37 / 72
第3章
隣の席-9
しおりを挟む
――数秒間という短い時間の中で。
いつかのように、私の頭に映像が流れ込んできた。
それは、どこかの薄暗い教室で。
目の前に立つ黒い学生服を着た真鳥が、私に顔を近づけ。
ゆっくりと……額に唇を触れさせている映像だった。
(嘘……)
私と真鳥が、そんな関係のはずがない。
今まで、そんな甘い雰囲気になったことなど、一度もないのに。
なぜ、私は真鳥の唇を避けなかったのか。
まるで受け止めるかのように、じっとしていたなんて、考えられない。
あの学生服は……、以前見た沢本君の映像と同じで、中学のときのものだった。
机の上の、派手に破られた教科書には見覚えがある。
思わず蓮先輩の手を振りほどき、激しく鳴る心臓の上を両手で押さえた。
「結衣?」
心配そうに眉を寄せる先輩に、罪悪感を覚える。
私は、どうして真鳥に……。
感情の読めない冷めた目をした真鳥は、私の様子に気づき首を傾げたものの、すぐに背を向け歩き去る。
蓮先輩の手はもう繋がれる素振りはなく、私の手はただ冷たい風に晒されるだけ。
いくら衝撃的なシーンに驚いたとはいえ、先輩の手を振りほどいてしまうなんて……。
後悔しても遅い。
そのあと、先輩とは目を合わせられず。少し距離を置きうつむきがちに歩いていた。
目が合ったら、またあの映像が頭に浮かんできそうで。
夢か現実かもわからないキスだとしても、蓮先輩に知られたらと思うと、怖くてたまらなかった。
「白坂さん! オオカミ、たくさんいるよ」
「えっ、本当?」
オオカミの森で合流した椎名さんや未琴と会話をし、必死に残像を振り払う。
あの映像が、ただの幻影だったらいいのに。
そう祈るしかなかった。
*
園内を一通り巡ったあと、軽食を取り、お土産のコーナーで自由行動をすることになった。
私は家族への手土産のお菓子を買い、シロクマのぬいぐるみを眺めてから店内を後にする。
皆より先に建物から出てきてしまったらしく。店の前の広場には、私の他には真鳥だけがいた。
こちらに気づいた真鳥が、何を思ったのかスッと歩み寄る。
「白坂。最近、悩みとかないの?」
「悩み……?」
唐突な質問に首をかしげ、お土産の紙袋を持ち直す。
「あるなら言って。すぐ楽にしてやるから」
「……?」
楽にするって、どうやって?
「本当に覚えてないんだな。やっぱりこの力、気のせいでなく本物なんだ」
彼は自分の手のひらを見つめ、納得したように一つうなずき、私の前髪に手を伸ばした。
警戒した私は一歩、後ろへ下がる。
「今、白坂が幸せな気分でいられるのは、俺が白坂の過去の記憶を消したからなんだよ」
「え?」
記憶を、消した?
「嫌な記憶は全て、ね」
そういえば最近、妙な出来事が多い。
蓮先輩に、中学のときに私が作ったチーズケーキを一緒に食べたことがあると指摘され、私は全く覚えていなかった。
中学のときは、先輩とはそこまで親しくなかったはずなのに。
沢本君には『何で、いつもいつも……同じ男を好きになるんだ?』と身に覚えのないことを言われた。
先輩を好きになったのは、今回が初めてのはずなのに……。
思い当たるふしがいくつもあり、真鳥の言葉が真実なのではと受け止めるしかなかった。
「記憶って……、何の記憶を消したの? ねえ、本当の話なら、詳しく教えて?」
不安になった私は、彼にすがりつくように尋ねた。
自分が全く覚えていない過去を、真鳥は何もかも知っている?
「そんなに自分の過去が知りたい? ある程度、今が幸せなら、それでいいんじゃないのか?」
「でも……知りたい」
自分だけが知らないままなんて、嫌だ。
「せっかく忘れることができたのに。また思い出したいなんて言ってくるとはね」
呆れたように首を振った真鳥。
黒髪がサラサラと揺れる。
「じゃあ、白坂。こっちに来て」
背中を軽く押された私は、柱の陰に引き込まれた。
いつかのように、私の頭に映像が流れ込んできた。
それは、どこかの薄暗い教室で。
目の前に立つ黒い学生服を着た真鳥が、私に顔を近づけ。
ゆっくりと……額に唇を触れさせている映像だった。
(嘘……)
私と真鳥が、そんな関係のはずがない。
今まで、そんな甘い雰囲気になったことなど、一度もないのに。
なぜ、私は真鳥の唇を避けなかったのか。
まるで受け止めるかのように、じっとしていたなんて、考えられない。
あの学生服は……、以前見た沢本君の映像と同じで、中学のときのものだった。
机の上の、派手に破られた教科書には見覚えがある。
思わず蓮先輩の手を振りほどき、激しく鳴る心臓の上を両手で押さえた。
「結衣?」
心配そうに眉を寄せる先輩に、罪悪感を覚える。
私は、どうして真鳥に……。
感情の読めない冷めた目をした真鳥は、私の様子に気づき首を傾げたものの、すぐに背を向け歩き去る。
蓮先輩の手はもう繋がれる素振りはなく、私の手はただ冷たい風に晒されるだけ。
いくら衝撃的なシーンに驚いたとはいえ、先輩の手を振りほどいてしまうなんて……。
後悔しても遅い。
そのあと、先輩とは目を合わせられず。少し距離を置きうつむきがちに歩いていた。
目が合ったら、またあの映像が頭に浮かんできそうで。
夢か現実かもわからないキスだとしても、蓮先輩に知られたらと思うと、怖くてたまらなかった。
「白坂さん! オオカミ、たくさんいるよ」
「えっ、本当?」
オオカミの森で合流した椎名さんや未琴と会話をし、必死に残像を振り払う。
あの映像が、ただの幻影だったらいいのに。
そう祈るしかなかった。
*
園内を一通り巡ったあと、軽食を取り、お土産のコーナーで自由行動をすることになった。
私は家族への手土産のお菓子を買い、シロクマのぬいぐるみを眺めてから店内を後にする。
皆より先に建物から出てきてしまったらしく。店の前の広場には、私の他には真鳥だけがいた。
こちらに気づいた真鳥が、何を思ったのかスッと歩み寄る。
「白坂。最近、悩みとかないの?」
「悩み……?」
唐突な質問に首をかしげ、お土産の紙袋を持ち直す。
「あるなら言って。すぐ楽にしてやるから」
「……?」
楽にするって、どうやって?
「本当に覚えてないんだな。やっぱりこの力、気のせいでなく本物なんだ」
彼は自分の手のひらを見つめ、納得したように一つうなずき、私の前髪に手を伸ばした。
警戒した私は一歩、後ろへ下がる。
「今、白坂が幸せな気分でいられるのは、俺が白坂の過去の記憶を消したからなんだよ」
「え?」
記憶を、消した?
「嫌な記憶は全て、ね」
そういえば最近、妙な出来事が多い。
蓮先輩に、中学のときに私が作ったチーズケーキを一緒に食べたことがあると指摘され、私は全く覚えていなかった。
中学のときは、先輩とはそこまで親しくなかったはずなのに。
沢本君には『何で、いつもいつも……同じ男を好きになるんだ?』と身に覚えのないことを言われた。
先輩を好きになったのは、今回が初めてのはずなのに……。
思い当たるふしがいくつもあり、真鳥の言葉が真実なのではと受け止めるしかなかった。
「記憶って……、何の記憶を消したの? ねえ、本当の話なら、詳しく教えて?」
不安になった私は、彼にすがりつくように尋ねた。
自分が全く覚えていない過去を、真鳥は何もかも知っている?
「そんなに自分の過去が知りたい? ある程度、今が幸せなら、それでいいんじゃないのか?」
「でも……知りたい」
自分だけが知らないままなんて、嫌だ。
「せっかく忘れることができたのに。また思い出したいなんて言ってくるとはね」
呆れたように首を振った真鳥。
黒髪がサラサラと揺れる。
「じゃあ、白坂。こっちに来て」
背中を軽く押された私は、柱の陰に引き込まれた。
0
私の過去は、誰にも言えない。憧れている美術部の先輩に嫌われる前に、ある人に頼んで過去の記憶を一部消してもらったが……。
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
会社の後輩が諦めてくれません
碧井夢夏
恋愛
満員電車で助けた就活生が会社まで追いかけてきた。
彼女、赤堀結は恩返しをするために入社した鶴だと言った。
亀じゃなくて良かったな・・
と思ったのは、松味食品の営業部エース、茶谷吾郎。
結は吾郎が何度振っても諦めない。
むしろ、変に条件を出してくる。
誰に対しても失礼な男と、彼のことが大好きな彼女のラブコメディ。
イケメン御曹司、地味子へのストーカー始めました 〜マイナス余命1日〜
和泉杏咲
恋愛
表紙イラストは「帳カオル」様に描いていただきました……!眼福です(´ω`)
https://twitter.com/tobari_kaoru
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は間も無く死ぬ。だから、彼に別れを告げたいのだ。それなのに……
なぜ、私だけがこんな目に遭うのか。
なぜ、私だけにこんなに執着するのか。
私は間も無く死んでしまう。
どうか、私のことは忘れて……。
だから私は、あえて言うの。
バイバイって。
死を覚悟した少女と、彼女を一途(?)に追いかけた少年の追いかけっこの終わりの始まりのお話。
<登場人物>
矢部雪穂:ガリ勉してエリート中学校に入学した努力少女。小説家志望
悠木 清:雪穂のクラスメイト。金持ち&ギフテッドと呼ばれるほどの天才奇人イケメン御曹司
山田:清に仕えるスーパー執事
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
初恋の呪縛
泉南佳那
恋愛
久保朱利(くぼ あかり)27歳 アパレルメーカーのプランナー
×
都築 匡(つづき きょう)27歳 デザイナー
ふたりは同じ専門学校の出身。
現在も同じアパレルメーカーで働いている。
朱利と都築は男女を超えた親友同士。
回りだけでなく、本人たちもそう思っていた。
いや、思いこもうとしていた。
互いに本心を隠して。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる