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15.森への看板

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 しばらく進んでいくと、道路の中央線部分にタヌキの死骸を見つけた。おそらく車にひかれたのだろう。ぼくはできるだけ見ないよう、脇を急いで通り過ぎた。
「けっこう多いんですよ、ああいうの。たぬきってとろいんです。でもたぬき汁にして食べるとなかなか美味しいですよ。寒い時期は脂がのっててね。今の時期はそうでもないでしょうけど」
ぼくはうしろをちらっと見た。トンビが下りてきてタヌキの肉をつつき、赤い肉片が道路に散らばり始めていた。

 前方に小さな橋が見え、その上では釣りをしている少年がいた。サチヤさんは少年の立っているところで止まった。彼は川に沿って流れる風を吸い込みながら、少年の足もとに置かれたバケツの中に目を落とし、それから橋の下を見た。川の水は少し濁っている。
「こんな川の状態で魚なんか釣れないでしょう」
サチヤさんが言うと、少年はうんと無愛想にうなづいた。
「釣り人のバケツをのぞくのが好きなんですよね。彼らの時間がつまっています。それをちょっとのぞけることの優越感はたまりません」
サチヤさんはぼくを向いて言った。ぼくはからっぽのバケツをのぞき、川近くにある、これまたからっぽのいけすに目をやった。水が張られていない、遺跡を彷彿させた空虚な場所だった。

「何ですか、あそこ?」
ぼくはサチヤさんに聞いた。
「岩魚の養殖場跡ですね。昔は魚がたくさんいて釣堀みたいになってましたよ。水路も近くにあります」
近くを流れていた水路の水は、川とは違って透き通り、それがより豊富な水源に見えた。流れが速く、もし手をいれるものなら引きずりこまれそうだ。ぼくはその場所に一人近づいた。
「あまり近づかないほうがいいです」
サチヤさんの声がうしろから聞こえた。
「浅そうですけどね」
ぼくは橋のほうに戻りながら言った。
「そういうのが一番こわいんです」
「水の底が見える感じのがですか?」
「ええ」
サチヤさんはうなづいた。

「養殖場跡近くにある原っぱに大きな池みたいなのあるけどあの池のほうが魚いるんじゃない?」
ぼくは池のほうを指差しながら少年に言った。
「あれ水たまりだよ。雨がたまったの」
少年は知らないのという顔で答えた。アメンボが池でないという、その水たまりをすいすい泳いでいた。水が枯れたら、彼らはどこにいけばいいのだろう。

「ねえサチヤさん、森ってまだですか?」
ぼくはつい聞いてしまった。ぼくらはいったい何回自転車をとめ、そしてこぎ始めただろう、ぼくはそれに飽き、疲れ、森はまだかと言ってしまった。

「もう森ですよ。森まであと何キロとかないですよ。なぜ限定してしまうんですか?ほら、私のお尻ばかり見てこがないで少し背を正してください」

平気な顔で自転車をこぎはじめようとするサチヤさんが、いたずらっぽく笑いながらぼくに言った。まるまった背中を起こしながら自転車をこぐと視線が上に向き、自生した藤の花が木の上につながって見えた。

 そこに「市民の森まであと一・五キロ」と書いてある看板が掲げられていた。

「こういうことですよ、サチヤさん。森は森としてあるじゃないですか」
ぼくは看板を指差しながらサチヤさんを見て、自転車をこぐ速度を上げた。サチヤさんもぼくにあわせて速度を上げた。緩やかな坂道が徐々に急になっていく。坂を覆うように林立する大きな木々の上には藤の花が続いていた。「市民の森まであと一・五キロ」、その言葉が看板に示された途端、垂れ下がる藤の花の存在がぼくらを見下ろす森の門番となった。
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