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Epilogue
君が忘れた、あの空を-4
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「一番最初に結衣を好きになったのは、結衣が僕の絵を褒めてくれたときかな」
そう打ち明けられ、思い出す。
蓮先輩の絵を初めて見て、憧れを抱いて。
そのときにはもう、絵を描く先輩自身のことも好きになっていた。
「親の薦めてきた高校には入れそうもなくて、親から呆れられて。絵のことにも自信を失くしていたとき。僕の絵を好きだと言ってくれた人がいた。それだけで僕は救われた気がしたんだ」
……知らなかった。
何でもできる彼が、自信を失くしていたときもあったなんて。
「二度目は結衣が高校に入って、バレンタインのプレゼントを渡してくれた頃。三度目に好きになったのは、つい最近」
「つい、最近……?」
花びらを描いていた手を止め、私は目を丸くした。
記憶操作のために真鳥が私の額へキスをし、それを目撃した先輩が、私を避けるようになった辺りのことだろうか。
私が蓮先輩の立場なら、そんなシーンを見せられたら立ち直れないし、忘れようと努力するかもしれない。
なのに先輩は、こんな私をまた好きになってくれた……。
「結衣が傷ついているのを見て、やっぱり自分がそばにいて支えたいと思った」
先輩は、どれだけ私の欲しい言葉を作り出すのだろう。
そのどれもが、私に自信を与えてくれる。
「いつの間にか、前よりもっと結衣のことを好きになっていることに気づいたし。何があっても忘れることができないくらい、気持ちが大きくなっていたんだ」
私も同じかもしれない。
初めは、恋に恋するような可愛いもので。
何度も改めて好きになるうちに、かけがえのない存在になっていった。
「僕が結衣を諦め切れなかったのは、この絵があったからだよ。結衣と一緒に、いつか完成させる約束をしたから」
筆を置いた彼がゆっくりと近づき、影が降りる。
そっと触れるだけの控えめなキスに、数秒間、時が止まった。
「もう、自分から忘れるのは禁止だよ」
「……はい。忘れないって誓います」
これからの私の願いは、過去を隠すことじゃない。
未来の自分が恥じないように、今を生きること。
先輩が好きだと言ってくれた、私にしか作れない青。その言葉を信じて。
「また蓮先輩と、この空を見れて嬉しいです」
「僕も。結衣とまた、絵の続きを描くことができて嬉しい」
二人で微笑み合ったあと、再び目の前の風景を描くことに集中する。
青空が、夕陽へ変わっていく瞬間を描いた絵。
ザラザラとした凹凸のある画用紙。
蓮先輩の作る透明感のある青と、私の紫がかった水色が重なっていく。
太陽が沈み、夜の気配を感じる頃。
二人で作った空が、一枚の紙の中に広がっていた。
-End-
そう打ち明けられ、思い出す。
蓮先輩の絵を初めて見て、憧れを抱いて。
そのときにはもう、絵を描く先輩自身のことも好きになっていた。
「親の薦めてきた高校には入れそうもなくて、親から呆れられて。絵のことにも自信を失くしていたとき。僕の絵を好きだと言ってくれた人がいた。それだけで僕は救われた気がしたんだ」
……知らなかった。
何でもできる彼が、自信を失くしていたときもあったなんて。
「二度目は結衣が高校に入って、バレンタインのプレゼントを渡してくれた頃。三度目に好きになったのは、つい最近」
「つい、最近……?」
花びらを描いていた手を止め、私は目を丸くした。
記憶操作のために真鳥が私の額へキスをし、それを目撃した先輩が、私を避けるようになった辺りのことだろうか。
私が蓮先輩の立場なら、そんなシーンを見せられたら立ち直れないし、忘れようと努力するかもしれない。
なのに先輩は、こんな私をまた好きになってくれた……。
「結衣が傷ついているのを見て、やっぱり自分がそばにいて支えたいと思った」
先輩は、どれだけ私の欲しい言葉を作り出すのだろう。
そのどれもが、私に自信を与えてくれる。
「いつの間にか、前よりもっと結衣のことを好きになっていることに気づいたし。何があっても忘れることができないくらい、気持ちが大きくなっていたんだ」
私も同じかもしれない。
初めは、恋に恋するような可愛いもので。
何度も改めて好きになるうちに、かけがえのない存在になっていった。
「僕が結衣を諦め切れなかったのは、この絵があったからだよ。結衣と一緒に、いつか完成させる約束をしたから」
筆を置いた彼がゆっくりと近づき、影が降りる。
そっと触れるだけの控えめなキスに、数秒間、時が止まった。
「もう、自分から忘れるのは禁止だよ」
「……はい。忘れないって誓います」
これからの私の願いは、過去を隠すことじゃない。
未来の自分が恥じないように、今を生きること。
先輩が好きだと言ってくれた、私にしか作れない青。その言葉を信じて。
「また蓮先輩と、この空を見れて嬉しいです」
「僕も。結衣とまた、絵の続きを描くことができて嬉しい」
二人で微笑み合ったあと、再び目の前の風景を描くことに集中する。
青空が、夕陽へ変わっていく瞬間を描いた絵。
ザラザラとした凹凸のある画用紙。
蓮先輩の作る透明感のある青と、私の紫がかった水色が重なっていく。
太陽が沈み、夜の気配を感じる頃。
二人で作った空が、一枚の紙の中に広がっていた。
-End-
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私の過去は、誰にも言えない。憧れている美術部の先輩に嫌われる前に、ある人に頼んで過去の記憶を一部消してもらったが……。
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