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Prologue
忘れられない-1
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紅い夕陽が美術室の窓から零れ、柏木先輩の髪をセピア色に淡く溶かしていた。
いつもは優しげな先輩の顔が、今は微かに強張っている。
思い詰めたように視線を床に向け、一呼吸したあと、私の目を見つめた。
「好きなんだ、白坂さんのこと」
「……え?」
思いがけない告白に私は目を見開く。
「白坂さんが美術部に入ってきたときから、好きだった」
先輩の真摯な想いに応えたいと思うのに、私の口から出てきたのは――
「ごめんなさい、私……」
残酷な断りの台詞だった。
「……そっか」
先輩は切なく微笑むと私の方に手を伸ばした。
「それなら最後に……触れてもいい? そうすれば白坂さんのこと、忘れられそうだから」
低く遠慮がちに囁かれ、私は視線を揺らす。
先輩は春から伯王高校へ行ってしまうから。私が同じ高校を目指さない限り、再会することはもうないだろう。
嫌だと断ればきっと、先輩は優しいからそれ以上は求めてこないはず。
けれど私にはそれを断る理由はなかった。
一度ためらったあと、冷たい指先が頬へ静かに触れ、先輩の整った顔がそっと近づいた。
私の額に、一瞬だけ掠めるように唇が触れる。
指先と同じで、冷えた――柔らかな唇。
私の瞳から涙が零れ落ちていく。
一体何の涙だろう。自分でもわからない。
「じゃあ、元気で。……幸せになってね」
背を向けて去って行く先輩は、一度も振り返ることはなかった。
その背が見えなくなるまで、ずっと私は先輩のことを見送っていた。
いつもは優しげな先輩の顔が、今は微かに強張っている。
思い詰めたように視線を床に向け、一呼吸したあと、私の目を見つめた。
「好きなんだ、白坂さんのこと」
「……え?」
思いがけない告白に私は目を見開く。
「白坂さんが美術部に入ってきたときから、好きだった」
先輩の真摯な想いに応えたいと思うのに、私の口から出てきたのは――
「ごめんなさい、私……」
残酷な断りの台詞だった。
「……そっか」
先輩は切なく微笑むと私の方に手を伸ばした。
「それなら最後に……触れてもいい? そうすれば白坂さんのこと、忘れられそうだから」
低く遠慮がちに囁かれ、私は視線を揺らす。
先輩は春から伯王高校へ行ってしまうから。私が同じ高校を目指さない限り、再会することはもうないだろう。
嫌だと断ればきっと、先輩は優しいからそれ以上は求めてこないはず。
けれど私にはそれを断る理由はなかった。
一度ためらったあと、冷たい指先が頬へ静かに触れ、先輩の整った顔がそっと近づいた。
私の額に、一瞬だけ掠めるように唇が触れる。
指先と同じで、冷えた――柔らかな唇。
私の瞳から涙が零れ落ちていく。
一体何の涙だろう。自分でもわからない。
「じゃあ、元気で。……幸せになってね」
背を向けて去って行く先輩は、一度も振り返ることはなかった。
その背が見えなくなるまで、ずっと私は先輩のことを見送っていた。
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私の過去は、誰にも言えない。憧れている美術部の先輩に嫌われる前に、ある人に頼んで過去の記憶を一部消してもらったが……。
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