玄関へ向かう。
すると、そこには数人の住人達が暗い顔で集まっており
レセルの姿を見つけた途端、安堵した顔を全員が浮かべた。
「レセル様だ!レセル様が汚染水魚を退治しに来られたぞ!」
話を聞きつけた住人達が居ても立ってもいられず施設に集まったらしく、
よく見ると水を頻繁に利用する飲食店の者や母親など年配の人々が多い。
そんな人々に小さく頷いたレセルが施設の中へと入ると、
その場に居た全員が後に続く。
内部は外観とは異なり小部屋のような作りで、
制服を着た一人の女性が受付らしき場所に座っていた。
女性はレセルに気付くと姿勢を正して立ち上がる。
「北の水門を閉じて水を抜いて」
「な、何かあったんですか?」
住人を引き連れている事から只事ではないと感じた女性が聞くと、
レセルではなく執事が焦ったように言う。
「汚染水魚が侵入したのだ。直ちに北の水門を閉じるように」
「ええっ!わ、分かりました」
女性が後ろにある扉へ入ると、暫くしてガコンという音が遠くでする。
音のした方へとレセルを先頭に向かうと、住民達が驚愕するような光景があった。
閉じられた水門の前にある鉄の柵が無残に散らかっていた。
「何て威力だ…」
執事が呟くと住人達も息を飲む。
「お…汚染水魚は奥の方でしょうか?」
隣に居た男が足首までしか水のない下を恐々としながら見て声を震わせる。
トンネルのような先に続く道は水が黒く濁り、妙な匂いがしていた。
その間にレセルは怯えた様子も見せず梯子に近づく。
「行って来る」
レセルがそう言うと住人達や執事は安堵して口々に言う。
「良かった~」
「レセル様が退治してくれるのなら安心ですな」
「この街にレセル様が居てくれて良かったぜ」
「では、後はお願いします」
その言葉を聞いた後、レセルは梯子に向かい住人達は立ち去ろうとする。
エリサとナナは何も言わず住人達を見送っているのを見て、
もう我慢の出来なくなったロキスは素早くレセルの腕を掴んで歩みを止めた。
「!」
掴まれた事に眼を丸くして、レセルはロキスを黙って見つめる。
立ち去ろうとした住人達も何をしているんだという顔だ。
「いいかげんにしろよな」
そんな住人達にロキスは怒ったような口調で言う。
「英雄だろうと、レセルもお前達と同じ人間だ。死地に行こうとしているんだぞ。
言いたい事はそれだけか?信じて待つこともできないのかよ?」
ロキスの言い分を聞いた住人達は反論できずに口篭り、
エリサとナナは笑顔になる。
そんな中、手を掴まれているレセルは無表情に戻った顔でロキスに言う。
「何のつもり?」
「俺が行く。人よりは丈夫だからな」
魔王であるロキスなら毒の充満する場所でも何とか平気らしく、
キッパリとレセルに笑顔で言い、腕を放したロキスは梯子を降りて行く。
「あ、ロキスさん」
下に降り立ったロキスにナナが駆け寄り、梯子の上から小声で聞いてくる。
『どうせ攻撃魔術は使わないんですよね?
結界の魔術だけで汚染水魚は倒せませんよ?
話し合いで解決するつもりですか?』
あれだけ攻撃しても攻撃魔術を発動させなかったロキスに何か事情があると思い、
ナナが確信したように首を傾げて聞く。
『あぁ。最初は話し合いで…って、魔術に頼らなくても剣術くらいはできるぞ』
魔術だけしか出来ない訳じゃないとロキスが強気で言うと、
ナナは納得して普通に聞く。
「なるほど。で?武器は持ってるんですか?」
「…あ」
聞かれたロキスは自分が丸腰であるのに気付き我に返る。
それを見たナナが口元を押さえて小さく馬鹿にしたように笑う。
「ぷくくっ…マヌケですね~」
本当にそのとおりなので何も言えずロキスは言葉に詰まる。
この場合、何としても話し合いで解決しなくてはいけないだろうかと
思考するロキスにナナが仕方ないですねという顔で質問してきた。
「武器はどんなのが良いですか?長剣、短剣、斧や槍」
「え?まぁ…長剣なら得意だが…」
速攻で買いにでも行ってくれるのかとロキスが思考すると、
ナナは眼を瞑り手前へ両掌を上にする。
途端に光が集まり一本の鞘付きの長剣がナナの手に現れた。
「はい。プレゼントです」
手品でも見たという顔をしているロキスに、ナナは長剣の中心を持って手渡す。
遠くの住人達はナナの正体を知っているか
魔術師だと思っているのか全然驚いていない。
「い、今のも搭載されている能力か?」
「はい。私が知っている物なら何でも出せます」
ウインクをしてナナは大きく頷く。逆に知らない物は出せないという事らしい。
とりあえず、納得したロキスは剣を後ろ腰に横へと装備して穴を目指す。
「じゃ、健闘を祈っててくれよ」
「気をつけてよね!」
エリサがそう言うとロキスは振り向かず、片手だけを上げて返事をした。
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