22 / 34
灰色世界Ⅱ ~夏休みの向こう側~
20.おじいちゃん
しおりを挟む
見あげると、そこには……おじいちゃん?
そうだ、この手……今、確かに、おじいちゃんのおおきな手が、ぼくの手をつかんでいる。
「おじいちゃん……」
「イキ。おかしなところで再会したものじゃな。なににしても元気でなによりじゃ」
ぼくは手足にこまかい傷をおってはいたけど……そうだあの、鳥たちは……? ぼくのうしろで、鉄の扉は、固く閉まっている。
「カケラ。カケラが。おじいちゃん、……!」
「イキの友だちかな?」
見ると、おじいちゃんの斜めうしろに、カケラがうつぶしていた。体に、細かいけどぼくよりもっとたくさんの傷を受けている。
「大丈夫……なの?」
「うう……」
イキは、うなだれた声をもらして、横になったままこちらの方を向いた。苦い笑みを浮かべて。
「ははは」
おじいちゃんは笑って、
「男子が、ちょっとくらいのことでへこたれるようではいかんからな。しかし、いやにばたばたしていると思ったら、地下で鳥があばれておったとはなあ。しかも襲われておったのがわしの孫とは。イキも地下にもぐりこむなぞ少しくらいはいたずらをするようになったか」
「地下……そうだ、おじいちゃん、ここは……?」
「ここは、おまえの家じゃよ」
「えっ?」
「おまえの家の、地下の書庫の、そのまた一つ下じゃよ」
「書庫の下に、まだ、地下があったの?」
あたりは、書庫よりもっとうす暗い。だけど少し離れたところに、書庫と同じうすい灯かりが、一つ見えた。鉄の扉のためなのか、すぐ向こうに流れるはずの下水の音も、あのいまわしい鳥たちの羽ばたきも、ここではもうきこえない。
書庫。ぼくは、本のことを思い出した。
「おじいちゃん。本……書庫の本は、どうしたの。ぼく、夏休みにたくさん読もうと思っていたんだ……最後の、夏休みに……」
「ああ、うむ。本か……本はな、今はもうタワーのなかじゃ」
「タワーって、都庁タワー? どうして……」
「イキ。わしはな、都庁タワーの人間じゃ。わしは都庁タワーで、「うた」を教えておったのよ。タワーの人間は、地下を伝って、この世界のなかならどこでも行き来することができる。もっとも、都庁タワーの人間で、わざわざタワーを出たいと思う者など、ほとんどおらんがな」
おじいちゃんが、都庁タワーの……? それからなんだって……
「う、た、……」
「そう。詩(うた)とか、歌(うた)とかな……この世界から、消されてしまったものだよ。おまえたちは、知らない。おまえたちには、与えられないものなのだ。今は、タワーに住む少数の支配者たちが、その慰みにするだけのものだ。かつて、世界はうたにみちあふれておったのに……うたとは物語であり、うたとは音楽であった……それらはもう、失われてしまったのじゃ」
ぼくは、わけがわからなかった。だけど、うた……どこかでそれを……?
「うむ。イキ、おまえにもな、おまえがまだ本当にちいさい頃、教えたことがあるんだよ」
ぼくが、もっとちいさいころに、うたを……? 覚えていない。でもそうじゃない、ぼくはそれを聴いた。うた。暗やみのなかで聴こえたあれは、きっとそうだ。
「おまえが小学校に入る前に、詩や音楽や、それにまた絵などの才能を見せていれば、おまえも今頃、都庁タワーにいただろうがのう。そう、あいつと一緒に。おまえの……」
「えっ……」
ぼくが、都庁タワーにいたかもしれない? それに、あいつ、って……
「いや、なんでもない。だがわしの孫じゃ、おまえも、もっとすれば、きっと詩や歌の才能が芽生えたかもしれんのになあ。しかしせめて、詩を読んだり、歌を唄ったりする楽しみだけは、奪わんでもよいものを……わしはせめて、おまえにも、おまえの父さんにも、その楽しみは味わわせてやろうと思ってな。でも中等部、高等部の教育を受ければ、おまえだって、今の父さんみたく、そんな楽しみは忘れさせられてしまうじゃろう」
じゃあやっぱり父さんも、かつては本を……
「ぼくは忘れたくないよ……おじいちゃん。ぼく、カケラと、この世界を出たいんだ」
カケラは、床で、疲れが出たのか、眠ってしまっているみたいだった。
「ふむう。この世界を出て、おまえとカケラはどこへ行く」
「カケラは、海が見たいって言った。ぼくは、花が……ひまわりの花がたくさん咲いている原っぱへ行きたい。そしてその向こうにあるぼくの大事なものを見つけたいんだ」
おじいちゃんは、ぼくの手を離し、一度横を向いてから、少し難しい顔をした。だけどまたすぐにぼくの方を見て、そのときにはもう笑顔だった。
「うん。では、行きなさい。外へ。外の、いちばん外へ行ってみるといい。果てはまた、中心とつながっているものでもあるしな……」
手は、もうにぎられることはなかった。
「この地下の道を……ずっと、進みなさい。つきあたりまで行けば、そこで地上へ出ればよい。そこが、おまえたちの目指す「外」かどうかは、実際に行って、見てみるのじゃ。その目でな」
そうだ、この手……今、確かに、おじいちゃんのおおきな手が、ぼくの手をつかんでいる。
「おじいちゃん……」
「イキ。おかしなところで再会したものじゃな。なににしても元気でなによりじゃ」
ぼくは手足にこまかい傷をおってはいたけど……そうだあの、鳥たちは……? ぼくのうしろで、鉄の扉は、固く閉まっている。
「カケラ。カケラが。おじいちゃん、……!」
「イキの友だちかな?」
見ると、おじいちゃんの斜めうしろに、カケラがうつぶしていた。体に、細かいけどぼくよりもっとたくさんの傷を受けている。
「大丈夫……なの?」
「うう……」
イキは、うなだれた声をもらして、横になったままこちらの方を向いた。苦い笑みを浮かべて。
「ははは」
おじいちゃんは笑って、
「男子が、ちょっとくらいのことでへこたれるようではいかんからな。しかし、いやにばたばたしていると思ったら、地下で鳥があばれておったとはなあ。しかも襲われておったのがわしの孫とは。イキも地下にもぐりこむなぞ少しくらいはいたずらをするようになったか」
「地下……そうだ、おじいちゃん、ここは……?」
「ここは、おまえの家じゃよ」
「えっ?」
「おまえの家の、地下の書庫の、そのまた一つ下じゃよ」
「書庫の下に、まだ、地下があったの?」
あたりは、書庫よりもっとうす暗い。だけど少し離れたところに、書庫と同じうすい灯かりが、一つ見えた。鉄の扉のためなのか、すぐ向こうに流れるはずの下水の音も、あのいまわしい鳥たちの羽ばたきも、ここではもうきこえない。
書庫。ぼくは、本のことを思い出した。
「おじいちゃん。本……書庫の本は、どうしたの。ぼく、夏休みにたくさん読もうと思っていたんだ……最後の、夏休みに……」
「ああ、うむ。本か……本はな、今はもうタワーのなかじゃ」
「タワーって、都庁タワー? どうして……」
「イキ。わしはな、都庁タワーの人間じゃ。わしは都庁タワーで、「うた」を教えておったのよ。タワーの人間は、地下を伝って、この世界のなかならどこでも行き来することができる。もっとも、都庁タワーの人間で、わざわざタワーを出たいと思う者など、ほとんどおらんがな」
おじいちゃんが、都庁タワーの……? それからなんだって……
「う、た、……」
「そう。詩(うた)とか、歌(うた)とかな……この世界から、消されてしまったものだよ。おまえたちは、知らない。おまえたちには、与えられないものなのだ。今は、タワーに住む少数の支配者たちが、その慰みにするだけのものだ。かつて、世界はうたにみちあふれておったのに……うたとは物語であり、うたとは音楽であった……それらはもう、失われてしまったのじゃ」
ぼくは、わけがわからなかった。だけど、うた……どこかでそれを……?
「うむ。イキ、おまえにもな、おまえがまだ本当にちいさい頃、教えたことがあるんだよ」
ぼくが、もっとちいさいころに、うたを……? 覚えていない。でもそうじゃない、ぼくはそれを聴いた。うた。暗やみのなかで聴こえたあれは、きっとそうだ。
「おまえが小学校に入る前に、詩や音楽や、それにまた絵などの才能を見せていれば、おまえも今頃、都庁タワーにいただろうがのう。そう、あいつと一緒に。おまえの……」
「えっ……」
ぼくが、都庁タワーにいたかもしれない? それに、あいつ、って……
「いや、なんでもない。だがわしの孫じゃ、おまえも、もっとすれば、きっと詩や歌の才能が芽生えたかもしれんのになあ。しかしせめて、詩を読んだり、歌を唄ったりする楽しみだけは、奪わんでもよいものを……わしはせめて、おまえにも、おまえの父さんにも、その楽しみは味わわせてやろうと思ってな。でも中等部、高等部の教育を受ければ、おまえだって、今の父さんみたく、そんな楽しみは忘れさせられてしまうじゃろう」
じゃあやっぱり父さんも、かつては本を……
「ぼくは忘れたくないよ……おじいちゃん。ぼく、カケラと、この世界を出たいんだ」
カケラは、床で、疲れが出たのか、眠ってしまっているみたいだった。
「ふむう。この世界を出て、おまえとカケラはどこへ行く」
「カケラは、海が見たいって言った。ぼくは、花が……ひまわりの花がたくさん咲いている原っぱへ行きたい。そしてその向こうにあるぼくの大事なものを見つけたいんだ」
おじいちゃんは、ぼくの手を離し、一度横を向いてから、少し難しい顔をした。だけどまたすぐにぼくの方を見て、そのときにはもう笑顔だった。
「うん。では、行きなさい。外へ。外の、いちばん外へ行ってみるといい。果てはまた、中心とつながっているものでもあるしな……」
手は、もうにぎられることはなかった。
「この地下の道を……ずっと、進みなさい。つきあたりまで行けば、そこで地上へ出ればよい。そこが、おまえたちの目指す「外」かどうかは、実際に行って、見てみるのじゃ。その目でな」
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
さくら色の友だち
村崎けい子
児童書・童話
うさぎの女の子・さくらは、小学2年生。さくら色のきれいな毛なみからつけられた名前がお気に入り。
ある日やって来た、同じ名前の てん校生を、さくらは気に入らない――
化け猫ミッケと黒い天使
ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。
そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。
彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。
次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。
そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。
天使の贈り物〜Shiny story〜
悠月かな(ゆづきかな)
児童書・童話
この作品は「天使の国のシャイニー」のもう一つの物語。
私がシャイニーの物語を執筆し始めて間もない頃に、生まれたお話です。
童話の要素が強い作品です。
雲の上から望遠鏡で地上を見る事が大好きなシャイニー。
ある日、母親と仲良く歩いている小さな可愛い女の子を見ます。
その子の名前はユイ。
シャイニーは、望遠鏡でユイを何度も見るうちに時折見せる寂しそうな表情に気付きます。
そんなユイに、何かできる事はないかと考えたシャイニーは、地上に降りユイに会いに行きます。
過去にAmebaブログで掲載した短編小説を修正及び加筆しました作品です。
「小説家になろう」「エブリスタ」「NOVEL DAYS」にも掲載しています。
今日の夜。学校で
倉木元貴
児童書・童話
主人公・如月大輔は、隣の席になった羽山愛のことが気になっていた。ある日、いつも1人で本を読んでいる彼女に、何の本を読んでいるのか尋ねると「人体の本」と言われる。そんな彼女に夏休みが始まる前日の学校で「体育館裏に来て」と言われ、向かうと、今度は「倉庫横に」と言われる。倉庫横に向かうと「今日の夜。学校で」と誘われ、大輔は親に嘘をついて約束通り夜に学校に向かう。
如月大輔と羽山愛の学校探検が今始まる
ポッケのふくろ
いっき
児童書・童話
一学期最後の日。
僕は一番の親友だったジャンガリアンハムスターのポンを失った。
でも、そんな僕のぽっかりあいた心の穴にフクロモモンガのポッケが入りこんできた。
そして、その夏休み。
僕たちには、かけがえのない『親友』が二人もできたんだ。
かわいらしいフクロモモンガのポッケがつむぐ、愛と友情の物語。
動物を愛する子供たちに贈ります。
※写真は我が家の家族の一員、フクロモモンガのポッケ(♂、7歳)です。
オスなので、頭のてっぺんがハゲています。
前へ
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる