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5.カモシカ肉のステーキ
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二週間後、予告どおりサチヤさんから電話が入り、ぼくはその翌日、彼のマンションへと向かった。またお酒を飲むだろうと思い、マンションまで少し距離があったがぼくは家から歩いていくことにした。駅前の百貨店地下でぼくは店員にすすめられるままワインを購入し、手土産とした。
ワインの入った紙袋を手にひっかけ駅の連絡通路を歩いていると、ぼくの目の前をムクドリの群れが通過した。通路にもうけられた窓を見ると、東西それぞれが一箇所ずつ開いていた。ムクドリの群れは窓から建物に入り、建物から窓へと、点が大きな集合となり、太い線を構築していた。外に出ようとする線から一羽がはずれ、はめ殺し窓に衝突した。ごんという、鈍く柔らかさのある音だった。ぶつかった鳥は動かず、散った羽がふわふわ舞った。ムクドリたちはそのあと駅前広場にある木にとまった。世話しなく鳴き、また一斉に羽ばたき、夕暮れの空を覆った。また広場の木へ戻ってくるのだろうか。広場周辺の床は糞まみれだった。
マンションのエントランスに入り、ぼくはサチヤさんの部屋の番号を入力した。当たり前であるが、彼の声が出て自動ドアが開いた。エレベーターに乗り、最上階にある彼の部屋まで来ると、表札に白井という名前が書かれてあった。チャイムを鳴らすと、笑顔でサチヤさんが迎えてくれた。
奥から煙に混じった肉のいい香りがした。ダイニングに通されると、料理とグラスがすでに用意されてあった。
「座ってください。さっそく始めましょうか。そのアルミ箔の中はステーキです。食べるときに剥がしてください。今余熱を肉にとおしています。ではいただいたワインをあけてみましょうかね。お、フルボディの赤ワインだ。獣肉とよく合いますよ」
サチヤさんは手際よくコルクをあけ、デキャンタの半分くらいまでワインを注いだ。
ステーキは脂肪があまりなく、肉の味がよくわかるものだった。牛肉の赤身のようでありながら、少しだけ慣れない獣臭さがあった。
「脂が少なくていいんですよね」
サチヤさんはそう言いながら、肉をがつがつ食べた。ぼくらが食べているあいだ、徐々に部屋は煙たくなった。部屋までもが燻されている気がした。煙のなかでジャズが流れていた。一九六〇年代にライブ録音されたというレコード音のなかからは、ここと同じようにかちかちとナイフやフォークが食器にあたる音が聞こえた。時を越えてぼくらは彼らと共に音楽を聞き、食事をしていた。
「や、いかんいかん、もっと換気を強くしましょう」
ステーキ肉を口に入れたままサチヤさんは立ち上がり、換気のスイッチを最大にした。鍋のふたを開け、スモークしている肉の様子を確認しながら、サチヤさんはこっちを見てにっこり微笑んだ。ぼくは肉の味とサチヤさんの笑顔に癒されながら、動物を愛でるように両手でダイニングテーブルをなでていた。おそらくカウンターなどによく使われている、栗の木の無垢板だろう。
「けっこう、美味しいものですね」
「そりゃそうですよ。シカという名前がついてはおりますが、どちらかというとウシの仲間ですからね。肉もその味に近かったでしょ?私もこれまでいろいろ食べてきましたが、野生動物では美味しいほうだと思いますね。でも子供のは初めてでした。まだ冷凍している残りがあるので今度は鍋にしてみましょう」
赤ら顔のサチヤさんはグラスをぼくに向かって軽く上げた。
「あのときたまたまいていただいて助かりました。本当にありがとうございました」
「いえいえ、私こそありがとう。今度はオオハクチョウなんてどうでしょう。公園のお堀に飛来したときにでも」
そう言ったあとサチヤさんは、グラスにあったワインを飲みきって立ち上がり、鍋から肉のかたまりをとりだした。
切り分けた燻製肉を彼は一切れ食べ、新しく開けたボトルの赤ワインをグラスに直接入れ、一口飲んだ。鼻で大きく息をしたあと、マリアージュと彼はつぶやいていた。ぼくも皿に取り分けてもらったそれを口に入れた。ステーキよりもくせなく上品な味がした。そう感想を言うと彼はにっこり微笑み、ぼくにワインとのマリアージュをすすめた。
「自分を責めないでくださいよ。あの事故はしょうがなかったんです。暗かったわけですし、どちらかといえば向こうから突っ込んできたのでしょう?公園でお仕事なさってて、出入りしていればそうなってしまうこともあります。大事なのはそのあとどうするかです。たしかにまだ子供だからかわいそうだなと私も思います。でも供養は必要なんですよ、私たちなりの」
ワインの入った紙袋を手にひっかけ駅の連絡通路を歩いていると、ぼくの目の前をムクドリの群れが通過した。通路にもうけられた窓を見ると、東西それぞれが一箇所ずつ開いていた。ムクドリの群れは窓から建物に入り、建物から窓へと、点が大きな集合となり、太い線を構築していた。外に出ようとする線から一羽がはずれ、はめ殺し窓に衝突した。ごんという、鈍く柔らかさのある音だった。ぶつかった鳥は動かず、散った羽がふわふわ舞った。ムクドリたちはそのあと駅前広場にある木にとまった。世話しなく鳴き、また一斉に羽ばたき、夕暮れの空を覆った。また広場の木へ戻ってくるのだろうか。広場周辺の床は糞まみれだった。
マンションのエントランスに入り、ぼくはサチヤさんの部屋の番号を入力した。当たり前であるが、彼の声が出て自動ドアが開いた。エレベーターに乗り、最上階にある彼の部屋まで来ると、表札に白井という名前が書かれてあった。チャイムを鳴らすと、笑顔でサチヤさんが迎えてくれた。
奥から煙に混じった肉のいい香りがした。ダイニングに通されると、料理とグラスがすでに用意されてあった。
「座ってください。さっそく始めましょうか。そのアルミ箔の中はステーキです。食べるときに剥がしてください。今余熱を肉にとおしています。ではいただいたワインをあけてみましょうかね。お、フルボディの赤ワインだ。獣肉とよく合いますよ」
サチヤさんは手際よくコルクをあけ、デキャンタの半分くらいまでワインを注いだ。
ステーキは脂肪があまりなく、肉の味がよくわかるものだった。牛肉の赤身のようでありながら、少しだけ慣れない獣臭さがあった。
「脂が少なくていいんですよね」
サチヤさんはそう言いながら、肉をがつがつ食べた。ぼくらが食べているあいだ、徐々に部屋は煙たくなった。部屋までもが燻されている気がした。煙のなかでジャズが流れていた。一九六〇年代にライブ録音されたというレコード音のなかからは、ここと同じようにかちかちとナイフやフォークが食器にあたる音が聞こえた。時を越えてぼくらは彼らと共に音楽を聞き、食事をしていた。
「や、いかんいかん、もっと換気を強くしましょう」
ステーキ肉を口に入れたままサチヤさんは立ち上がり、換気のスイッチを最大にした。鍋のふたを開け、スモークしている肉の様子を確認しながら、サチヤさんはこっちを見てにっこり微笑んだ。ぼくは肉の味とサチヤさんの笑顔に癒されながら、動物を愛でるように両手でダイニングテーブルをなでていた。おそらくカウンターなどによく使われている、栗の木の無垢板だろう。
「けっこう、美味しいものですね」
「そりゃそうですよ。シカという名前がついてはおりますが、どちらかというとウシの仲間ですからね。肉もその味に近かったでしょ?私もこれまでいろいろ食べてきましたが、野生動物では美味しいほうだと思いますね。でも子供のは初めてでした。まだ冷凍している残りがあるので今度は鍋にしてみましょう」
赤ら顔のサチヤさんはグラスをぼくに向かって軽く上げた。
「あのときたまたまいていただいて助かりました。本当にありがとうございました」
「いえいえ、私こそありがとう。今度はオオハクチョウなんてどうでしょう。公園のお堀に飛来したときにでも」
そう言ったあとサチヤさんは、グラスにあったワインを飲みきって立ち上がり、鍋から肉のかたまりをとりだした。
切り分けた燻製肉を彼は一切れ食べ、新しく開けたボトルの赤ワインをグラスに直接入れ、一口飲んだ。鼻で大きく息をしたあと、マリアージュと彼はつぶやいていた。ぼくも皿に取り分けてもらったそれを口に入れた。ステーキよりもくせなく上品な味がした。そう感想を言うと彼はにっこり微笑み、ぼくにワインとのマリアージュをすすめた。
「自分を責めないでくださいよ。あの事故はしょうがなかったんです。暗かったわけですし、どちらかといえば向こうから突っ込んできたのでしょう?公園でお仕事なさってて、出入りしていればそうなってしまうこともあります。大事なのはそのあとどうするかです。たしかにまだ子供だからかわいそうだなと私も思います。でも供養は必要なんですよ、私たちなりの」
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