ニホンカモシカを食べてしまった話

パウレタ

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24.クマ捕獲

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 それから三十分くらい経っただろうか、耳をつんざくような音と衝撃波が二回、ぼくらをおそった。少女らは音がしてからあわてて耳をふさいだ。窓ガラスがシャボン玉のように震えた。

 それから静寂と身動きできない時間がぼくらに訪れた。座っていた少女らと母親は互いに寄り添い、目を大きく開いて、一点をずっと見つめていた。何かを見ているわけではなかった。ぼくは天井を見上げ、反射する光や、緑の映り込みをながめた。室内から見える森は、虚像と実像が混在しあっていた。

 窓を軽くたたく音と、サチヤさんの呼ぶ声が聞こえた。声のほうに目をやると、ガラス越しにサチヤさんがいて、彼は向こう側を指差していた。ぼくらはその先を見た。ライフルをかかえた猟友会のおじさんらがいて、その近くには体長一メートルほどのクマが横たわっていた。黒い体の胸元には、白いV字型の模様が見えた。
「仲間の車に乗っていきます。すぐ近くに解体小屋があるんです。いっしょに行きましょう。自転車ものせてもらえそうです。終わったらあなたを現場までお送りしてもらいますよ」
サチヤさんは言った。ガラスを介した声はややこもってぼくの耳に入ってきた。
「わかりました。ありがとうございます」
ぼくは少し大きめな声でお礼を言った。彼はもう少ししたら呼びにきますと言って、クマのほうへ走っていった。

 クマはこの後さばかれるのだ。肉の一部をサチヤさんはもらい、それが熟成したらぼくに電話をくれるだろう。またワインをもって彼のマンションに行こう。クマ肉はカモシカよりもくせが強く、かたそうだ。でも下処理されれば、肉はやわらかく、くせも気にならなくなるのだろうか。しめはスパイスをガンガン効かせたクマカレーだろうか。ぼくらはそれらを食し、クマの成仏を願うのだ。飲み食いしていると、サチヤさんはまたお決まりのように、近いうちに奥さんのいる島へいっしょに行こうとぼくを誘うかもしれない。このあいだ誘われたとき、ぼくは仕事があるので断ってしまった。どうしようか。仕事がひと段落したら、一度訪れてみるのも悪くない。ぼくは肉を食べ、酒をあおっているなかでまどろんでいく自分を想像した。記憶がうすれ、夢までみてしまう自分を。動物納骨場にたたずんでいるぼくのとなりにはカモシカがいて、そのとなりには二百年以上前に処刑された侍がいる。亡くなったとされているサチヤさんの孫も。ぼくらは皆、白骨化している。ぼくが「サチヤさんは?」と聞くと、彼は「サチヤはぼくだよ」と返す。「おじいちゃんは?」と聞くと、「おじいちゃんはおばあちゃんのいる島に行ってくるって。朝の飛行機に乗ってった。ぼくをつれていきたくてしょうがなかったみたい」とサチヤ君は答える。なんでだろう、そんなことを勝手に頭の中で描いてしまうくらい、今という時間は何もなかった。
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