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Epilogue
君が忘れた、あの空を-3
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「何度かあきらめようとしたけど、気づいたらまた好きになっていた」
まさか……、まだ好きでいてくれているなんて。
「もう一度、あのときの返事を聞かせてくれる?」
深みのあるセピア色の瞳が、少しだけ不安げに揺れている。
中学のときは怖くて言えなかった言葉を、私は思い浮かべた。
一瞬だけ夕陽を目に映して緊張を紛らわせてから、深呼吸をし、先輩と視線を合わせる。
「蓮先輩のこと、好きです。何度も忘れようとしたけど、いつの間にかまた好きになっていました。ずっと……、好きでいてもいいですか?」
必死に気持ちを伝えようとしていたら、目尻から涙がこぼれていった。
「……うん。好きになってくれて、ありがとう」
蓮先輩の指が頬の曲線をたどり、涙を掬ってくれる。
あの頃、心の片隅に残っていたのは、先輩の手のひらの温かさだった。
人間関係で悩んでいた私の髪を撫でてくれたことを、今になって思い出した。
その温かさに、どれだけ救われたか――。
思えば、最初から蓮先輩を信じてさえいれば、こんなふうにはならなかったのかもしれない。
嫌われることが怖くて。すぐにあきらめがちで。
本当の自分を知られたら、全ての人が私を嫌いになると思い込んでいた。
未琴や三井先輩のように。
でも、中には蓮先輩や椎名さんのように、嫌いにはならないと言ってくれる人もいた。
だから、これからもっと自分自身を好きになるための努力をしていこうと……心の奥で誓った。
気持ちを伝え合ったあと。離れるのが惜しくて、しばらく空や川を眺めていた。
水面にはキラキラとオレンジ色の光が反射している。
「――約束の、絵」
綺麗なグラデーションを作る空を隅々まで目に焼き付けながら、私はぽつりとつぶやいた。
「続きを早く、描かないと」
「結衣……。思い出してくれたんだね」
私たちは視線を合わせると、手をつないで先輩の家へ急いだ。
儚い夕陽が消えてしまう前に。
*
絵筆を握るのは久しぶりだった。
蓮先輩の家の広いバルコニーでイーゼルを立て掛け、約束の絵を描くことになるなんて想像もしていなかった。
まず、両想いになれたことが奇跡なのだから。
先輩の部屋で見つけた未完成の空の絵。
あれは、蓮先輩と私の二人の絵だったのに。
あのときは全く思い出せなかったのが不思議なくらいだ。
『完成したら、また見せてくださいね』だなんて他人事みたいに言って。どれだけ困らせたことだろう。
今までずっと、忘れていてごめんなさい。
その気持ちをこめて、先輩の描いた絵を汚さないように、慎重に色を乗せる。
私はプランターに咲く花を。
先輩は頭上に広がる空を見本にして。
厚みのある真っ白な紙に少しずつ命を吹き込んでいく。
左隣に座る蓮先輩は、パレットに淡い青や薄紫色を作ったり、丁寧に絵筆をすべらせたりしていた。
その横顔は真剣で、思わず見惚れているうちに艷やかな唇が目に入り、慌てて視線をそらす。
中学生のときに告白された時間も、空一面が夕焼け色に染まっていた。
断りの返事をしたあと、最後に先輩と……。
想像すると、燃えるように頬が熱くなった。
まさか……、まだ好きでいてくれているなんて。
「もう一度、あのときの返事を聞かせてくれる?」
深みのあるセピア色の瞳が、少しだけ不安げに揺れている。
中学のときは怖くて言えなかった言葉を、私は思い浮かべた。
一瞬だけ夕陽を目に映して緊張を紛らわせてから、深呼吸をし、先輩と視線を合わせる。
「蓮先輩のこと、好きです。何度も忘れようとしたけど、いつの間にかまた好きになっていました。ずっと……、好きでいてもいいですか?」
必死に気持ちを伝えようとしていたら、目尻から涙がこぼれていった。
「……うん。好きになってくれて、ありがとう」
蓮先輩の指が頬の曲線をたどり、涙を掬ってくれる。
あの頃、心の片隅に残っていたのは、先輩の手のひらの温かさだった。
人間関係で悩んでいた私の髪を撫でてくれたことを、今になって思い出した。
その温かさに、どれだけ救われたか――。
思えば、最初から蓮先輩を信じてさえいれば、こんなふうにはならなかったのかもしれない。
嫌われることが怖くて。すぐにあきらめがちで。
本当の自分を知られたら、全ての人が私を嫌いになると思い込んでいた。
未琴や三井先輩のように。
でも、中には蓮先輩や椎名さんのように、嫌いにはならないと言ってくれる人もいた。
だから、これからもっと自分自身を好きになるための努力をしていこうと……心の奥で誓った。
気持ちを伝え合ったあと。離れるのが惜しくて、しばらく空や川を眺めていた。
水面にはキラキラとオレンジ色の光が反射している。
「――約束の、絵」
綺麗なグラデーションを作る空を隅々まで目に焼き付けながら、私はぽつりとつぶやいた。
「続きを早く、描かないと」
「結衣……。思い出してくれたんだね」
私たちは視線を合わせると、手をつないで先輩の家へ急いだ。
儚い夕陽が消えてしまう前に。
*
絵筆を握るのは久しぶりだった。
蓮先輩の家の広いバルコニーでイーゼルを立て掛け、約束の絵を描くことになるなんて想像もしていなかった。
まず、両想いになれたことが奇跡なのだから。
先輩の部屋で見つけた未完成の空の絵。
あれは、蓮先輩と私の二人の絵だったのに。
あのときは全く思い出せなかったのが不思議なくらいだ。
『完成したら、また見せてくださいね』だなんて他人事みたいに言って。どれだけ困らせたことだろう。
今までずっと、忘れていてごめんなさい。
その気持ちをこめて、先輩の描いた絵を汚さないように、慎重に色を乗せる。
私はプランターに咲く花を。
先輩は頭上に広がる空を見本にして。
厚みのある真っ白な紙に少しずつ命を吹き込んでいく。
左隣に座る蓮先輩は、パレットに淡い青や薄紫色を作ったり、丁寧に絵筆をすべらせたりしていた。
その横顔は真剣で、思わず見惚れているうちに艷やかな唇が目に入り、慌てて視線をそらす。
中学生のときに告白された時間も、空一面が夕焼け色に染まっていた。
断りの返事をしたあと、最後に先輩と……。
想像すると、燃えるように頬が熱くなった。
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私の過去は、誰にも言えない。憧れている美術部の先輩に嫌われる前に、ある人に頼んで過去の記憶を一部消してもらったが……。
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