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第5章
君に触れたら-2
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「蓮……。その子のこと、まだ忘れてなかったんだね」
悔しそうに唇をかみ、私のことを一瞬睨みつけた。
二人の事情を知らない私は、何も言えず下を向く。
蓮先輩は肯定も否定もせず、沈黙を保っていた。
「ねえ、考え直してよ。その子にいつまでも関わってたら、あとで後悔することになるよ?」
その言葉に、胸が小さく痛む。
私の過去のことで後悔なんてさせたくない。
それに。蓮先輩には過去を知られたくない。知られたら、きっと嫌われる。なぜかそう確信した。
私は、先輩から離れた方がいいの……?
「白坂さん……だったよね。私、あなたに良くない噂があるの、聞いちゃった」
ドク……と、心臓が重く揺れる。
「あんな目に遭ったはずなのに、どうしてまだ蓮のそばにいるの? お願いだから、蓮に近づかないでくれる?」
真正面から見据えられ、この場から逃げ出すことは許してくれそうもなかった。
「わかるでしょ? あなたがそばにいると蓮は迷惑するの。周りからも嫌われて、」
「――結衣。行こう」
何かを言いかけた三井先輩を遮り、蓮先輩が私の手首を引いた。
普段とは違う強引な力が、三井先輩のきつい口調と視線から逃してくれる。
「蓮!」
そう呼び止めた彼女が追ってくることはなく、私たちはそのまま無言で校舎をあとにした。
*
「三井の言ったことは気にしなくていいから」
「……はい」
手首をそっと放した先輩が、前を向いたまま、私の半歩先をゆっくりと歩く。
たぶん蓮先輩は、私が自分の過去を隠したがっていると知っている。
三井先輩の発言から、そう感じた。
――自分の体から抹消したいほどの出来事。
そのほとんどは、自分の頭の中に封じ込められているはずだけど。
私だけが忘れたからといって、他の人の記憶から消えたわけではない。
私以外の人が覚えている限り、その過去はなくならないんだ。
破れた教科書。
沢本君の冷たい眼差し。
私の首にかけられた手。
あの記憶の断片から、私はたぶん中学のとき、周囲から疎まれていた。
もしくは、いじめられていたのだと思う。
だから三井先輩は、そんな女と蓮先輩が一緒にいることに反対している。
イメージを悪くして迷惑をかける――最悪、蓮先輩までもが嫌われてしまうからと。
隣を静かに歩く蓮先輩は、どこまで知っているのだろう。
まだ一緒にいてくれるということは、三井先輩から全てを聞かされてはいない……?
もし、未琴や椎名さんにも私のよくない噂が耳に入ったら。きっと私のそばから去っていくだろう。
蓮先輩や千尋先輩も、当然のように……。
「結衣。何も言わずにどこかへ行かないでね」
まるで心を読まれたみたいに、まっすぐ見つめられる。
「約束だよ」
何も言葉を発せないまま、蓮先輩の瞳を見つめ返していると。
フェンスの向こう側から、部活中の生徒たちの声が聞こえてきた。
野球部やサッカー部、陸上部などの活動している様子が遠目に確認できる。
私は無意識にサッカー部の試合を目で追っていた。
「――あ。今、シュートを決めたのって、真鳥君だね」
「はい……、たぶん」
ちょうど私たちが通った場所はサッカーゴールが近く、何人もの選手の中に真鳥がいることに気づけた。
喜ぶ数人のメンバーから、頭をぐちゃぐちゃにされている。
「確かに格好いいね、彼」
緩く微笑んだ蓮先輩が、ぽつりとつぶやいた。
私や他の誰かが真鳥を褒めていたことなんて、なかったはずなのに。
どうして急に……?
「真剣な目をしているときって、惹かれるものがあるよね」
悔しそうに唇をかみ、私のことを一瞬睨みつけた。
二人の事情を知らない私は、何も言えず下を向く。
蓮先輩は肯定も否定もせず、沈黙を保っていた。
「ねえ、考え直してよ。その子にいつまでも関わってたら、あとで後悔することになるよ?」
その言葉に、胸が小さく痛む。
私の過去のことで後悔なんてさせたくない。
それに。蓮先輩には過去を知られたくない。知られたら、きっと嫌われる。なぜかそう確信した。
私は、先輩から離れた方がいいの……?
「白坂さん……だったよね。私、あなたに良くない噂があるの、聞いちゃった」
ドク……と、心臓が重く揺れる。
「あんな目に遭ったはずなのに、どうしてまだ蓮のそばにいるの? お願いだから、蓮に近づかないでくれる?」
真正面から見据えられ、この場から逃げ出すことは許してくれそうもなかった。
「わかるでしょ? あなたがそばにいると蓮は迷惑するの。周りからも嫌われて、」
「――結衣。行こう」
何かを言いかけた三井先輩を遮り、蓮先輩が私の手首を引いた。
普段とは違う強引な力が、三井先輩のきつい口調と視線から逃してくれる。
「蓮!」
そう呼び止めた彼女が追ってくることはなく、私たちはそのまま無言で校舎をあとにした。
*
「三井の言ったことは気にしなくていいから」
「……はい」
手首をそっと放した先輩が、前を向いたまま、私の半歩先をゆっくりと歩く。
たぶん蓮先輩は、私が自分の過去を隠したがっていると知っている。
三井先輩の発言から、そう感じた。
――自分の体から抹消したいほどの出来事。
そのほとんどは、自分の頭の中に封じ込められているはずだけど。
私だけが忘れたからといって、他の人の記憶から消えたわけではない。
私以外の人が覚えている限り、その過去はなくならないんだ。
破れた教科書。
沢本君の冷たい眼差し。
私の首にかけられた手。
あの記憶の断片から、私はたぶん中学のとき、周囲から疎まれていた。
もしくは、いじめられていたのだと思う。
だから三井先輩は、そんな女と蓮先輩が一緒にいることに反対している。
イメージを悪くして迷惑をかける――最悪、蓮先輩までもが嫌われてしまうからと。
隣を静かに歩く蓮先輩は、どこまで知っているのだろう。
まだ一緒にいてくれるということは、三井先輩から全てを聞かされてはいない……?
もし、未琴や椎名さんにも私のよくない噂が耳に入ったら。きっと私のそばから去っていくだろう。
蓮先輩や千尋先輩も、当然のように……。
「結衣。何も言わずにどこかへ行かないでね」
まるで心を読まれたみたいに、まっすぐ見つめられる。
「約束だよ」
何も言葉を発せないまま、蓮先輩の瞳を見つめ返していると。
フェンスの向こう側から、部活中の生徒たちの声が聞こえてきた。
野球部やサッカー部、陸上部などの活動している様子が遠目に確認できる。
私は無意識にサッカー部の試合を目で追っていた。
「――あ。今、シュートを決めたのって、真鳥君だね」
「はい……、たぶん」
ちょうど私たちが通った場所はサッカーゴールが近く、何人もの選手の中に真鳥がいることに気づけた。
喜ぶ数人のメンバーから、頭をぐちゃぐちゃにされている。
「確かに格好いいね、彼」
緩く微笑んだ蓮先輩が、ぽつりとつぶやいた。
私や他の誰かが真鳥を褒めていたことなんて、なかったはずなのに。
どうして急に……?
「真剣な目をしているときって、惹かれるものがあるよね」
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私の過去は、誰にも言えない。憧れている美術部の先輩に嫌われる前に、ある人に頼んで過去の記憶を一部消してもらったが……。
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