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第2章
雨空に焦がれて-5
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けれど、冷えた壁に背中が当たり、すぐに逃げ場を失ってしまう。
「白坂……」
舐めるような視線が私の胸元へ落ちていく。
「やっ……、やだ……」
恐怖で体が凍りつき、唇からかろうじて拒絶の言葉が出た瞬間、沢本君に黒い影が差す。
「――何やってるの? 嫌がってるんだから、やめたら?」
落ち着いたアルトの声が降りかかり、反射的に沢本君が私から離れる。
沢本君の肩越しに見えたのは、背の高いショートカットの女の子。
――椎名緋彩さんだった。
ほっとしたあまり目尻から涙がこぼれそうになり、周りに気づかれないうちに目をこする。
「あのさー、沢本。恥ずかしくないの? 嫌がる子を無理やり自分の思い通りにしようなんて」
彼女は沢本君のことを知っているらしく、呆れた眼差しを投げつけた。
「うるせぇな、邪魔すんなよ」
沢本君は私を一睨みしたあと、背を向けて私たちから離れていく。
「大丈夫? 白坂さん」
「あ……大丈夫、です。助けてくれて、ありがとう」
「いーえ。ああいうヤツ、許せないだけだから」
椎名さんは廊下の向こうに消えていく沢本君の後ろ姿を鋭い視線で追った。
他の子とは違い、スカートではなくスラックスを履いていて。それがまたよく似合っている。
女子の大半がブラウンのリボンをつけているのに対して、彼女はカーキ色のネクタイを男子と同じく首に緩く結んでいた。
髪も短めだし、パッと見は男の子に見えるかもしれない。
「……椎名さん。私の名前、知っててくれたんだね」
全然、名前も顔も覚えられていないと思っていたから光栄すぎる。
首を軽く傾けた椎名さんは、さも意外なことを言われたとばかりに目を丸くした。
「そりゃ知ってるよ。白坂さん、可愛いから」
さらっと告げられ、私の頬が急激に火照ってくる。
「ははっ、ほら、そうやってすぐ赤くなるとことか」
椎名さんは楽しそうに私の顔を見て笑った。白い歯が覗き、ひたすら爽やかな印象しか与えない。
……何だか、からかわれているみたい。
「沢本がまた何かしてきたら、私に言って」
私の肩に手を置いた椎名さんは、頼もしい言葉をかけてくれる。
「うん。本当にありがとう」
170センチ近くありそうな椎名さんのことを見上げ、遠慮がちに微笑み返すと、なぜだかパッと目をそらされた。
「うわー……、あいつが白坂さんに執着する理由、何となくわかった」
「え?」
「いや、存在自体が可愛いって、罪だよねってこと」
「そんざい……」
「まあ、白坂さんは気にしないで」
淡々と言った椎名さんは、自然な流れで連絡先を交換してくれて、私たちはそこで別れた。
沢本君の嫌がらせを忘れさせてくれるくらい、椎名さんの存在は大きく。初めて話した憧れの人と少しだけ友達になれた気がして、教室への足取りが軽くなっていた。
「白坂……」
舐めるような視線が私の胸元へ落ちていく。
「やっ……、やだ……」
恐怖で体が凍りつき、唇からかろうじて拒絶の言葉が出た瞬間、沢本君に黒い影が差す。
「――何やってるの? 嫌がってるんだから、やめたら?」
落ち着いたアルトの声が降りかかり、反射的に沢本君が私から離れる。
沢本君の肩越しに見えたのは、背の高いショートカットの女の子。
――椎名緋彩さんだった。
ほっとしたあまり目尻から涙がこぼれそうになり、周りに気づかれないうちに目をこする。
「あのさー、沢本。恥ずかしくないの? 嫌がる子を無理やり自分の思い通りにしようなんて」
彼女は沢本君のことを知っているらしく、呆れた眼差しを投げつけた。
「うるせぇな、邪魔すんなよ」
沢本君は私を一睨みしたあと、背を向けて私たちから離れていく。
「大丈夫? 白坂さん」
「あ……大丈夫、です。助けてくれて、ありがとう」
「いーえ。ああいうヤツ、許せないだけだから」
椎名さんは廊下の向こうに消えていく沢本君の後ろ姿を鋭い視線で追った。
他の子とは違い、スカートではなくスラックスを履いていて。それがまたよく似合っている。
女子の大半がブラウンのリボンをつけているのに対して、彼女はカーキ色のネクタイを男子と同じく首に緩く結んでいた。
髪も短めだし、パッと見は男の子に見えるかもしれない。
「……椎名さん。私の名前、知っててくれたんだね」
全然、名前も顔も覚えられていないと思っていたから光栄すぎる。
首を軽く傾けた椎名さんは、さも意外なことを言われたとばかりに目を丸くした。
「そりゃ知ってるよ。白坂さん、可愛いから」
さらっと告げられ、私の頬が急激に火照ってくる。
「ははっ、ほら、そうやってすぐ赤くなるとことか」
椎名さんは楽しそうに私の顔を見て笑った。白い歯が覗き、ひたすら爽やかな印象しか与えない。
……何だか、からかわれているみたい。
「沢本がまた何かしてきたら、私に言って」
私の肩に手を置いた椎名さんは、頼もしい言葉をかけてくれる。
「うん。本当にありがとう」
170センチ近くありそうな椎名さんのことを見上げ、遠慮がちに微笑み返すと、なぜだかパッと目をそらされた。
「うわー……、あいつが白坂さんに執着する理由、何となくわかった」
「え?」
「いや、存在自体が可愛いって、罪だよねってこと」
「そんざい……」
「まあ、白坂さんは気にしないで」
淡々と言った椎名さんは、自然な流れで連絡先を交換してくれて、私たちはそこで別れた。
沢本君の嫌がらせを忘れさせてくれるくらい、椎名さんの存在は大きく。初めて話した憧れの人と少しだけ友達になれた気がして、教室への足取りが軽くなっていた。
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私の過去は、誰にも言えない。憧れている美術部の先輩に嫌われる前に、ある人に頼んで過去の記憶を一部消してもらったが……。
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