ニホンカモシカを食べてしまった話

パウレタ

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23.クマ出没

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 ぼくは少女二人とカフェの椅子に腰掛け、サチヤさんがごちそうしてくれたアイスクリームを口にしていた。
「今日二回目」
午前中も食べたのだろう、彼女らの笑顔は、その罪悪感がたまらなく気持ちいいと言わんばかりのものだった。

 今カフェのガラス戸は完全に閉じられていた。建物近くでクマの目撃情報が入ったのだ。サチヤさんは事務室にいて、猟友会の知り合いへ電話をしていた。ガラス越しに受話器をかかえた彼の姿が見える。
「どこにいるんだろうね、クマ」
「外にいたら食べられちゃう?」
少女らがぼくを見た。
「たぶんね」
ぼくは溶け始めたアイスクリームをかき集めながら言った。こういうとき大人はどうこたえればいいのだろう。

「クマに注意の看板はよく見ますが、実際に見たのなんてはじめてです」
女性研究員のシライさんの声が聞こえ、ぼくらは事務室のほうにまた目をやった。サチヤさんと少女たちの母親であったシライさんがしゃべりながらこっちへ歩いてきた。
「ここでしばらく待機しててください」
サチヤさんはぼくらにそう言って、また一人事務室へ戻っていった。

「おじさんたち自転車で来たんでしょ?」
姉のほうがぼくを見て言った。
「なんで知ってるの?」
「駐車場に置いてあったから。帰れる?」
「どうだろうな。きみたちは乗れる?自転車」
「ちょっとだけ。でもまだここまでは行けない。今はおうちから保育園のところまで」
「ウサギ小屋がある?」
「うん」
姉が返そうとする前に、妹のほうが大きな返事をした。
「今日はウサギいなかったな」
「ウサギはおなかをこわして死んじゃったの。あの子はえさをあげればどこまでも食べてしまうの。自分がどれくらい食べればいいのかわからないんだって。小屋にいて、園長先生が決めてあげてるの。でもみんなはあいつがクローバーをあげるとむしゃむしゃ食べてくれて、それが面白くてどんどんあげちゃったから」
妹は話しているうちに元気がなくなり、途中で下を向いてしまった。

「いつ行ける?家から自転車でここまで」
姉のほうが母親であるシライさんに聞いた。
「もうちょっと二人とも上手にこげるようにならないとね」
「そのうち線路ができちゃうよ」
妹がテーブルの縁を人差し指ですうっとなぞりながら言った。
「なんで?」
ぼくが聞くと、
「森林鉄道だから」
彼女はテーブルから指をジャンプさせ、空になったアイスクリームの器に着地させた。
「昔そうだったっていうことでしょ?」
「またできるかもしれない」
「サイクリングロードに?」
ぼくが聞くと、姉妹二人がそろってうなづいた。
「クラスの友達と電車に乗ってここに来るの」
「電車の窓から田んぼの景色がきれいに見えるはずだよ」
ぼくは彼女らの話にあわせて返しながら、田んぼにぽつんと佇む墓石を思い出した。
「ずっと乗っていくと森につくよ」
「遊園地になっててみんなで遊ぶの。プールもあるよ。大きな滑り台もあるの」
「でね、でね」
彼女らの話は止まらない。シライさんが
「ごめんなさいね」
とぼくに言った。
「いえ、むかしそんな計画が頓挫したような話を思い出しました。知ってます?」
「ええ。私の父が当時仕事で関わっていました。今でもそのことを子供たちにおはなしみたく聞かせるんですよ」
砂上の楼閣のごとく崩れた夢を彼女たちは語り継いだ。ぼくはそれに耳を傾けている。

 姉のほうが、
「自転車だと森までたくさんこがなきゃいけない」
と言った。
「そうだね。おじさんたちは保育園のところからだと、なんだかんだで一時間以上はかかったかな」
「でも電車だとすぐ着く」
妹は言った。
「動物もいるよ。生きてるのが」
姉がぼくの目をじっと見て言った。
 外から車の音がした。サチヤさんが事務室から出てきて、
「もうちょっとですから」
と言い、外に行ってしまった。
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