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彼は刑事になりたかった(後編)

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 山中で行き倒れた、加藤かとう源二げんじ

 10歳の子供は、絶命する寸前だった。

「ク、クロ……。お願いが、あるんだ……」

 その声音に、黒いスライムは刑事ドラマの声真似をやめた。

 正面に作り出した目で、ジッと見る。

「いきなり消えた生徒は、きっと殺されていたんだよ……。あんなことは止めさせないと……」

 本当は、もっと喋りたかったのだろう。
 でも、体力がなかった。

 源二は、死んだ。

 神話生物のユゴスは、それを理解できず、ひたすらに励ました。

『加藤! しっかりしろ!!』
『加藤! しっかりしろ!!』
『加藤! しっかりしろ!!』

 一緒に見ていた刑事ドラマから、加藤源二は死んだと、結論を出す。

 次に、ユゴスは触手を作り出し、それを鞭のように振るった。
 パアンッ! という音で、岩肌が砕ける。

 そのまま、人が怒りに任せて、殴り続けるように……。


 ザーッと、水音がする。

 ここは、沢だ。
 日本の山で考えなしに降りれば、だいたい、ここに迷い込む。

 辺りは暗い。
 しかし、ユゴスには関係なく、息絶えた源二の前でたたずんだまま。

 ここにいても、仕方がない。

 そう思ったユゴスは、ようやく落ち着いた。
 彼の遺言について、考える。

 多冶山たじやま学園の殺人……。

 何周もした、刑事ドラマ。
 ユゴスはそれに基づいて、思考を進める。

 殺人は、犯罪だ。
 逮捕した後に取り調べを行い、法にのっとり、裁かなければ……。

 神話生物にあるまじき、順法意識のユゴスくん。
 だが、ここで、重要なことに気づく。
 
 私は、警察官ではない!?
 
 気になったユゴスは一度だけ、どうすれば警察官になれるのか、電話してみたのだ。

『警察官を育てている学校を卒業すれば、いいんだよ?』

 よし。
 その学校へ行こう!

 方針が決まったユゴスは、夜の闇の中で、大きくうなずいた。
 しかし、残念ながら、神話生物は応募要項を満たしていない。
 
 悩むユゴスの目に、加藤源二の死体が飛び込んできた。
 このままでは腐り果てて、墓標もないまま。

 そうか!
 これならば……。

 自分のアイディアに歓喜したユゴスは、源二に覆いかぶさる。

 黒いスライムがうごめき、やがて人の形を成していく……。


 新たな加藤源二が、すっくと立ちあがった。

 両ひざを曲げた後に、足の裏が接している地面でクレーターができる。
 大きく跳躍した源二は、あっという間に、沢をジャンプしていく。


 通報を受けた警察に保護された源二は、自分の名前を喋らず、黙秘を貫いた。
 これは、当然の権利である!

 小学生の足で移動する範囲でないことから、多冶山学園とは関連づけられず。

 児童養護施設に預けられた源二は、高校を卒業した後に警察学校へ。
 同期の中でも抜きんでた身体能力と和を乱さない様子に、高評価がついた。

 機動隊の精鋭部隊に配属され、将来の幹部を期待されたが、非番に刑事課の手伝いをするほど。
 第一線が難しい年齢になって、ようやく、そちらへ回される。

 念願の刑事になった源二は、科学捜査がやりにくい、小さな事件を担当。

 オカルト系に強く、その県警の切り札となるも、出世コースから外れていた。
 機動隊のときに昇任試験を受けて、巡査部長のまま。
 本人は全く気にせず、コツコツと多冶山学園の連続殺人を追い続ける。


 多冶山学園の用務員だった、大根正々。

 幼い加藤源二を逃がした彼は、街に降りての息抜きの際に、警察署で自首した。
 殺人の前科持ちとあって変な意味で信頼され、すぐに保護される。

 主犯として、医師の梶駒五かじこまご秀鮃ひでひらめも、逮捕された。

 多冶山学園は廃校となったが、その捜査はすぐに終了。


 秀鮃と共犯の正々は、どちらも死刑に。
 だが、ずっと反抗的な秀鮃に対して、自首したうえに協力を惜しまない正々で、大きな差がつく。

 正々は裁判でも、その罪は重いが、少しでも償おうとする姿勢は評価する。とまで言われたのだ。

 彼の死刑執行は、平均寿命とほぼ同じタイミングだった。

 ・・・・・・・
 ・・・・・
 ・・・
 ・

 繁華街にある雑居ビルの隠し部屋。

 一通りを説明した室矢むろやカレナは、瀟洒しょうしゃな椅子に座ったままで微笑んだ。

「今の彼は、『自分を加藤源二と思い込んでいる一般ユゴス』です」
「いや、それはマズいでしょ!?」

 向き合うように座っている槇島まきしま睦月むつきが、突っ込んだ。

「ユゴスの擬態は、尋常ではありません。廃校の多冶山学園にいたウサギの着ぐるみも、別のユゴスでした。……話を戻すと、今の加藤源二は内部の構造に至るまで、人間になっています。10歳という幼さに、過去を知る者が元のユゴスだけ……。結局のところ、彼は本人そのもの」

 少し落ち着いた睦月は、同意する。

「まあ、本人が死んだから同化したわけだし。記憶や行動パターンがおかしくても、指摘する人間がいないと……。そういえば、多冶山学園のユゴスたちは? 警察が突入した時には、もういなかったようだけど」

「私が電話で交渉して、戦闘があった夜に故郷へ戻しました。彼らは大喜びでしたよ?」

 ここで、睦月はピンとくる。

「あれ? 加藤源二は? そいつもユゴスだよね? ウサギの着ぐるみは消し飛ばされたけど……」
 
 ため息を吐いたカレナは、裏事情を説明する。

「加藤源二に成りきっていて、『自分はユゴスである』という事実も忘れています」

 ――刑事ごっこをしたければ、好きにしろ!
 ――我々は、お前を待たない

 ユゴス・ロードは、さぞや呆れただろう。

 せっかく自分たちの故郷へ帰れるのに、刑事ごっこに夢中で、自分や同胞に銃を向けたのだから……。


「私が会った時に、加藤源二を人間にしておいたから、問題はありませんよ?」
「あ、そう……」

 睦月は生返事をしながら、ドッと疲れを感じた。
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