上 下
25 / 67

今代の千陣流は楽しそう

しおりを挟む
 乙女ゲーで言えば、意地悪をしそうなタイプのイケメン。
 年齢は、20代半ば。

 和服の第一礼装を着ている彼は、遠巻きになった刑事、警官の間を抜けて、室矢むろやカレナと向き合う。


「僕は千陣せんじん流の南乃みなみの隊長で、南乃虎徹こてつ。よろしゅう!」

「室矢カレナです。よろしくお願いいたします」


 いきなり挨拶を交わした2人に、周囲はドッと疲れたような表情に。

 千陣流というから、すぐにでも戦闘が開始されると思っていたのに……。


 慌てたのは、虎徹をけしかけようとした氷山花ひょうざんか市長だ。

「ちょっ……ちょっと待ってくださいよ!? 和んでいないで、捕まえて! この娘のせいで、パーティーは台無しです。お願いだから――」
「何、勘違いしてるん?」

 ドスの利いた発言に、氷山花市長は虎徹を見た。

 虎徹は、自分の考えを述べる。

「僕は警察と違うし、荒事メインの警備員で雇われた覚えもあらへん……。千陣流の隊長と知っときながら、あごで使うのは調子に乗りすぎや! まあ、どないしても言うのなら、動いてもええよ?」

「なら、お願いしま――」
「僕の妖刀は、こまい調整、苦手でね? このホールと客、あと洋館もぶった切るけど、勘弁してな!」

 全身から隊長格にふさわしい霊圧を発し始めた虎徹。

 何もない左腰に手を伸ばし、抜刀する構えへ……。

 周囲は電子レンジのように熱くなって、放射された霊圧でホールの窓ガラスが次々に割れた。
 内壁にひびが入り、どんどん広がっていく。

「キャアアァアッ!」
「うわああっ!」
「に、逃げろ! 私たちまで殺されるうぅううっ!!」

 悲鳴を上げながら、逃げ惑う客たち。

「まっ! 待ってください!! い、いいです! もう、いいですから!?」

 すがりついた氷山花市長に、虎徹は構えを解いた。

「ええんか?」
「ハ、ハイッ! それは、もう!!」

 虎徹は、カレナを見る。

「じゃ、帰ったら? ……あ! 家へ遊びに行って、ええ?」

「申し訳ありません。今は、スローライフなので」

「せやったら、しゃあない……」

 首肯した虎徹は、違う場所を見た。

「姫! 行くでー?」
「その呼び方は、止めてよ!?」

つむぎちゃん! マタタビやでー?」
「私は、ネコか!?」

 腰まで届く、長い茶髪。
 それを後ろのバレッタでまとめた、ハーフアップだ。

 琥珀こはく色の瞳が、印象的。

 年齢は、女子高生ぐらい。


 動きやすいドレスを着た女子高生が、お供らしき女子中学生2人と一緒に動き出した。

「参りましょう、姫さま」
「姫さま、早く……」

 地味なドレスのJC2人は丁寧な態度だが、あおっているとしか思えない。

 笑顔で、怒りのオーラを漂わせる姫さま。

「あ゛ー! 普通の生活がしたい!!」

千陣せんじん家に生まれたゆえ、ご辛抱くださいませ」
「オタサーの姫は辞められても、千陣流の姫はずっと続く……」

 頭を抱えた紬は、ずいぶんと感情表現が豊かだ。

「この如月きさらぎ! 紬さまの性癖を歪めるまで、誠心誠意、お仕えいたします!」
「建前と本音が、逆……」

 コントのように掛け合う女子2人は、紬をはさんだまま、会場を後にした。

 いつの間にか、南乃虎徹も姿を消している。

 室矢カレナは、言うまでもない。



 ――室矢カレナの自宅

 槇島まきしま睦月むつきが、説明する。

「南乃隊長と紬さまは、カレナを見るために、わざわざ来たそうだよ?」

「へー!」

 カレナは興味がなさそうな返事で、ソファーにもたれている。

「紬は?」

「千陣紬さまは、千陣夕花梨ゆかりさまの子孫だね! 後継者争いから降りたけど、高校を卒業したら、すぐに子作り」

「ふーん……」

 ダラーンとしたまま、ポテチをかじるカレナ。

 睦月も食べながら、話を続ける。

「護衛は、如月と弥生やよい! あの2人は、すぐに分かったでしょ?」

「ええ……。今は、持ち回りで?」

「まーね! 千陣家の直属で十家に近い待遇だから、全く働かないのもマズい」


 夕花梨シリーズ改め、槇島シスターズ。

 如月と弥生も、その一員だ。


 カレナが、問いかける。

「如月は相変わらず、人の性癖をブレイクしているのですか……」
「それ以外は、完璧なんだけどねー!」

 もしも重遠がMだったら、如月との相性が一番だった。


「ところで、紬は槇島シスターズをどれぐらい?」
「2体! ヤバそうな時には、もう1体を増やすよ」

「夕花梨には、『重遠を守る』という使命がありましたから……」
「そーだね……」

 ソファーから起き上がった睦月は、ふと話題を変える。

「そういえば、氷山花家だけど……。やらかしたっぽい!」
「何を?」

「南乃隊長に、ホールを壊した損害賠償を請求したんだって!」
「うわあ……。よりによって、千陣流の十家で武闘派の筆頭に」

「千陣流の本拠地に、顧問弁護士と助手が来たようだけど……」
「もう生きていないでしょうね」

 睦月が珍しく、声を低くした。

「まだ、あるよ? あの市長の息子……氷山花鷹侍たかじだっけ? どうやら、紬さまを見初めたらしくてさ! 顧問弁護士に熱烈なラブレターを託したとか! 内容は――」

“どのような困難が待ち構えていても籠の鳥である君を救い出し、普通の生活をさせてやりたい”

「ちなみに、紬さまは同年代と婚約していて、初夜も済ませているから! 婿養子で、政財界のヤバい家柄から迎える予定。……その人と親は、激怒しているってレベルじゃない」

「ああ……。満座でその力と反抗的な態度を見せつけた私よりも、御しやすそうで四大流派の一角である千陣流の姫さまに目を付けたと……。まあ、こんな田舎にはもう来ない人物ですし」

 ジュースを飲み干した睦月は、同意する。

「だろうね……。父親の市長が『あの娘はお前に惚れているが言い出せない』と焚きつけたんじゃない? 鷹侍の独断かもしれないけど! あいつはカレナに振られた直後で、プライドが傷ついていた。その埋め合わせとなれば、大きな獲物じゃないと……。いずれにせよ、地方の小金持ちが日本を裏で支配している勢力とぶつかるわけ!」

 この暗闘に宣戦布告はないし、説明もない。
 いきなり殺すか、相手の財力や社会的な立場を奪うだけ。

 カレナはため息を吐いた後で、結論だけ言う。

「終わりましたね……」



 ――1週間後

 御田木みたき市のトップである市長とその息子が、行方不明になった。

 副市長が代行しながら、すぐに市長選へ……。


 捜査は難航する一方で、群がった親戚による相続を巡っての殺人まで。
 トップ不在により、運営している企業も、誰につくのか? の派閥争いで、機能不全に陥る。

 事業が回らなくなった氷山花家は、抱えている借金を払えず、あえなく破産。

 
 カレナが訪れた洋館の正門は、固く閉ざされた。
 いわくつきで、その広さも相まって、購入する者が現れないまま……。

 二度と開かないであろう門扉には、“許可なき立ち入りを禁ずる” という破産管財人の説明がぶら下がっている。


 よく考えたら、この一件では、カレナは危害を加えていない。

 ともあれ、スローライフは、無事に守られた。


 これは、前作とは打って変わって、御田木市の美須坂みすざか町と北稲原きたいなばら町の平和を守ったり、守らなかったりする物語である!

 それにしても、素でヤバすぎる世界で、室矢重遠くんはよく生き延びられたものだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

冤罪を掛けられて大切な家族から見捨てられた

ああああ
恋愛
優は大切にしていた妹の友達に冤罪を掛けられてしまう。 そして冤罪が判明して戻ってきたが

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

処理中です...