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第三章 限界集落の普通じゃないお祭り

山の神

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「「「わっしょい! わっしょい!」」」

 お神輿が、大勢の男たちの手で運ばれていく。

 その上で跳ねているのは、笑顔の槇島まきしま睦月むつきだ。
 何度も空中を飛ぶが、自宅にいるかのよう。

 女子大生のレポーターが、その光景を説明する。

『上に乗っている女子は、この美須坂みすざか町にある槇島神社の御神体ごしんたいのようですね! 祭儀の一種ゆえ誤解しないよう、ご注意ください! 槇島神社は、明山あけやま神社の境内にあって――』

 私服のため、地方局にあらず。

 カメラマンも女子大生で、サークル活動、または講義の一環のようだ。


 珍しく浴衣を着た室矢むろやカレナは、人が集まっている場所から離れ、その練り歩きを眺める。
 しかし、神社へ向かう神輿とは、別の方向を見た。

「いつまで、そうしているつもりですか?」

 片手で、カーテンを開けるような動き。

 布をちぎるような音と共に、別の空間が現れた。

「明山神社は、私をまつっているのよ? ……彼女は私の友人です。構えを解きなさい」

 若い女の声が、何もなかった場所から響いた。
 
 清楚な雰囲気で、長い黒髪。
 着るだけで手間がかかりそうな、昔の着物だ。
 その赤目は懐かしそうに、カレナを見ている。

 刀を差した少女たちは、主人の命令により、つかから手を離した。

 動きやすい着物。
 文字のような記号が描かれた布で顔を覆っているが、風ではためき、その下にある、幼さが残る顔を見せた。


 浴衣のカレナは神々しい正装に負けず、向き直った。

「久しぶりですね、咲耶さくや

 それを聞いた美女は、相好を崩した。

「あなたもね……。その口調が、素なの? わざわざ、キャラを作らなくてもいいのに……」

 咲耶は高校時代の室矢むろや重遠しげとおを弟子としたうえ、桜技おうぎ流をまとめている女神だ。

 彼女は別で夫がいるものの、重遠と並々ならぬ縁があった。


 2柱の女神は、ド田舎の地で再会した。

 山間にある、小さな集落。
 その田園風景を見ながら、咲耶はおずおずと尋ねる。

「……知りたい?」

 息を吐いたカレナは、苦笑した。

「知れば、奪いに行きたくなるので……」

「それは困るわね!」

 調子を合わせた咲耶も、青空を見上げた。

「あれから、だいぶつのね……」

 言うまでもなく、重遠が生きていた頃だ。

 カレナはしみじみと、同意する。

「ええ……」

高天原たかあまはらでは、同じ神格になっちゃったから、もう会っていないわ」

 肩をすくめた咲耶は、夫に浮気を疑われたくないし、と続けた。

 悪戯っぽい顔のカレナが、突っ込む。

「今は対等だし、思わず本気になっちゃいますか?」

「そうね……フフ、冗談よ!」

 笑い出した咲耶はすぐに否定しつつも、怖い男ではあるわ、と続けた。

 フーッと息を吐く、カレナ。


 咲耶のほうを見たカレナは、話題を変える。

「そちらは、高天原の護衛ですよね? 今代の筆頭巫女は?」

 ため息を吐いた咲耶は、両手を軽く上げた。

「無茶を言わないで!? あの子……咲莉菜さりなは特別よ!」


 天沢あまさわ咲莉菜は、重遠の妻の1人だった。
 正妻の南乃みなみの詩央里しおりが、その座を奪われないよう、最も警戒していた女でもある。

 咲莉菜は筆頭巫女をしている間に、警察からの離脱を実現。

 重遠が四大流派をまとめたことも大きいが、彼女のカリスマと交渉のおかげと言えるだろう。


「今の筆頭巫女は桜技流のトップで、私との顔つなぎ! 高天原で稽古もしているけど……すぐ泣いちゃうから! 咲莉菜が絡まないよう、抑えるのに必死よ」

 咲耶は両手を組み、ストレッチのように指を伸ばしつつも、自分の感想を述べる。

「ま、これも時代かしら?」

「荒事がないのなら、それに越したことはありません……。今代の筆頭巫女にしてみれば、咲莉菜との立ち合いは、RPGの序盤で裏ボスに遭遇するような恐怖です」

 驚いた咲耶は、カレナをまじまじと見る。

「あなた……本当に、キャラが変わったわね?」


 上で睦月が跳ね続ける神輿は、山の石段を登って、元の場所へ。

 それを見たカレナは、誘う。

「行きますか? 屋台がありますし、睦月たちのダンスショーも見られますよ?」

 首を横に振った咲耶は、理由を告げる。

「やめておくわ……。私が行けば、姿を変えていようと、あの神社に迷惑をかけてしまう」

 カレナは、自問自答。

「そう言えば、あなたを祀る神社は多いですね? この山奥のやしろに顕現すれば――」
「大社は良い顔をしないわ……」

 咲耶は、責めるような口調に。

「そもそも……今だって、あなたが無理やりに現世と繋げたから!」

 軽々しく、地上に降臨するべきではない。

 言外で、そう伝えている。

 けれども、カレナは、どこ吹く風。

「それは、失礼しました……」

 自分のひたいに指をあてた咲耶は、首を横に振った。

「口調や雰囲気が変わっても、やっぱり同じね!? とにかく、私はもう時間切れ! 高天原から見られるし……。あなたが元気になって、良かったわ! これでも、心配していたのよ?」

 咲耶は、カレナに千切り取られた線を戻すような演出で、そのまま消え去った。
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