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9.出発前のひと仕事(土俵づくり)
しおりを挟む 車のエンジン音が聞こえてきた。振り返ると、今日作業を手伝ってくれる大工の軽トラックが見えた。ぼくは手をあげ、こっちだという合図を送った。
トラックはぼくらの自転車近くにつけられた。大工は車をおりると右手を振ってあいさつしながら歩いてきた。彼の左手には墨出し用の糸が見えた。ぼくと彼はさっそく土俵の位置をとりはじめた。サチヤさんはその様子を興味深そうにながめていた。大工が墨の糸を引っ張って地面に仮固定し、交点部分にマーキング用のスプレーで赤い罰点をつくった。これで土俵の中心位置が決まった。
また車の音がしてぼくらが振り向くと、会社のネームがついた軽トラックが入ってきた。運転しているのは後輩社員のサクライくんだった。
「相変わらず時間ギリギリでの到着だな」
ぼくがつぶやくと、大工がふっと鼻で笑った。今年度から公共施設の仕事を任されることになったぼくは、土俵工事の担当を外れ、サクライくんを後任として指名していた。引継ぎもかねて今日ぼくは最初だけ顔を出すだけにするつもりだった。
「完了後も一回来て確認したほうがいいかな」
「あんたんとこの会社もなかなか人が育たんね」
大工はあくびをしながら、土俵をつくるのに邪魔な大きさの石を拾い始めた。
サクライくんは車を飛び降り、ぼくらのもとに小走りで寄ってきた。
「おはようございます」
サチヤさんはにこにこしながらサクライくんに会釈をした。
「おはよう。もう墨出しして土俵位置決めちまったぞ。担当者はぎりぎりじゃなくてもっと早く来いよ。こちらは近くにお住まいのサチヤさん。今度はきちんと許可証もらってきたか?ちゃんと前んとこに置いとけよ」
「はい」
サクライくんはポケットから許可証をとりだし、走って車に戻り、フロントガラスのところに置いた。
「わたしもやはり少しでいいのでお手伝いしたいですね。よろしいですか?」
サチヤさんはぼくのほうを見て言った。
「どうぞお願いします。一人でも多いほうが早く終わりますから」
車から急いで戻ってきたサクライくんがぼくらの会話に割って入ってきた。
「じゃあ、出発するまでのあいだだけお願いします」
「あれ?最後までいないんですか?」
サクライくんがぼくとサチヤさんを交互に見ながら言った。
「帰りにまた寄るよ。電話はつながるから。なんかあったらいつでも連絡しな」
サクライくんはそうですかと小さい声で言いながら、大工に話しかけ、作業の手順を確認し始めた。
土俵は仮設ということもあり、余計な石をどけた地面に発砲素材の土台が敷かれ、板を打って補強されはじめた。
「このやり方、いつから始めたんですかね?昔はこんな材料使っていなかったでしょう」
「たぶんそうでしょうね。でもうちの会社が受け継いだときにはもうこのやり方でしたよ」
ぼくはサチヤさんの質問に答えながら土嚢を運んだ。彼も手伝ってくれた。それらは敷き詰められ、木槌で叩いて固められた。そして内側に土を盛り、ならしながら固めていくことになる。
外側の作業が進んでくると、毎年土運びの作業を手伝ってくれる中学生と高校生の相撲部連中がやってきた。
「今年もお疲れ様です。ありがとうございます」
彼らは横一列に並び、ぼくらに礼をした。園内に声が響き、歩いていた人たちがそろってこっちを見ては微笑んだ。
「うお。改まって挨拶されると身がいっそう引き締まりますね」
学生に礼を言われ、園内の視線と注目を集めたサクライくんは、俄然張り切った様子で学生たちへリアカーを並べ始めるよう指示した。それが終わるとぼくは彼らにスコップを渡した。
「たくさん人が来ましたね。みんなでつくるんですね。土俵って」
「これから土を土俵の内側に入れていきます。学生らが率先してやってくれるはずです。それにしても追加の土、おっそいな。そろそろトラックで届くと思うんですけど。おーい、サクライくん、ちょっと電話してみてくんない?」
「いやあ、さっきからかけてるんすけどぜんぜんつながらないんすよ」
サクライくんはスコップで作業をしながら電話をかかえている。学生の質問に答えながら、なかなか折り返しの電話がこないことにぶつぶつ文句を言っていた。
時間が経つにつれ、土が残り少なくなってきた。土の量に比例して、学生が一人二人と手持ち無沙汰になり始めた。外国人の観光客だろうか、つくりかけの土俵の前で何人かの学生らといっしょに写真をとろうと誘っていた。学生らは、照れくさそう笑いながら、撮影をかってでたサチヤさんのほうを向いていた。もう誰も土俵をつくる作業をしていなかった。並んだリアカーの前でしゃがんでいると、隣にいたサクライくんの電話がようやく鳴った。土を運んでくる業者が、交通事故による渋滞で遅れるという連絡だった。
トラックはぼくらの自転車近くにつけられた。大工は車をおりると右手を振ってあいさつしながら歩いてきた。彼の左手には墨出し用の糸が見えた。ぼくと彼はさっそく土俵の位置をとりはじめた。サチヤさんはその様子を興味深そうにながめていた。大工が墨の糸を引っ張って地面に仮固定し、交点部分にマーキング用のスプレーで赤い罰点をつくった。これで土俵の中心位置が決まった。
また車の音がしてぼくらが振り向くと、会社のネームがついた軽トラックが入ってきた。運転しているのは後輩社員のサクライくんだった。
「相変わらず時間ギリギリでの到着だな」
ぼくがつぶやくと、大工がふっと鼻で笑った。今年度から公共施設の仕事を任されることになったぼくは、土俵工事の担当を外れ、サクライくんを後任として指名していた。引継ぎもかねて今日ぼくは最初だけ顔を出すだけにするつもりだった。
「完了後も一回来て確認したほうがいいかな」
「あんたんとこの会社もなかなか人が育たんね」
大工はあくびをしながら、土俵をつくるのに邪魔な大きさの石を拾い始めた。
サクライくんは車を飛び降り、ぼくらのもとに小走りで寄ってきた。
「おはようございます」
サチヤさんはにこにこしながらサクライくんに会釈をした。
「おはよう。もう墨出しして土俵位置決めちまったぞ。担当者はぎりぎりじゃなくてもっと早く来いよ。こちらは近くにお住まいのサチヤさん。今度はきちんと許可証もらってきたか?ちゃんと前んとこに置いとけよ」
「はい」
サクライくんはポケットから許可証をとりだし、走って車に戻り、フロントガラスのところに置いた。
「わたしもやはり少しでいいのでお手伝いしたいですね。よろしいですか?」
サチヤさんはぼくのほうを見て言った。
「どうぞお願いします。一人でも多いほうが早く終わりますから」
車から急いで戻ってきたサクライくんがぼくらの会話に割って入ってきた。
「じゃあ、出発するまでのあいだだけお願いします」
「あれ?最後までいないんですか?」
サクライくんがぼくとサチヤさんを交互に見ながら言った。
「帰りにまた寄るよ。電話はつながるから。なんかあったらいつでも連絡しな」
サクライくんはそうですかと小さい声で言いながら、大工に話しかけ、作業の手順を確認し始めた。
土俵は仮設ということもあり、余計な石をどけた地面に発砲素材の土台が敷かれ、板を打って補強されはじめた。
「このやり方、いつから始めたんですかね?昔はこんな材料使っていなかったでしょう」
「たぶんそうでしょうね。でもうちの会社が受け継いだときにはもうこのやり方でしたよ」
ぼくはサチヤさんの質問に答えながら土嚢を運んだ。彼も手伝ってくれた。それらは敷き詰められ、木槌で叩いて固められた。そして内側に土を盛り、ならしながら固めていくことになる。
外側の作業が進んでくると、毎年土運びの作業を手伝ってくれる中学生と高校生の相撲部連中がやってきた。
「今年もお疲れ様です。ありがとうございます」
彼らは横一列に並び、ぼくらに礼をした。園内に声が響き、歩いていた人たちがそろってこっちを見ては微笑んだ。
「うお。改まって挨拶されると身がいっそう引き締まりますね」
学生に礼を言われ、園内の視線と注目を集めたサクライくんは、俄然張り切った様子で学生たちへリアカーを並べ始めるよう指示した。それが終わるとぼくは彼らにスコップを渡した。
「たくさん人が来ましたね。みんなでつくるんですね。土俵って」
「これから土を土俵の内側に入れていきます。学生らが率先してやってくれるはずです。それにしても追加の土、おっそいな。そろそろトラックで届くと思うんですけど。おーい、サクライくん、ちょっと電話してみてくんない?」
「いやあ、さっきからかけてるんすけどぜんぜんつながらないんすよ」
サクライくんはスコップで作業をしながら電話をかかえている。学生の質問に答えながら、なかなか折り返しの電話がこないことにぶつぶつ文句を言っていた。
時間が経つにつれ、土が残り少なくなってきた。土の量に比例して、学生が一人二人と手持ち無沙汰になり始めた。外国人の観光客だろうか、つくりかけの土俵の前で何人かの学生らといっしょに写真をとろうと誘っていた。学生らは、照れくさそう笑いながら、撮影をかってでたサチヤさんのほうを向いていた。もう誰も土俵をつくる作業をしていなかった。並んだリアカーの前でしゃがんでいると、隣にいたサクライくんの電話がようやく鳴った。土を運んでくる業者が、交通事故による渋滞で遅れるという連絡だった。
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