3度目に、君を好きになったとき

夏伐 碧

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第3章

隣の席-9

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 ――数秒間という短い時間の中で。
 いつかのように、私の頭に映像が流れ込んできた。

 それは、どこかの薄暗い教室で。
 目の前に立つ黒い学生服を着た真鳥が、私に顔を近づけ。
 ゆっくりと……額に唇を触れさせている映像だった。


(嘘……)

 私と真鳥が、そんな関係のはずがない。
 今まで、そんな甘い雰囲気になったことなど、一度もないのに。

 なぜ、私は真鳥の唇を避けなかったのか。
 まるで受け止めるかのように、じっとしていたなんて、考えられない。

 あの学生服は……、以前見た沢本君の映像と同じで、中学のときのものだった。
 机の上の、派手に破られた教科書には見覚えがある。

 思わず蓮先輩の手を振りほどき、激しく鳴る心臓の上を両手で押さえた。


「結衣?」

 心配そうに眉を寄せる先輩に、罪悪感を覚える。

 私は、どうして真鳥に……。

 感情の読めない冷めた目をした真鳥は、私の様子に気づき首を傾げたものの、すぐに背を向け歩き去る。

 蓮先輩の手はもう繋がれる素振りはなく、私の手はただ冷たい風に晒されるだけ。
 いくら衝撃的なシーンに驚いたとはいえ、先輩の手を振りほどいてしまうなんて……。
 後悔しても遅い。

 そのあと、先輩とは目を合わせられず。少し距離を置きうつむきがちに歩いていた。
 目が合ったら、またあの映像が頭に浮かんできそうで。
 夢か現実かもわからないキスだとしても、蓮先輩に知られたらと思うと、怖くてたまらなかった。


「白坂さん! オオカミ、たくさんいるよ」
「えっ、本当?」

 オオカミの森で合流した椎名さんや未琴と会話をし、必死に残像を振り払う。

 あの映像が、ただの幻影だったらいいのに。

 そう祈るしかなかった。



 園内を一通り巡ったあと、軽食を取り、お土産のコーナーで自由行動をすることになった。
 私は家族への手土産のお菓子を買い、シロクマのぬいぐるみを眺めてから店内を後にする。

 皆より先に建物から出てきてしまったらしく。店の前の広場には、私の他には真鳥だけがいた。
 こちらに気づいた真鳥が、何を思ったのかスッと歩み寄る。


「白坂。最近、悩みとかないの?」
「悩み……?」

 唐突な質問に首をかしげ、お土産の紙袋を持ち直す。


「あるなら言って。すぐ楽にしてやるから」
「……?」

 楽にするって、どうやって?


「本当に覚えてないんだな。やっぱりこの力、気のせいでなく本物なんだ」

 彼は自分の手のひらを見つめ、納得したように一つうなずき、私の前髪に手を伸ばした。
 警戒した私は一歩、後ろへ下がる。


「今、白坂が幸せな気分でいられるのは、俺が白坂の過去の記憶を消したからなんだよ」
「え?」

 記憶を、消した?


「嫌な記憶は全て、ね」

 そういえば最近、妙な出来事が多い。

 蓮先輩に、中学のときに私が作ったチーズケーキを一緒に食べたことがあると指摘され、私は全く覚えていなかった。
 中学のときは、先輩とはそこまで親しくなかったはずなのに。
 沢本君には『何で、いつもいつも……同じ男を好きになるんだ?』と身に覚えのないことを言われた。
 先輩を好きになったのは、今回が初めてのはずなのに……。
 思い当たるふしがいくつもあり、真鳥の言葉が真実なのではと受け止めるしかなかった。


「記憶って……、何の記憶を消したの? ねえ、本当の話なら、詳しく教えて?」

 不安になった私は、彼にすがりつくように尋ねた。
 自分が全く覚えていない過去を、真鳥は何もかも知っている?


「そんなに自分の過去が知りたい? ある程度、今が幸せなら、それでいいんじゃないのか?」
「でも……知りたい」

 自分だけが知らないままなんて、嫌だ。


「せっかく忘れることができたのに。また思い出したいなんて言ってくるとはね」

 呆れたように首を振った真鳥。
 黒髪がサラサラと揺れる。


「じゃあ、白坂。こっちに来て」

 背中を軽く押された私は、柱の陰に引き込まれた。
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私の過去は、誰にも言えない。憧れている美術部の先輩に嫌われる前に、ある人に頼んで過去の記憶を一部消してもらったが……。
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