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学校に必要ないはずの解剖室

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 テレビで見た軍のシェルターを思わせる、堅牢なトンネルの中。
 爆撃にも耐えられそうな半円は、車が通れるほどの横幅と高さがある。

 芽伊めいはバッグから機材を取り出して、そのハンディカメラを向けた。
 声を出せば、反響する。

『れ、れいかチャンネルです! 私たちは、あの多冶山たじやま学園に来ています!』

 隣を歩く春花はるかがびっくりした声で、尋ねてくる。

『せ、先輩?』

『ここまで来たら、せめて映像に残そう! じゃないと、本当に、何をしに来たのか分からないよ! 春花は周りを見ていて! 先行した怜奈れなに、早く追いつこう』

『は、はいっ!』

 ビクッとした春花は、後ろを振り返った。

 オレンジ色の照明によって入口まで、はっきり見える。

 ……サイレンを鳴らした警察は、まだ到着していないようだ。


 芽伊はハンディカメラ越しに、前を見た。

 怜奈の後ろ姿が、50mほど前方で、立ち止まっている。
 どうやら、側面のドアが気になっているようだ。


『怜奈?』

 カメラを構えたままの芽伊が、追いついた。

 フレームがある映像の中にいる怜奈は、カメラ目線に。

『ここ、“解剖室”って、あるわ……。ネット上のうわさは、本当だったのかしら?』

 オレンジ色に染まった怜奈は、カメラ越しにも、顔色が悪い。

 だが、その金属のドアに手をかけ、動かす。


 ギギギッ

 芽伊と春花の願いも虚しく、そのドアは開いた。


 怜奈が先に入り、壁にあるスイッチを動かす。

 パチッ

 天井にある蛍光灯の音が続き、無機質な空間を照らし出す。

 白い光が降り注ぎ、人を横たえるだけの部分と洗面器による解剖台が、目に入る。

 床はリノリウムで、排水用の溝の上には穴付きの金属板が敷き詰められていた。
 中央にある解剖用の設備は、赤茶色のメス、のこぎり、なたが無造作に置かれている。

「これ……人を解体していたの? こっちは……ヒッ!」

 レポーターの怜奈は、すみにある防水カーテン付きのシャワールームで、骨だけの手首を見つけた。

 ふたで密閉する金属のゴミ箱の中には、もはや判別できない、腐った後で乾燥した何かが捨てられている……。


 廃墟となった解剖室だが、あまりに違和感がない。

 まるで、病院の実習のように……。


 ここで、春花がポツリと言う。

「やっぱり、多冶山学園で生徒が虐殺されていたのは、真実だったんですね……。でも、おかしくありませんか?」

 怜奈が、すぐに応じる。

「な、何が?」

「だって、これだけの設備……主犯の梶駒五かじこまごに用意できるとは思えませんよ!」

 カメラマンをしている芽伊が、推理する。

「あの犯人は、お医者さんだったから! それぐらいのお金は――」
「いいえ! それは無理です!」

 すぐに否定した春花は、向けられたカメラを見る構図で、話を続ける。

「梶駒五秀鮃ひでひらめは、投資で失敗したことの揉め事があったようで、お金を持っていません! 仮にあっても、このトンネルを建設する段階で図面にしていないと……。梶駒五が払ったのなら、億単位だと思います! 医者が高収入でも、さすがに無理でしょう!? 医師免許を持ったまま、こんな僻地の住み込みで理科の先生というのも、きな臭い」

 黙り込んだ2人に、春花は疑問を投げかける。

「あの……。このトンネルと解剖室を見る限り、多冶山学園の理事長が知らなかったと考えるのは、少し無理があります。それに、梶駒五だけ、取り調べ中の拘置所で首を吊って死んでいて、用務員で共犯の大根おおね正々せいせいはつい最近の死刑執行」

 要するに、生徒の虐殺は多冶山学園の上層部によるもの、という話だ。

 警察や病院でなければ、解剖室を使う用途がない。


「当時の理事長は、れ――」
「はい、スト―ップ! この話題は、もう危ないから!! ね? もう帰ろ! そうだ、警察にこれを伝えてさ? 協力したってことで、入り込んだのと相殺にしてもらおう!」

 慌てた怜奈は、まくし立てた。

「……はい」

 こくりとうなずいた春花は、黙った。

「じゃ、撮影は、もう終わりってことで!」

 焦り出した怜奈は走るように、入口へ――

 すぐに戻ってきて、芽伊と春花のところでささやく。

(誰か、来た! 隠れて!!)

 ゾッとした2人は怜奈にならい、解剖台の陰でしゃがむ。


 ふと気づいた春花が、足音を立てないよう回り込み、入口の横へ。

 パチッ

 電気が消されて、真っ暗に。

 トンネルからのオレンジ色の光が、解剖室の中へ差し込む。

 壁際の暗闇でしゃがみ込んだ春花は、必死に気配を殺す。


 コツ コツ コツ

 ドアが開いたままの解剖室を覗く気配……。


 コツ コツ コツ

 どうやら、トンネルの出口へ向かったようだ。

 相手を確認しなければ、動きようがない。と思った春花は、勇気を出して、開いたままの出入口から、そっと覗く。

 長い金髪と、セーラー服の後ろ姿があった。
 その歩き方は、男に思えず。

「女子中学生? ……え?」

 思わず、声が出た。

 とっさに首をひっこめて、隠れる。

 立ち止まった少女が、こちらを見ている気配……。


 ゴゴゴゴ   ガタンッ

 重い物体をひきずる音が続き、やがて、ぶつかる音。


 しばらく、息を潜めていたら、再び、革靴の音。

 今度は解剖室に興味を示さず、戻っていった。


 そっと覗いた春花は、安全だと確認。

 解剖室の電気をつけた後に、話しかける。

「先輩? もう行ったようです……」

「す、すぐに出ましょう!」
「ええ……」

 ところが――


「あ、あれ? 道を間違えたかな? ハハ……」

 怜奈は行き止まりで、乾いた声を出した。

 ハンディカメラを構えたまま、茫然とする芽伊。

 ある程度は覚悟していた春花が、説明する。

「レナ先輩……。ここが、私たちが入ってきた場所ですよ?」

 2人の視線を感じながら、決定的な言葉を口にする。


 閉じ込められたんです、この学園に……。
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