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21.動物納骨場
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「動物たちの水飲み場」
川の水が行き着く場所はそう表記されていた。水面の揺らぎは流れ込む水以外に少女らの手からも生まれた。濡れた手を太陽にかざし、乾くのを待つその姿は、彼女らなりの時刻確認のようにも見えた。彼女らは水滴を弾いた手を、建物があるほうへひろげた。爪の先まで指がきれいに長くのびている。あちらへどうぞという合図だろう。
ぼくらは彼女らの前を通り、石が積まれてできた建物のほうへと進んだ。ぼくが振り返ると、彼女らはついてくることなく、水と戯れていた。きみたちは来ないの?ぼくは言おうと思ったが、やめた。
先に見える建物のゲートには「動物納骨場」と書かれていた。建物には森林鉄道で轢かれて犠牲になった動物の骨が眠っているらしい。地面は小さな岩が増えはじめた。それらと対峙した鉄の板は岩を押し分け、人の歩むスペースを静かに刻んだ。
「自然の中を通していただいているんですよ。私たちは」
サチヤさんは言った。不定形なゲートは遠近感が強調され、ぼくの目に錯覚が生じた。騙し絵みたいだ。通路は進むにつれて傾斜となり、暗い地下へゆっくりもぐりこんでいった。
板状の石が一段一段積み上げられた建物の壁は地層を想起させ、この場所が昔から存在しているかのようだった。時折上に見える開口からは空と山が見えた。
「公園の地下通路はこんな感じだったのでしょうね」
ぼくの声が内部に響き渡った。サチヤさんはうしろにいるぼくを見た。
「いやいや、こんなに明るくないですから。懐中電灯の照らした一部が明るくなるだけ。粘土みたいな質感の内部が照らされては消えていくんです。暗さは時間を感じさせません。そういう中を進んでいくのは不安でしたね。光がないのがあんなに暗いとは思いませんでした。光があるから今私たちは進んでいけるわけです。通路の床が傾いていますが大丈夫ですか?今度は気持ち悪くなっていませんか?」
「ええ。やはりさっきはお腹がへっていただけみたいです」
壁には森林鉄道の歴史が記されていた。でもそれはうす暗くて読めなかった。見ようと思っても、床が傾いているせいか、立ち止まってそうする気にぼくはなれなかった。
通路の突き当たりにあった扉を開くと、大きな吹き抜け空間が待っていた。ぼくらは中央部まで進んだ。窓は天井に一つしかない。ぽっかりと円形に切り取られた開口から空が見えた。煙突の底にいるような光景だ。地上にいたときと変わらず青い空を、ぼくらはしっかりと見上げていた。
「こういう状況にあると自然と空のほうを見てしまうものです」
サチヤさんは言った。
ぼくらは吹き抜けのまわりに配された、らせん状のスロープを上った。壁面には、鉄道で轢かれた動物たちに関する説明が写真とともに展示されていた。しかし薄暗い内部ではその文字と写真もさっきと同様見えづらく、ぼくにはもはや模様にしか見えなかった。
スロープを上りきったところにあった扉をぼくらは押した。開いた先には長い廊下が続いていた。動物の大きさにあわせているのだろうか、両脇には大小たくさんの骨壷が納められてあった。
「納骨室になります。ではそうですね、適当に棚にある骨壷をもってきてこれらを納めましょう」
サチヤさんはリュックサックを床において、骨を取り出した。ハクチョウの骨だった。ぼくは棚から骨壷をもってきてふたを開けた。中には小さな動物の骨が中に入っていた。
「埋められた骨を掘り起こしたことはありますか?」
「いえ」
「私はあります。といってもネズミですけどね。実家を片付けた際につかまえたネズミです。バケツに放り込んで溺死したネズミを実家敷地の隅に埋めたんです。その一ヵ月後くらいですかね。掘り起こしてみたいと孫が言いました。埋めた死者を掘り起こすなんてむごい行為であると思いませんか?」
サチヤさんはハクチョウの骨をひとつひとつ入れた。ぼくも彼にしたがった。
サチヤさんはよいしょと立ち上がって、ハクチョウの骨を入れた壷を置きに行った。そしてまたもうひとつ骨壷をもってきた。
彼に渡されたそれをぼくは開けた。
「あれ?」
ぼくはなかにあった骨を取り上げてサチヤさんに見せた。
「大腿骨でしょうかね。人の」
彼の言葉にぼくはごくりをつばを飲み込んだ。そういえば祖父の火葬後骨を拾った際、ぼくは同じような形を見たことがあった。
「ここは無縁墓地として処理しきれないお骨がまぎれているとか?」
「どうでしょうか。ここは動物納骨場です。森林鉄道で犠牲になった動物たちが眠る場所です」
サチヤさんはカモシカの骨を壷に入れはじめた。ぼくらは淡々とその作業をまた行った。
「これでつつがなく納骨を完了いたしました」
サチヤさんはそう言って最後の骨を壷に入れるとふたをし、もとの場所へ戻しに行った。先に見える部屋の出口には、白い光が宿っていた。
川の水が行き着く場所はそう表記されていた。水面の揺らぎは流れ込む水以外に少女らの手からも生まれた。濡れた手を太陽にかざし、乾くのを待つその姿は、彼女らなりの時刻確認のようにも見えた。彼女らは水滴を弾いた手を、建物があるほうへひろげた。爪の先まで指がきれいに長くのびている。あちらへどうぞという合図だろう。
ぼくらは彼女らの前を通り、石が積まれてできた建物のほうへと進んだ。ぼくが振り返ると、彼女らはついてくることなく、水と戯れていた。きみたちは来ないの?ぼくは言おうと思ったが、やめた。
先に見える建物のゲートには「動物納骨場」と書かれていた。建物には森林鉄道で轢かれて犠牲になった動物の骨が眠っているらしい。地面は小さな岩が増えはじめた。それらと対峙した鉄の板は岩を押し分け、人の歩むスペースを静かに刻んだ。
「自然の中を通していただいているんですよ。私たちは」
サチヤさんは言った。不定形なゲートは遠近感が強調され、ぼくの目に錯覚が生じた。騙し絵みたいだ。通路は進むにつれて傾斜となり、暗い地下へゆっくりもぐりこんでいった。
板状の石が一段一段積み上げられた建物の壁は地層を想起させ、この場所が昔から存在しているかのようだった。時折上に見える開口からは空と山が見えた。
「公園の地下通路はこんな感じだったのでしょうね」
ぼくの声が内部に響き渡った。サチヤさんはうしろにいるぼくを見た。
「いやいや、こんなに明るくないですから。懐中電灯の照らした一部が明るくなるだけ。粘土みたいな質感の内部が照らされては消えていくんです。暗さは時間を感じさせません。そういう中を進んでいくのは不安でしたね。光がないのがあんなに暗いとは思いませんでした。光があるから今私たちは進んでいけるわけです。通路の床が傾いていますが大丈夫ですか?今度は気持ち悪くなっていませんか?」
「ええ。やはりさっきはお腹がへっていただけみたいです」
壁には森林鉄道の歴史が記されていた。でもそれはうす暗くて読めなかった。見ようと思っても、床が傾いているせいか、立ち止まってそうする気にぼくはなれなかった。
通路の突き当たりにあった扉を開くと、大きな吹き抜け空間が待っていた。ぼくらは中央部まで進んだ。窓は天井に一つしかない。ぽっかりと円形に切り取られた開口から空が見えた。煙突の底にいるような光景だ。地上にいたときと変わらず青い空を、ぼくらはしっかりと見上げていた。
「こういう状況にあると自然と空のほうを見てしまうものです」
サチヤさんは言った。
ぼくらは吹き抜けのまわりに配された、らせん状のスロープを上った。壁面には、鉄道で轢かれた動物たちに関する説明が写真とともに展示されていた。しかし薄暗い内部ではその文字と写真もさっきと同様見えづらく、ぼくにはもはや模様にしか見えなかった。
スロープを上りきったところにあった扉をぼくらは押した。開いた先には長い廊下が続いていた。動物の大きさにあわせているのだろうか、両脇には大小たくさんの骨壷が納められてあった。
「納骨室になります。ではそうですね、適当に棚にある骨壷をもってきてこれらを納めましょう」
サチヤさんはリュックサックを床において、骨を取り出した。ハクチョウの骨だった。ぼくは棚から骨壷をもってきてふたを開けた。中には小さな動物の骨が中に入っていた。
「埋められた骨を掘り起こしたことはありますか?」
「いえ」
「私はあります。といってもネズミですけどね。実家を片付けた際につかまえたネズミです。バケツに放り込んで溺死したネズミを実家敷地の隅に埋めたんです。その一ヵ月後くらいですかね。掘り起こしてみたいと孫が言いました。埋めた死者を掘り起こすなんてむごい行為であると思いませんか?」
サチヤさんはハクチョウの骨をひとつひとつ入れた。ぼくも彼にしたがった。
サチヤさんはよいしょと立ち上がって、ハクチョウの骨を入れた壷を置きに行った。そしてまたもうひとつ骨壷をもってきた。
彼に渡されたそれをぼくは開けた。
「あれ?」
ぼくはなかにあった骨を取り上げてサチヤさんに見せた。
「大腿骨でしょうかね。人の」
彼の言葉にぼくはごくりをつばを飲み込んだ。そういえば祖父の火葬後骨を拾った際、ぼくは同じような形を見たことがあった。
「ここは無縁墓地として処理しきれないお骨がまぎれているとか?」
「どうでしょうか。ここは動物納骨場です。森林鉄道で犠牲になった動物たちが眠る場所です」
サチヤさんはカモシカの骨を壷に入れはじめた。ぼくらは淡々とその作業をまた行った。
「これでつつがなく納骨を完了いたしました」
サチヤさんはそう言って最後の骨を壷に入れるとふたをし、もとの場所へ戻しに行った。先に見える部屋の出口には、白い光が宿っていた。
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