3度目に、君を好きになったとき

夏伐 碧

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第8章

永遠に消えない青-6

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「――とりあえず、戻ろうか」
「はい」

 蓮先輩にそっと肩を押され、校舎へ体を向けたそのとき。


「真鳥と、……未琴?」

 椎名さんの怪訝そうな声が聞こえ、すぐに足を止める。
 ちょうど沢本君たちと入れ違うように、足早に近づいてくる二人の姿が目に入った。 


「真鳥……、早く!」

 苛立ちを隠さない未琴が、斜め後ろを歩く真鳥へ叱責している。
 表情を曇らせた蓮先輩は、私の方をちらりと振り返った。


「――柏木先輩」

 感情の読めない瞳で、真鳥が私たちのそばへたどり着く。


「白坂のこと、借りてもいいですか。ほんの、少しだけでいいので」

 私の額の辺りへ手をかざす仕草に、なぜか恐怖をおぼえる。


「嫌……、私は行きたくない」

 震える声で拒絶を表すと、彼の後方から未琴が強い口調で叫んだ。


「真鳥! いいから、結衣が思い出す前に、早く……!」
「わかってる」

 すっとこちらへ伸ばされた真鳥の指が、私の前髪に触れる直前。
 それよりも先に、蓮先輩が私のことを強く抱きしめた。
 まるで、誰にも触らせたくないと示すように。


「ごめんね。結衣」

 なぜか謝罪の言葉を口にする蓮先輩は、自分の肩口に押しつける形で私を抱き寄せていた。


「もう、忘れなくていいから」


 忘れなくて、いい……。

 身に覚えがないはずなのに、泣きたい気分になる。
 さっきよりも密着部分が増えて、安心する香りと先輩の熱をより感じた。
 私も片腕を、彼の制服へ遠慮がちに添える。

 一瞬だけ、真鳥と目が合ったあと……。
 蓮先輩の肩越しに、空が見えて。
 その色が、いつか見た淡い青紫と同じ色だったことに気がついた。

 記憶が重なり、奥に隠れていた感情が蘇る。


「…………」

 すべて――、思い出した。


『……約束だよ』
『また、あの空を一緒に見ることができたら。
この絵を完成させよう――』


 中学2年のときに交わした、蓮先輩との大切な約束。
 先輩の誕生日にチーズケーキを作って、一緒に食べて幸せだったこと。
 彼が卒業する間近に告白されて、断ったときの痛みさえも……。

 濁った水たまりみたいだった頭の中が、一瞬で透明感を取り戻した気分だった。
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私の過去は、誰にも言えない。憧れている美術部の先輩に嫌われる前に、ある人に頼んで過去の記憶を一部消してもらったが……。
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