3度目に、君を好きになったとき

夏伐 碧

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第5章

君に触れたら-2

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「蓮……。その子のこと、まだ忘れてなかったんだね」

 悔しそうに唇をかみ、私のことを一瞬睨みつけた。
 二人の事情を知らない私は、何も言えず下を向く。
 蓮先輩は肯定も否定もせず、沈黙を保っていた。


「ねえ、考え直してよ。その子にいつまでも関わってたら、あとで後悔することになるよ?」

 その言葉に、胸が小さく痛む。
 私の過去のことで後悔なんてさせたくない。

 それに。蓮先輩には過去を知られたくない。知られたら、きっと嫌われる。なぜかそう確信した。

 私は、先輩から離れた方がいいの……?


「白坂さん……だったよね。私、あなたに良くない噂があるの、聞いちゃった」

 ドク……と、心臓が重く揺れる。


「あんな目に遭ったはずなのに、どうしてまだ蓮のそばにいるの? お願いだから、蓮に近づかないでくれる?」

 真正面から見据えられ、この場から逃げ出すことは許してくれそうもなかった。


「わかるでしょ? あなたがそばにいると蓮は迷惑するの。周りからも嫌われて、」
「――結衣。行こう」

 何かを言いかけた三井先輩を遮り、蓮先輩が私の手首を引いた。
 普段とは違う強引な力が、三井先輩のきつい口調と視線から逃してくれる。


「蓮!」

 そう呼び止めた彼女が追ってくることはなく、私たちはそのまま無言で校舎をあとにした。



「三井の言ったことは気にしなくていいから」
「……はい」

 手首をそっと放した先輩が、前を向いたまま、私の半歩先をゆっくりと歩く。
 たぶん蓮先輩は、私が自分の過去を隠したがっていると知っている。
 三井先輩の発言から、そう感じた。

 ――自分の体から抹消したいほどの出来事。
 そのほとんどは、自分の頭の中に封じ込められているはずだけど。
 私だけが忘れたからといって、他の人の記憶から消えたわけではない。

 私以外の人が覚えている限り、その過去はなくならないんだ。

 破れた教科書。
 沢本君の冷たい眼差し。
 私の首にかけられた手。

 あの記憶の断片から、私はたぶん中学のとき、周囲から疎まれていた。
 もしくは、いじめられていたのだと思う。
 だから三井先輩は、そんな女と蓮先輩が一緒にいることに反対している。
 イメージを悪くして迷惑をかける――最悪、蓮先輩までもが嫌われてしまうからと。

 隣を静かに歩く蓮先輩は、どこまで知っているのだろう。
 まだ一緒にいてくれるということは、三井先輩から全てを聞かされてはいない……?

 もし、未琴や椎名さんにも私のよくない噂が耳に入ったら。きっと私のそばから去っていくだろう。
 蓮先輩や千尋先輩も、当然のように……。


「結衣。何も言わずにどこかへ行かないでね」

 まるで心を読まれたみたいに、まっすぐ見つめられる。


「約束だよ」

 何も言葉を発せないまま、蓮先輩の瞳を見つめ返していると。
 フェンスの向こう側から、部活中の生徒たちの声が聞こえてきた。
 野球部やサッカー部、陸上部などの活動している様子が遠目に確認できる。
 私は無意識にサッカー部の試合を目で追っていた。


「――あ。今、シュートを決めたのって、真鳥君だね」
「はい……、たぶん」

 ちょうど私たちが通った場所はサッカーゴールが近く、何人もの選手の中に真鳥がいることに気づけた。
 喜ぶ数人のメンバーから、頭をぐちゃぐちゃにされている。


「確かに格好いいね、彼」

 緩く微笑んだ蓮先輩が、ぽつりとつぶやいた。
 私や他の誰かが真鳥を褒めていたことなんて、なかったはずなのに。
 どうして急に……?


「真剣な目をしているときって、惹かれるものがあるよね」
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私の過去は、誰にも言えない。憧れている美術部の先輩に嫌われる前に、ある人に頼んで過去の記憶を一部消してもらったが……。
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