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『ブリテン諸島の黒真珠』による演説

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『さて……。今の私が申し上げても、説得力がありませんね? 現に多くの方が失笑しているか、ご友人と話しておられます』

 演壇に立っていた室矢むろやカレナは前へ回り込み、セーラー服の全体を見せた。

「これは、しのざと高校の制服です……。私に聞こえるよう、バカにしてくれた方々のおっしゃる通り、お世辞にも偏差値が高いとは言えず、素行が悪い生徒も多い」

 心当たりのある面々が、カレナへの視線を外し、あるいは顔を伏せた。


 バレエのように、くるっとターンをすれば、カレナは一変。

 ロココ調の、黒いドレスをまとった姿に……。


 足元まで隠れて、くびれたウエストと対になる、大きな膨らみ。
 長袖で、こちらも立体的なデザインだ。

 胸元は少しだけ開いているが、間違っても胸を強調するわけではない。
 いわゆる、ボールガウン。

 女性向けのイブニングドレスとしての最上級。
 
 ヴィクトリアンで、欧州の貴族が着そうな感じ。
 けれど、神秘的なカレナにぴったりだ。


「「「おおおっ!?」」」


 見守っていた群衆は、一瞬で着替えたことに、どよめく。

 小声で話し合っていたグループも慌てて、ステージを見る。

「素晴らしい!」
「今のは、どうやったんだ?」
「こんな異能、聞いたことがない……」
「なるほど。『室矢』を名乗るだけはある……」

 サクラのいない拍手が、パーティー会場を満たしていく。


 履歴書を見ただけで不採用にされる底辺校。
 同じような職場がせいぜいの女子は、この瞬間にプリンセスとなった。

 さらに――


 ホール全体が暗くなり、高い天井には宇宙の映像。

 会場が、どよめく。


「このまま春の星座を解説しても良いのですが、お忙しい方々の時間を割くわけには参りません」


 カレナが発言したら、フッと宇宙の映像が消えた。

 ほぼ同時に、照明が戻る。

 思わぬ余興で、場が盛り上がった。


 ホールの全員に注目された黒の少女は、コツコツと演壇の後ろへ戻り、くるりと振り向く。

『私は室矢重遠しげとおと共に生き、その最期を見届けた、オリジナルの1人です。……この話を信じる信じないは、好きにすれば、よろしい。ですが、これだけは言っておきます! 私が愛しているのは重遠だけ……。いずれ彼は、生まれ変わるでしょう。それまで私は、スローライフを送ります。室矢一族がどうこうは、勝手に論じてください』

 もはや、カレナをあなどる者はおらず。

 場に吞まれたとも、言うが……。


「君は! 僕と一緒にいるべきだ!!」


 黒のドレスのまま、帰ろうとしたカレナは、舞台袖から現れた男子を見る。

 氷山花ひょうざんか鷹侍たかじだ。

 タキシードだから、彼女のボールガウンとの対比で、ダンスに誘う一場面。


「室矢を背負っているのなら、それに見合った貢献をする義務がある! 僕だって、非能力者でありながら、必死に頑張っているんだ! 君の力は、御田木みたき市の役に立つよ! 次代の市長になる僕と――」

「お断りします。やる気がない私よりも、似合いの女性が見つかるでしょう」

 カレナは演壇から、端の階段に向かう。

 コツコツと、足音が響く。


「ぼ、僕にも、チャンスをくれないか!? いきなり婚約や付き合えとは、言わない! でも、お互いに、まだ高校生じゃないか? 室矢重遠の偉業は、僕も知っている。だけど、昔の話だろう!? 今を生きる僕たちは、前を向くことが必要だ。仮に……君がその姿で永遠を生きる存在でも差別しないし、いずれ初代と同じように僕の死を悲しめるぐらいには――」

 パチンッ

 カレナが、指を鳴らした。

 すると、完全武装の兵士たちが、パーティー会場に湧き出てきた。
 最新の装備を身に着けており、サブマシンガン、小銃。

 ヘルメットと黒いシューティンググラスで、その表情は見えず。

 軍靴が床と擦れる音や、銃を構える音が、会場に響く。


「キャ――ッ!」
「な、何だ!?」
「いったい、どこから?」

 逃げ出そうとするも、兵士たちに銃口を向けられ、動きが止まる。

 そのまま、銃口の向きでコントロールされ、小さな集団に。


「どうしました? 重遠に代わるほどの男になるのでは? 彼ならば、この程度はすぐに鎮圧しました」

 カレナは、状況を理解できず、ステージ上から見回している鷹侍に忠告する。

「今回は、手を出しません。二度と、重遠の名前を出さないように! そちらの権力で私や関係者に圧力をかけることも……。御覧の通りに、実力行使となれば、そちらが不利ですよ? 私は殺されようが、死にません。その場合は、無警告で報復します! ……あなた方も、ですよ?」

 冷たい視線で、ステージから、銃口に怯えているゲストを見下ろす。

 再び指を鳴らせば、その場を制圧していた15人ほどの兵士たちが、煙のように消えた。

 茫然としたままの鷹侍は片手を伸ばすも、カレナは無視して、背を向けた。

 短い階段を下りて、そのまま正門の方角にある壁へ歩く。


 スーツを着た1人が反射的に上着の裾を跳ね上げ、ホルスターから拳銃を抜いた。

 そのまま、ドレス姿のカレナへ銃口を向ける。

「警察だ! その場で両手を上げて――」
「よせっ!!」

 制止した声は、本部の刑事である三原みはらだった。

 銃口に背中を向けたままのカレナは立ち止まり、右手を上げる。
 次の瞬間、セミオートマチックの銃身を握っていた。

 何も動かしていないのに、緩めていく右手のスキマから、構成しているパーツが1つずつ落ちる。

 ネジと嚙み合わせを無視して、摩擦を忘れたかのごとく、弾丸、まだ中身が入っているマガジン、上のスライド、内部のスプリング、ハンマーが、次々に床とぶつかり、甲高い音を立てた。

 完全に分解された拳銃は、たった今、スーツの刑事が両手で構えていたものだ。

 その男はエア拳銃のままで、状況を理解できない。

 振り返ったカレナは、笑顔だ。

「これ、使い物にならないので……。始末書は、そちらで書いてくださいね?」


 常軌を逸した光景に、銃を抜いていた刑事や警官は後ずさった。

 進行方向が空いて、カレナはゆっくりと壁のほうへ――


「こら、あかんね……」


 京都弁だ。

 そちらを見れば、黒紋付の和装をした若い男。
 2枚のお札を交差させた、丸のマークをつけている。

 
 氷山花市長による懇願。

「せ、千陣せんじん流の御方ですね!? お、お願いします。どうか、彼女を止めてください!! お礼は、言い値で払いますから!」
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