3度目に、君を好きになったとき

夏伐 碧

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第4章

君の描く青が好き-2

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「ほんと……見てるこっちが歯がゆいわ」

 眉間に指を当てて溜め息をついた千尋先輩は、急に何かを思いついたらしく、顔を上げる。


「白坂。今日、一緒に帰ろうか」
「えっ」

 思いもかけない提案をされ、軽く戸惑う。
千尋先輩と二人きりで帰ったことなんて、今まで一度もなかったから。


「じゃあ、後で待ってるからな」

 まだ返事をしていないのに、すばやく立ち上がった千尋先輩は自分の席へと戻っていく。
 なぜか私は、千尋先輩と一緒に帰る約束をしてしまったらしい。


「……白坂さん」

 ふと、隣から控えめに声をかけられ、ハッとする。
 蓮先輩の声だ。
 すぐそばに、好きな人が立っている。
 私は持っていた筆を置き、背筋を伸ばした。


「……はい」

 呼び方が『結衣』ではなくて苗字に戻っていたのは寂しいけれど、声をかけられるだけで嬉しい。


「千尋と……、何か話してた?」
「あ……、千尋先輩に一緒に帰ろうって言われました」
「……そう」

 一瞬、蓮先輩は綺麗な眉を曇らせるけれど、すぐに元の優しい表情に戻る。


「ごめん、余計なことを聞いた」
「いえ……」
「その色、いいね」

 蓮先輩の目線の先にあるパレットには、ちょうど作りかけの青があった。
 コバルトブルーのその色には、白や紫を混ぜている。
 今日は水彩画をやめて、アクリル絵の具で濃くはっきりと色を着けたい気分だった。


「結衣にしか作れない青だと思う」

 近くに誰もいなかったせいか、下の名前で呼ばれて少し安心する。この前、近づいたと思った距離が夢ではなかったと。


「先輩の描く空みたいな色を出したかったんですけど、難しいです」

 私がそう言うと、蓮先輩の細長くて形の良い爪が、途中まで描いた風景画を指し示す。


「例えば、なんだけど。この木の陰の部分、もう少し濃くするとコントラストができていいかも。雲の部分にはハイライトを多めに入れるといいよ」
「あ。本当ですね。ありがとうございます」
「結衣は結衣で良い所があるんだから。もっと自信持って」
「……はい」
「僕は好きだよ、結衣の描く絵が」

 優しくそう言われ、胸の中が温まっていく。


「柏木先輩、ちょっといいですか?」

 村上さんにアドバイスを求められた先輩は、私の席からすぐに離れていったけれど。心の中は温かいままだった。
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私の過去は、誰にも言えない。憧れている美術部の先輩に嫌われる前に、ある人に頼んで過去の記憶を一部消してもらったが……。
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