3度目に、君を好きになったとき

夏伐 碧

文字の大きさ
上 下
71 / 72
Epilogue

君が忘れた、あの空を-3

しおりを挟む
「何度かあきらめようとしたけど、気づいたらまた好きになっていた」

 まさか……、まだ好きでいてくれているなんて。


「もう一度、あのときの返事を聞かせてくれる?」

 深みのあるセピア色の瞳が、少しだけ不安げに揺れている。
 中学のときは怖くて言えなかった言葉を、私は思い浮かべた。
 一瞬だけ夕陽を目に映して緊張を紛らわせてから、深呼吸をし、先輩と視線を合わせる。


「蓮先輩のこと、好きです。何度も忘れようとしたけど、いつの間にかまた好きになっていました。ずっと……、好きでいてもいいですか?」

 必死に気持ちを伝えようとしていたら、目尻から涙がこぼれていった。


「……うん。好きになってくれて、ありがとう」

 蓮先輩の指が頬の曲線をたどり、涙を掬ってくれる。

 あの頃、心の片隅に残っていたのは、先輩の手のひらの温かさだった。
 人間関係で悩んでいた私の髪を撫でてくれたことを、今になって思い出した。
 その温かさに、どれだけ救われたか――。

 思えば、最初から蓮先輩を信じてさえいれば、こんなふうにはならなかったのかもしれない。
 嫌われることが怖くて。すぐにあきらめがちで。
 本当の自分を知られたら、全ての人が私を嫌いになると思い込んでいた。
 未琴や三井先輩のように。

 でも、中には蓮先輩や椎名さんのように、嫌いにはならないと言ってくれる人もいた。
 だから、これからもっと自分自身を好きになるための努力をしていこうと……心の奥で誓った。

 気持ちを伝え合ったあと。離れるのが惜しくて、しばらく空や川を眺めていた。
 水面にはキラキラとオレンジ色の光が反射している。


「――約束の、絵」

 綺麗なグラデーションを作る空を隅々まで目に焼き付けながら、私はぽつりとつぶやいた。


「続きを早く、描かないと」
「結衣……。思い出してくれたんだね」


 私たちは視線を合わせると、手をつないで先輩の家へ急いだ。
 儚い夕陽が消えてしまう前に。



 絵筆を握るのは久しぶりだった。

 蓮先輩の家の広いバルコニーでイーゼルを立て掛け、約束の絵を描くことになるなんて想像もしていなかった。
 まず、両想いになれたことが奇跡なのだから。

 先輩の部屋で見つけた未完成の空の絵。

 あれは、蓮先輩と私の二人の絵だったのに。
 あのときは全く思い出せなかったのが不思議なくらいだ。

『完成したら、また見せてくださいね』だなんて他人事みたいに言って。どれだけ困らせたことだろう。

 今までずっと、忘れていてごめんなさい。
 その気持ちをこめて、先輩の描いた絵を汚さないように、慎重に色を乗せる。


 私はプランターに咲く花を。
 先輩は頭上に広がる空を見本にして。
 厚みのある真っ白な紙に少しずつ命を吹き込んでいく。

 左隣に座る蓮先輩は、パレットに淡い青や薄紫色を作ったり、丁寧に絵筆をすべらせたりしていた。
 その横顔は真剣で、思わず見惚れているうちに艷やかな唇が目に入り、慌てて視線をそらす。

 中学生のときに告白された時間も、空一面が夕焼け色に染まっていた。
 断りの返事をしたあと、最後に先輩と……。
 想像すると、燃えるように頬が熱くなった。
しおりを挟む
私の過去は、誰にも言えない。憧れている美術部の先輩に嫌われる前に、ある人に頼んで過去の記憶を一部消してもらったが……。
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

会社の後輩が諦めてくれません

碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。 彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。 亀じゃなくて良かったな・・ と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。 結は吾郎が何度振っても諦めない。 むしろ、変に条件を出してくる。 誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。

イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜

和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`) https://twitter.com/tobari_kaoru ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに…… なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。 なぜ、私だけにこんなに執着するのか。 私は間も無く死んでしまう。 どうか、私のことは忘れて……。 だから私は、あえて言うの。 バイバイって。 死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。 <登場人物> 矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望 悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司 山田:清に仕えるスーパー執事

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

初恋の呪縛

泉南佳那
恋愛
久保朱利(くぼ あかり)27歳 アパレルメーカーのプランナー × 都築 匡(つづき きょう)27歳 デザイナー ふたりは同じ専門学校の出身。 現在も同じアパレルメーカーで働いている。 朱利と都築は男女を超えた親友同士。 回りだけでなく、本人たちもそう思っていた。 いや、思いこもうとしていた。 互いに本心を隠して。

そこは優しい悪魔の腕の中

真木
恋愛
極道の義兄に引き取られ、守られて育った遥花。檻のような愛情に囲まれていても、彼女は恋をしてしまった。悪いひとたちだけの、恋物語。

処理中です...