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第7章
未完成の夕空-1
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*
私の斜め前を歩く蓮先輩は、普段よりも口数が少ない。
何より、笑顔がなかった。
どことなく冷たい横顔で、近寄りがたい雰囲気を漂わせている。
何か気にさわることをしてしまっただろうか。
聞きたいけれど、とても聞けない空気で。
未琴に忠告されたことを意識したせいもあって、うまく会話が弾まなかった。
*
全体的に白っぽい外観。洋館という印象のその家が、蓮先輩の住む家だった。
大きな石畳の上を歩き、家の中へと案内される。
家族の人は皆、出かけているらしく、辺りは静まり返っていた。
カタ、と先輩が廊下に鞄を置いた音さえも、妙にクリアに耳へ届く。
「どうぞ」
「お邪魔します……」
かすれた声が吹き抜けの玄関に響く。
「そんなに、緊張しないでいいよ」
そこでようやく先輩が目元を緩めたので、ほっとして家の中に上がることができた。
「ここで、いつも絵を描いているんだ」
先輩がドアを開けた部屋に、そっと足を踏み入れる。
そこは寝室というわけではなく、本当にただ絵を描くためだけに用意された部屋だった。
ベージュの壁に飾られた、数々の風景画。
まだ何も描かれていない白いキャンバス。
部屋の隅には筆を洗うための小さな流しもついていた。
「アトリエ、ですか? すごい……」
先輩の描く絵には青や水色の優しい色が多く使われていて、眺めているだけで癒される。
ひときわ目立っていたのは、窓際に置かれた大きめの絵だった。
薄紫の色が使われた、幻想的な夕空。
その右下には、ぽっかりと空白があり、まだ描いている途中なのだとわかった。
何だか懐かしさを感じる絵だ。
私は過去に、この描きかけの絵を見たことがある……?
いつか、どこかで見た夕陽を思い出した。
じっとその絵を見つめていると。
――やっぱり、好き。
そんな想いが込み上げてくる。
どうか、このまま。先輩の絵を好きでいさせてください。
「この絵、すごく綺麗。まだ途中なんですね」
「……うん。まだ完成してない」
どことなく寂しげな目をして、先輩は答えた。
全ての色が塗られたら、集まったら。もっと綺麗な世界になるんだろうな。
「この辺りの色使いが、特に好きです」
先輩の大事な絵だから、触れるつもりはなかったのに。
淡い薄紫が塗られた部分に、うっかり指先が触れた瞬間――。
電流が走ったかのように頭が真っ白になった。
――そして、脳裏に映像が浮かび上がる。
バレンタインの日。三井先輩が蓮先輩に、抱きついているシーンが。
私の斜め前を歩く蓮先輩は、普段よりも口数が少ない。
何より、笑顔がなかった。
どことなく冷たい横顔で、近寄りがたい雰囲気を漂わせている。
何か気にさわることをしてしまっただろうか。
聞きたいけれど、とても聞けない空気で。
未琴に忠告されたことを意識したせいもあって、うまく会話が弾まなかった。
*
全体的に白っぽい外観。洋館という印象のその家が、蓮先輩の住む家だった。
大きな石畳の上を歩き、家の中へと案内される。
家族の人は皆、出かけているらしく、辺りは静まり返っていた。
カタ、と先輩が廊下に鞄を置いた音さえも、妙にクリアに耳へ届く。
「どうぞ」
「お邪魔します……」
かすれた声が吹き抜けの玄関に響く。
「そんなに、緊張しないでいいよ」
そこでようやく先輩が目元を緩めたので、ほっとして家の中に上がることができた。
「ここで、いつも絵を描いているんだ」
先輩がドアを開けた部屋に、そっと足を踏み入れる。
そこは寝室というわけではなく、本当にただ絵を描くためだけに用意された部屋だった。
ベージュの壁に飾られた、数々の風景画。
まだ何も描かれていない白いキャンバス。
部屋の隅には筆を洗うための小さな流しもついていた。
「アトリエ、ですか? すごい……」
先輩の描く絵には青や水色の優しい色が多く使われていて、眺めているだけで癒される。
ひときわ目立っていたのは、窓際に置かれた大きめの絵だった。
薄紫の色が使われた、幻想的な夕空。
その右下には、ぽっかりと空白があり、まだ描いている途中なのだとわかった。
何だか懐かしさを感じる絵だ。
私は過去に、この描きかけの絵を見たことがある……?
いつか、どこかで見た夕陽を思い出した。
じっとその絵を見つめていると。
――やっぱり、好き。
そんな想いが込み上げてくる。
どうか、このまま。先輩の絵を好きでいさせてください。
「この絵、すごく綺麗。まだ途中なんですね」
「……うん。まだ完成してない」
どことなく寂しげな目をして、先輩は答えた。
全ての色が塗られたら、集まったら。もっと綺麗な世界になるんだろうな。
「この辺りの色使いが、特に好きです」
先輩の大事な絵だから、触れるつもりはなかったのに。
淡い薄紫が塗られた部分に、うっかり指先が触れた瞬間――。
電流が走ったかのように頭が真っ白になった。
――そして、脳裏に映像が浮かび上がる。
バレンタインの日。三井先輩が蓮先輩に、抱きついているシーンが。
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